それが近道なら
現在自分が何処を走っているのか見当もつかない。
しかしながらかなりの距離を離したという確信はあった。
それもその筈でハイルと一般人の体力には明確な差があるからだ。
と、ハイルは急に走るのを止めた。
それは安心したからではなく、なぜ自分が逃げているのかわからなくなったからだ。
何をしてるんだ俺は!つい拳に力が入る。
今すぐに自分の顔を殴ってやりたい。
もしかしたら生まれて初めて自分自身に腹がたったかもしれない。
俺は一体何をしにここに来たのか、何のために危険を冒したのか、これではわからないではないか。
「俺は此処にいるぞ!」
空気を大きく吸って叫んだ。
するとハイルの目の前の建物の屋根に人影が現れた。
月に照らされるその人物は金髪をオールバックに纏めた190はある長身の男だった。
「お前が噂の情報屋か?」
「違う、俺はハイル、旅人だ!訳あってこの街に来た。どうか話を聞いて欲しい!」
「情報屋ってのは姿を変える事が出来るらしいじゃないか、お前がそのハイルって男だと証明出来るか?それにお前は逃げていた。十分怪しい」
「証明って…どうすれば…」
「そうだな…あ、良い物があったわ」
レギュストは懐から革製の首輪を取り出した。
裏側の中央には魔法陣が刻印されておりマジックアイテムの類だと思われる。
「奴隷紋の首輪だ、こいつをつけると文字通り奴隷となり主人の言うことは絶対、嘘偽りは口に出せない。これを付けて質問させろ。そうすれば確実だろ?」
「俺に…お前の奴隷になれって言うのか…?」
ハイルは固唾を飲んだ。
どうするべきなのか、奴隷という言葉ぐらいは当然知っている。
歴史の授業は勿論ゲームや漫画なんかにもしょっちゅう出てきた言葉だ。
娯楽の時ではそこまで何も感じなかったこともいざ自分の事となるとその言葉の重さがハイルの忍耐を押しつぶそうとしていた。
吹き出る汗のせいか喉が渇いて仕方なかった。
夜だというのにハイルの体温は上がる一方である。
けれど、それしかないというのなら。
それが、自分を肯定してくれる材料になるというのならハイルは…。
「まあ、こっちは半分冗談だ、お前にはこっちの自白剤を飲んで…」
「それをはめればいいんだな?」
「…は?今なんて言った?」
レギュストの冗談交じりの言葉を遮ってハイルは首輪をすると言ったのだ。
よくよく考えてみればハイルにもう失うものは無いに等しかった。
あそこまでの怒りの感情をぶつけられ、家族には忘れられ、世界には一人と、一度に耐え切れない程の精神不可を負ったたせいかハイルの心は確実におかしくなっていた。
多少の時間が過ぎようとハイルはあの日の出来事を忘れることはないだろう。
「それを渡してくれ」
「正気か?」
レギュストはそれが本心なのか偽りなのかわからなかった。
こんな奴は初めてだった。
自身の潔白の為に奴隷になる人間がいるとは思いもしなかった。
これが情報屋の策略であるのならレギュストは両手を上げて降参だと言うだろう。
「これを付けた後、例え身の潔白を示したとしても俺が解除しないかもしれないぞ?」
「…それはちょっと困るな、俺にもやるべきことがあるからできれば解除して欲しい」
「その、やるべきことってのは何なんだ?」
「今言っても良いのか?首輪付けた後の方が確実じゃないのか?」
「ッ!」
レギュストは屋根の上から飛び降りて地面に片手をついて着地する。
立ち上がると真っ直ぐハイルの所まで歩く。
「本当に良いんだな?」
「俺の中の優先事項は決まってるんだ、これが近道なら喜んで奴隷にでもなるよ」
じゃないと始まれないのだ。
心からスタートしたいのだ。
「良いだろう。その心意気を買ってやる」
レギュストは親指を噛んで出した血を奴隷紋に付けるとハイルに渡した。
「俺が付けていいのか?こういうのはそっちが付けるべきなんじゃないのか?」
「男に付ける趣味は無い」
「そうか」
頷いてハイルはためらうことなく奴隷紋の首輪をはめた。
その瞬間首輪に込められた魔法が発動してハイルの体を侵食していく。
脊髄から流れ出るように次々とハイルの権限がレギュストに渡って行くのが感じ取れた。
これが奴隷になるということか、人権ってものが無くなる様な感じだな。
ハイルの感想はその通りで奴隷紋の首輪を使用するとその人間が持っていて当然の自由というものが制限されることとなる。
まず誰が自分の主人であるかが嫌でも認識するようになる。
そして主人の半径2メートル以上は命令なしに動くことができなくなり当然のことながら命令には絶対服従である。
物を取ってこいと言われれば取りに行くし死ねと言われれば死ぬ。
それがこの世界の奴隷である。
そして主人側には逆にその反対の現象が起こる。
奴隷側の基本情報が脳内に送られてくるのだ。
本名や性別などの項目は勿論、レベル、特技、できることなどなどだ。
だからこそ、レギュストは戦慄することとなる。
開いた口が塞がらないとは正にこの事でレギュストはよろめいてバランスを崩した。
寸でで足を踏ん張っていなければ自分は今腰を抜かしてハイルという男を見上げていただろう。
「お前は…一体…なんなんだ?」
そんな言葉しか出てこなかった。
いつもより少なくてすいません。




