9.聖女の仕事〜リョウイン視点〜
「帰してよ…」
「瘴気がなくなったのが確認出来ましたら元の場所にお返しする事が可能になります」
「ショウキ?それってどこにあるの?どれくらいかかるの?無くなったってどうやって確認するのよ」
聖女様の為に用意された一室はクリーム色を基調とした柔らかくも可愛い部屋でした。
私、いや、俺は現国王の唯一の弟であるリョウイン・ミラリューク。
自分の魔力が急に少しずつ膨れ上がっていくのを感じながら毎日魔力の研究に明け暮れていた。
もしかしたら自分の体で新しい魔力を発見出来るかもしれないと期待に胸を踊らせながら。
王族にしか閲覧する事が許されていない書物を読み漁り、王弟という地位だからこそそれだけに集中してこれた。
そして魔力が膨れ上がったのは召喚の儀を執り行う発現だということもすぐに分かった。
魔力研究の人達としか交流していない自分が聖女様を呼び出して支え、この国を救うなんて誰が想像したか。
嫌だとは思わないが、召喚の儀の前までは出来れば避けたいと思っていた。
「瘴気とは黒い霧の様なものです。殆どが森や山等の自然に纏わり付くように現れ、自然を壊していきます」
椅子に座った聖女様、美華様は体を小さくさせながら正面に座る俺をチラチラ見て泣きそうな声を上げる。
それに可能な限り噛み砕いて分かりやすいように話していこうと改めて思った。
不安で震える手を握りしめて頑張っている少女に胸が痛む。
「木を腐らせたり川を汚したりと生活に支障が生じるのです。その瘴気が感じられる場所の近くで祈りを捧げて貰えたら消えていくと古文書にも書かれています。それが無くなった瞬間に空が光り輝くとも」
五百年も前は誰も生きていないし、覚えてもいない。
言い伝えもあるが、何代も語り継がれて原型がない物語もあるほど。
そこは王家の特権。
事細かに書かれた当時の資料を読み返してきた俺だから美華様の心配事も解消されるかもしれない。
見知らぬ場所に知人などいない。
自分が来たくて来た訳でもないのに勝手に命令されて期待される。
その事自体を異常とは考えないこの国の人達と美華様が分かり合える日は遠いかもしれない。
「祈りってお願いってこと?神頼み?私じゃなくても良くない?」
「他の世界から来られた聖女様でなければその願いも届かないのです」
「それが終われば帰れるの?ここに来たその時に」
「はい。それは確実に保証いたします」
まだ幼さの残る少女はこの世界ではもう結婚している者もいる。
この世界とは違う世界で大切に育てられてきたのだろう。
家族、友人、恋人、もしかしたら伴侶も全てを置いたままこの世界に居るのが不安なのは分かる。
「お母さん……」
「美華様」
「分かりました。その神頼みやります」
俯きがちだった顔をスッと上げて強い目差しを俺に向けた。
「ありがとうございます」
「早くお母さんの所に帰ってあげなきゃいけないので」
「お優しいですね」
「お母さんは私が居ないと生きていけないんです」
ふと見ず知らずの女性が美華様を探して泣き叫ぶ姿が思い浮かんだ。
美華様と同じ黒い髪、焦げ茶の目に涙を溢れさせながら。
「それなら早く帰らなくてはいけませんね」
「そう。だから私がしなきゃいけない事を教えてください」
美華様は女性であるが故の問題も出てくるだろう。
男の俺ではカバーしきれない問題もある。
その為に国王陛下から指名されたレイディア侯爵令嬢が必須。
「まずは私達の支えとなってくれるご令嬢を紹介させて下さい」
「さっき王子だかって人と一緒にいた赤毛の人?」
「そうです。レイディア・ドッズ侯爵令嬢です。王太子殿下の婚約者であり、未来の王太子妃として学ばれている方です」
「あの王子様…苦手なんだよね。婚約者居るのにあんな態度だったし…その子と仲良く出来るかな?」
「失礼とは存じますが、美華様のお年は?」
「十八歳です」
「それならレイディア様と同じ年ですからきっと大丈夫でしょう」
俺の言葉に何かを感じたのか、納得しきれていない表情で見つめてくる。
「何か?」
「リョウイン…様?は見た目よりも親父臭いんですね」
「……は?」
オヤジクサイと言われたのか。
胸に軽い衝撃を感じながら顔が引き攣るのを戻せない。
「同じ年だからって仲良くなれるなんてどこにそんな根拠があるんですか?年が離れてても仲良くなる時はなるし、同じ年でもなれないものはなれない。特にこの年って同年代に感じるライバル意識ってのもありますよね」
「確かに…」
「まぁ、国王様が指名した人だからそんなに性格が捻じ曲がってないとは信じたいですね」
苦笑というには可愛すぎる笑みを浮かべて前に置いてあった紅茶を飲む。
レイディア様とは公式の場でしか会ったことはないし、挨拶くらいしか言葉を交わしたこともない。
それでも女性同士で仲良くしてくれたらなどと考えてしまう。
「どんな人でも早く私の仕事が終われるように尽力してもらいますよ。早くオムライスを食べたいですから」
もう美華様の顔には困惑も不安も感じられなかった。
そこには先程までの幼い少女ではなく、凛とした女性が背筋を伸ばして座り、優雅に微笑んでいた。
きっとこの美しさに我が甥もヤられてしまったのかもしれない。
胸騒ぎを覚えながらも聖女様が納得してくれたのに安堵して部屋を後にした。