10.嫉妬とは辛い感情
召喚の儀から何日かしてやっと聖女様との謁見が許された。
許されなくても良かったんだけどね、なんて口に出して言えないけれど。
「ドッズ侯爵家長女のレイディアと申します」
誰もが認める最高のカーテシーを披露しても、異世界の聖女には全く響いていない模様。
この日の為だけに作ったドレスはシンプルだけど黒とワインレッドで殿下色。
パートナーの色を使ったドレスや装飾品は社交界では定番だけれど、私はあまり好きではない。
両親に貰ったから着てはいるが、今、この瞬間にも脱ぎ捨ててしまいたいと思っている。
「えっと、初めまして…ではないですよね。美華です。よろしくお願いします」
椅子に座っていたはずの聖女が立ち上がって頭を下げてくる。
え、ちょっ、やめてよ!
「聖女様、頭をお上げ下さい!」
聖女様に頭を下げさせるとか周りから見たら最悪な状況じゃない。
ほら、壁際に立っている侍女達が私を信じられない目で見ている。
王家の人でも聖女様には一目置いているのに、たかが侯爵令嬢が聖女様に頭を下げさせているなんて、と。
いくら異世界人でも空気を読んでほしいなんて贅沢な話かしら。
「あ、私が頭を下げては駄目だって言われたばかりだった」
下げた頭を勢い良く上げたせいで、肩に触れようとしていた私の手が聖女様の頭を叩いた感じになってしまった。
え、これ、私が悪いの?
周りの空気は更に凍りついて目配せ仕合い、一人が外に駆け出して行った。
あああああ…
聖女様を虐めている図の完成だ。
「………大丈夫ですか?」
「私の方こそごめんなさい!リョウさんに軽々しく頭を下げないように注意されてたのについやっちゃって」
私の手が当たった事は全く気にしていないようだけど、周りの人間は物凄く気にしている模様。
しかも聖女様が平謝りの上に自分の態度に落胆しているのが遠くから見て虐められているように見えてしまうだろう。
この人の話を聞かない感じもどうかと思う。
「聖女様!!」
扉を壊そうとしているとしか考えられない勢いで入ってきたのは王太子殿下。
今までの優雅な様子しか見たことない私にしてみれば開いた口が塞がらない。
「レイディア、聖女様のお世話を任された君が聖女様を害そうとするなんて」
「そ、そんなつもっ」
「聖女様のお世話はやはり私がやろう!」
「殿下!!」
もうカオス。
カオスって何だっけ。
あぁ、もう、騒ぎながら聖女に近付き私から遠ざけようとする殿下。
仕事を途中で放棄してやってきたのだろう殿下を連れて行こうと試みる侍従。
聖女を守ろうとする侍女。
誰がどう見てもパニック状態だ。
「静かにして!!!!!」
そこに落とされた聖女の声という爆弾。
一切の混沌を吹き飛ばして静寂が舞い降りた。
「私は今レイディアさんと挨拶をしていたんです。誰の介入も許した覚えはありません。私が呼ぶまで誰もこの部屋に入って来ないで下さい」
凛とした態度で話す聖女は初見よりも大人びて見えて、また少し悔しさが募った。
やっぱり彼女は聖女なのだなと感じている自分も嫌でムカムカする。
「だが、二人っきりなんてそなたにもしもの事があったら…」
「その時はその時です」
そこはそんな事は起こりませんとでも言ってほしかった。
まだ二回しか顔を合わせていない私にそこまでの信頼がないことは分かっていたけれど。
「…………分かった。だが、何かあったらすぐに呼べ。私が必ず助ける」
聖女の言葉に踵を返した殿下は私の顔を見ると目を鋭くさせて睨み、聖女に何かしたら容赦しないと言わんばかりに殺気を向けて去って行った。
ああ、婚約者である私にそんな態度を取るほどに殿下は本気なのですね。
この装いすらも気に止める事はない。
何もかもが重く体にのしかかり、息を吸うのも辛くなってきた。
「やっと静かになりましたね」
「…はい」
侍女達ですらも部屋から出され、二人だけとなった。
仕切り直す聖女を他所に私の心は沈んでいく。
どうしてこんな事をしなければならないのかしら。
勉強は頑張った。
マナーも覚えた。
王太子妃の勉強も早々に終わらせて先生から褒められた。
彼の隣に堂々と立ちたかったから。
誰もが反対を示すことが難しい存在になりたかった。
それが一瞬にして無になる。
聖女の存在だけで。
この娘は聖女という立場だけで勉強やマナーを強要される事もなく、ただそこに存在するだけで重宝されるのだ。
解せない。
「ふっ…」
そんな黒く澱んだ自分の考えも馬鹿らしくなってきた。
今までの頑張りがあるからこそのプライドなんだろう。
そう考えると笑えた。
「それではまずどこの瘴気に向かいますか?」
「え…それは私に聞かれても…」
やる気のある聖女だが、面倒を見ているだけの私に場所を聞かれても答えられない。
聖女が住みやすく過ごしやすいように側に居るだけだから。
「それならリョウさんに会いに行きます」
そう言うと聖女は自身の部屋に私を残したまま部屋から駆け出して行った。
短いスカートを揺らしながら。





