裏切り者の可能性
フードの男、本名をロイド・ロンダム、普段使いの名はワイズマンという。
ワイズマンは依頼を受けると潜入等を駆使して目的のためなら殺害も厭わなかった。
階段を上がり応接室へと出る。
なるほど、床に隠し扉か。
扉を閉めるとピッタリと隙間なく塞がった。
さてと、この建物の場所を確認するかな。
滅多なことでは本拠地には連れて行ってもらえない、しかも行き来にはマジックアイテムを使用するという徹底ぶりだった。
故に誰かがこのトータルの街までたどり着くことができたとしても場所までを発見できなかった訳である。
応接室には扉以外に窓は無く、確認するためには一度外へ出る必要があった。
扉を開けると見た目からどこかの屋敷の様に思えた。
廊下に出ると直ぐに窓を見つけた応接室から少し離れたところでワイズマンは近づく。
すると違和感に気がついた。
これは、絵か?
窓を模した外の風景の絵だったのだ。
他の窓も調べてみるが結果は変わらず、全てが絵だった。
では何故窓の絵から陽射しが差し込んでいるのかというと窓枠の四隅に何やら紫色の鉱石が設置されているのを見てマジックアイテムの類だと理解した。
ワイズマンはこれで振り出しに戻ってしまったと溜め息をつく。
ワイズマンの知る限りこのトータルの街に窓の無い建物は一つもないのである。
もしかすると此処も地下である可能性があったが取り敢えず奥へと進んでいくことにした。
…それにしても、100億の男が一体どんなやつかと思えば拍子抜けもいいところだな。
正直、ガキを一人殺したぐらいで大げさなんだよ。
おっと、使ってた武器が問題なんだったか、それでも100億って…。
あの国は一々大袈裟だな。
思わずワイズマンは思い出したかのようにクスクスと拳を口に当てて笑う。
ありえないだろ?
未熟もいいところだ。
ワイズマンは廊下の奥にあった扉をノックする。
部屋から返事は無い。
そっと扉を開けて中を確認するが誰の気配も無いので忍び込んだ。
部屋に入ると自動で明かりが付くようになっていたのか照明が部屋を照らした。
どうやらここの部屋はこじんまりとした書庫の様だった。
ずらりと並ぶ本棚に近寄って適当に一冊抜き取る。
パラパラとめくるとこれは名簿であると判明した。
構成員や準構成員の名前が表の職業と共に記されていた。
見終わった本をその場に捨ててランダムにどれにしようかなと指でトントンと本の背を叩いてまた一冊引き抜く。
これは今までの取引記録、こっちは帳簿、別の本棚に移るとこの街と国で起きたことについて書かれている本だった。
そちらは既に知っていることが大半だったので補填程度にページをめくった。
と、廊下側から誰かの気配がして咄嗟に身を本棚の影に隠す。
頼むから来ないでくれよと願ったが叶わずに品の良いスーツに眼鏡をかけた無精髭の中年男性が入ってきた。ワイズマンはそれが誰か直ぐに理解した。
幹部の一人で、トータルの役所に勤める会計係、名前をケイレイン・ランドストだったか。
手には真新しい書類の束がありワイズマンとは反対側の本棚に進んだ。
ケイレインが一冊抜き取ると手に持っていた書類を紐で括りつけた。
どうやらそちらはまだ本にしていない書類を保管する場所のようだった。
……。
ケイレインが部屋を出て扉を閉じるのと同時にロイドはケイレインの居た本棚に移動する。
もしかするとここはトータルの役所の地下かもしれない。
天井を見てこの上では何も知らない従業員がせっせと働いているのではないかと想像する。
しかし出入り口は一体何処にあったのか、ワイズマンが役所の職員として潜入した時には見当たらなかった。
そういえば私がトラスティックのボスに追われる羽目になった次期もその辺か。
これは役所の下というのが濃厚になってきたな。
それはそうとワイズマンは先ほどのファイルを抜き取って中身を拝見する。
厚さにして1センチ程のファイルを見てワイズマンは笑みを浮かべる。
そこに書かれていたのは次期当主に関する候補リストだった。
一ページ一ページに一人一人の情報が記されていて候補の中には有力者の名前から裏稼業専門で表舞台に出てこない者の名前までもあった。
ロイドは懐にしまっていた一枚の羊皮紙を取り出す。そこにはファイルと同じように色々な人物の名前が記されていた。
それとファイルを照らし合わせて一人一人確認する。
「なるほどな、それにしてもトラスティックのボスは少々内に秘めるという事を覚えたほうが良い」
誰が聞いているわけでもないのに助言をする。
目的の物が手に入ったので少々浮かれてしまったのだ。
となると彼が私の依頼主の大元ということに…。
そっとその人物の名前を指でなぞった。
ディルク・トラスティック、ボスの次男の名前を。
―――
その日の晩、ハイルが捕まった夜にゼスターは数週間ぶりの我が家へと足を運んだ。
と言ってもこの街の表面にゼスターの家は無かった。
この街の地下の地下にトラスティック一家の自宅はあった。
主に街の中心から広がるようにして存在している。
何をどうしてそうしたのかは一代でここまで作り上げたトラスティックのボスにしか分からないことである。
しかしながらこれがかなりの効果を生んでいたのも事実で現在に至るまで場所を特定されたことは無かった。
この建物内にいるのは構成員のリーダー格以上のメンバーだけで下っ端は簡単には入ってこれない。
しかもゼスターの今いる場所は更に幹部すら許可無く入る事を許されないトラスティックの家名を持つ者だけの本当に実家という名に相応しい場所だった。
ふとゼスター達が廊下を歩いていると前方から足音が聞こえてくる。
ゼスター達の前に現れたのは黒髪をピンで留め、眼鏡をかけた弟だった。
「おや、ゼスター兄さんじゃないですか、仕事帰りですか?…おや?」
「ああ、親父の呼び出しさ。面倒くさいったらありゃしない」
「そちらは?」
「お初にお目にかかります。この度ゼスター殿の護衛役を勤めますライガン・ドルマークと言います」
「私はティスタリアだ」
「護衛…ですか?」
「ああ、どういう訳か親父が俺にだってさ」
見たところ二人共魔術師でその身なりから高位の魔術師だと思った。
男の方は礼儀正しくて好印象を持てるが女の方は無愛想でいやいややっているのが目に見えていた。
「これから父の所へ?」
「乗り気はしないけどな、あ、お前代わってくんない?」
「駄目ですよ」
「わかってるって、じゃあまたな」
「ええ、それじゃあ」
弟は会釈をして後方へ歩いていく。
「貴方の弟にしては賢そうですね」
「ライガン君、それは俺が馬鹿だって言いたいのかな?かな?」
「おっと失礼、他意はありません」
「ぷっ」
ティスタリアがぷすすと笑うのを尻目にライガンをジトーと睨む。
「まあ、ええわ、あいつは俺より十個下でな勉強が良くできるから親父が色々習わせてるんだ、来年から王立学園にも入学が決まってるぐらいには頭良いんだぜ?」
ゼスターは自慢げに紹介する。
自然と笑みも浮かんで白い歯が見える。
「ほう、となると我々の後輩になるかもしれませんね」
「そうか、なら先輩として扱いてやらんとな」
「ティスタリアが言うと笑えんのだが…」
「ああ、笑えなくしてやるフフフ」
「ゴホン!とは言っても学部が違ければあまり先輩後輩という感覚もありませんけどね」
「そうなのか?」
「ええ、私とティスは王立学園魔法学部でしたので、他にも経済学部、軍事学部があって更にそこから得意分野へと枝分かれします。とは言っても最初の一年は基礎学部ですけどね」
「そこでどう人間関係を気づくかで今後の人生が大きく変わってくるぞ、トラスティックの家名を聞いて近づいてくる輩がいると良いなぁ…」
「う、そう言われると自信なくなってくるなぁ、あいつは俺にみたいに暗殺術を仕込まれてないからちょっと心配だ」
「大半は貴族連中だ、トラスティックのお坊ちゃんは大変だぞ?」
「まあ、そっちが何かするっていうのならこちらも黙っちゃいないさ」
その一瞬だけ、ゼスターの瞳に黒い物を感じたティスタリアは話を変えた。
ライガンも感じたのか額に汗をかいていた。
「そ、そうだ、ボスのところへはまだなのか?いい加減荷物も置きたいんだが?」
「もうちょっとだけ歩くぞ?」
「はぁ…」
「そういえば此処は地下と聞いていましたがどのようにして空気を取り入れているのでしょうか?」
「ん?ああ、地上に繋がっている空気管が何十本もあるのさ、外からじゃ外壁とか煙突とかに偽装してるから良く見ないとわからんだろうなぁ」
「照明はマジックアイテムですよね?」
「そうらしいな、詳しくは知らないけどお抱えの魔道具製作者が居るらしい」
「そうでしたか、もしかして鍛冶師なども?」
「そりゃいるよ。俺の刀もその人のお手製だからな、親父も時々物を作るらしいが趣味程度って聞いた頃があるな」
「そうでしたか、あれほどの刀を鍛え上げる御仁です。かなりの腕をお見受けします」
「けど刀ってめっちゃくっちゃめんどくさい武器なんだぜ?普通のロングソードやダガーとかだったら刃こぼれしたら研いで血が付いたら拭くだけで良いのに刀ときたら細々とした道具を使って一回バラしてパーツごとに手入れ手入れ、特に肝心なのは刃の部分で拭き取ったら粉つけたり油塗ったりと面倒くささが桁違いだ!」
ゼスターはその様子をジェスチャーで表して手入れの面倒くささを二人に伝えようとする。
それを苦笑まじりに見つめる二人。
「ですが、それでもお使いになるのでしょう?」
「…まあな、手入れは確かに面倒で一々時間がかかるものさ、けど使ってわかる切れ味ってもんが刀っていう武器にはあるのさ。こればっかりは普通の武器じゃ補えん…と、着いたぞ」
「やっとか」
三人の前には両開きの扉がありゼスターは扉の長い取っ手を握ってこちらに引いた。
ガチャリと扉の開く音が響く。
すると扉の奥から声が飛んできた。
「開ける前にノックの一つでもしたらどうだ?」
「なんだ?やましい事でもしてる最中か?」
「全く、いつからそんな口を聞くようになったのか…まあいい、入り給え、宮廷魔術師の二人も一緒に入れなさい」
「行くぞ、気を引き締めとけ」
ゼスターに促されて部屋へと足を踏み入れる。
そこは書斎のようで綺麗なレリーフの彫られた大きな仕事机とそれと同じレリーフの椅子、その左右と後ろには天井まである本棚が置かれていた。
そして、そこに座っているのがこの国の暗部を一代で乗っ取った暗殺マフィア組織トラスティック・ファミリーのボス、リオード・トラスティックである。
机に肘を置き、両手を組んでこちらを見つめる男、歳は意外にも四十前後だろうか。
想像よりもその見た目は若かく二人は驚いていた。
ティスタリアに関してはてっきり肥えた五十後半を過ぎたおっさんが出てくるものと思っていた程である。
だが目の前のリオード・トラスティックは無精髭を生やし黒髪を顎辺りまで伸ばし、黒いスーツにマフラーを肩に垂らした細身の男性だった。
「二人共ようこそ、私が君たちの雇い主、リオード・トラスティックだ」
「お初にお目にかかります。私は宮廷魔術師団より派遣されましたライガン・ドルマークと申します」
「…ドルマーク?」
「…何か?」
リオードは何が面白いのか笑いを堪えていた。
流石に人の名前を笑うのは失礼なので手で謝る。
「いやすまない、面白い苗字だと思ってね」
「はぁ…」
「私はティスタリア・エンネス・トークマン。同じく宮廷魔術師団から派遣された」
「ああ、着任を確認した。これからよろしくお願いするよ。君たちの上司にはかなりの大金を積んだからね」
「それで?俺の護衛ってのはどういった理由なんだ?」
「ああ、いま説明する。少し前になるが我々を嗅ぎまわっている連中がいると報せが届いた。それだけなら雑多な羽虫程度と捨て置いたのだがそいつらが雇ったというワイズマンという情報屋が問題だった」
「誰だよそれ?」
「情報屋?」
「ただの情報屋じゃあない、殺し屋も兼ねている情報屋でその腕は恐らくお前を超えているだろう」
「ッ!」
ゼスターは一応はこの組織でもトップクラスの実力を有している。
それはリオードも承知で今の今までそれを疑ったことはないしゼスターにもそこは素直にそう褒めていた。
だからリオードがゼスターよりも強いと言ったことに目を見開いた。
「奴は特殊なマジックアイテムを使うとも聞いている」
「俺より強いから護衛をつけたのか?」
「まさか、そんなことじゃ付けるわけないじゃないか」
「だよな、親父はそういう人間だ」
「褒めてくれて嬉しいよゼスター」
「褒めてねーよ」
にっこりと笑うリオードと苦虫を噛み潰したかのような顔をするゼスター。
予想はしていたがあまり家族間の仲はよろしくないようだ。
「では何故我々を?」
「私は組織を作るときに幾つかの決め事をしたんだ」
「決め事だと?どうせ良からぬものだろうな」
「ティス!」
「ははは、良いよ良いよ。強気な護衛の方が私も安心して任せられるというものだ。ただし、強気なだけの護衛はいらないがね?」
「なんだと?」
「ティス、やめるんだ」
「…ちっ」
大げさにティスタリアの方に向かって手をひらひらさせるリオードにティスタリアが突っかかろうとしてライガンが静止する。
してやったり顔のリオードは椅子にもたれる。
「えっと、何の話だったかな、そうだ決め事ね、なに、普通の決め事さ、組織を裏切らない。ね、普通だろ?」
「…そうですね、普通だと思います」
というか当然のことじゃないだろうか。
そうでなければ組織など成り立たない。
だが、あえてそれを決め事にしたということはこの男は人を信じれない人物ということではないだろうかとライガンは思えてしまう。
「まさか裏切り者が出たって言いたいのか?」
「そうでないと私も信じたい、だが、明らかに早すぎる。…確かに手練の情報屋であるワイズマンにならこの街に本拠地があると知られるのは時間の問題だろう」
リオードはくるりと椅子を回転させて椅子の背を向ける。
どうやら後ろの本棚から書類を取り出しているようで本のめくる音が聞こえた。
「情報に寄るとワイズマンらしき人物が最後に目撃されたのは此処から街三つ離れた国境を越えた隣国ベイク・ヴァニード国。それが五日前の事だ、ね、早すぎるだろ?ワイズマンが既にこの街に来ているのは私もこの眼で確認したから間違いない、見た目をころころ変えることが可能な様でその時は取り逃してしまったがまだこの街にいるのは確かだろう」
「それでなんで護衛なんだ?」
「身内に裏切り者が居るとなるとそいつは一体何が狙いだと思う?」
「親父の首じゃないのか?」
「まあそれもそうだが、ワイズマンが私を前に逃げたのを考えるとどうもそれだけじゃないと考えてしまう」
「いや、俺だって仕事でターゲットと鉢合わせて戦闘になったら逃げるぜ?」
「ほう、私はお前が仕事を失敗したなどという報告は聞いたことがなかったがまさか?」
「例えばだよ例えば!」
「ならよかった。もしそうならペナルティをあげねばと宣告するところだったよ」
リオードは書類を元の位置に戻すとくるりとこちらに向き直る。
「現在、私は次代のトラスティックを担うに相応しい者を信頼のできる幹部と選別中だ、それはお前も知っているだろう?」
「ん?ああ、そんなこと手紙に書いてあったな」
「はぁ、全く、お前ときたら…」
リオードは不良息子に落胆する親のように頭を抱えるが、次の瞬間には元のボス然とした態度に戻る。
「良いか?私が次期当主の選定に取り掛かったのは十日前だ、そこへワイズマンという情報屋兼暗殺者が来たとなると考えられることは一つ、身内の何者かがボスの座を狙って候補者達を殺そうとしているということだ」
「別に問題ないんじゃないか?俺たちは暗殺で成り立った組織だ、ボスの座を狙うのに最適な方法だと思うけどね」
「お前が許しても私が許せない。第一己の手で殺しに来るのならいざ知らず、他人の手で掠め取ろうとするのはトラスティック・ファミリーとして頂けない、一番大事な仕事というのは自分の手でやらねばいけない」
今回の犯人はそれを理解していない。
それは己の過小評価をしているに等しい、ボスの器ではない者のすることだ。
そんな輩に万が一にでもボスの座が渡ることは避けたいのだよ。
だから現状一番の候補である我が息子ゼスター・トラスティックに二名の護衛をつけることにした訳だ。
ついでに犯人探しもやってくれるとありがたいね?
それがライガン達が聞いたリオードの説明だった。
現在はリオードに空き部屋を好きに使ってもらって構わないと言われたのでゼスターの部屋に一番近い両隣の部屋にそれぞれ入っていた。
というか護衛のために空けたのだろう。
よく見てみると家具を引きずったような跡があった。
ふとティスタリアはリオードの言葉を思い出す。
「ついでに犯人探しもやってくれだと?…ふざけるな!いっそのこと跡目争いに巻き込まれて潰れてしまえ!」
ティスタリアはベッドに置かれていた枕を思い切り壁に叩きつけるのだった。




