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エンディングストーリー  作者: 有坂紅
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エピローグ06






 ――それは、果てしなく巨大な光球だった。


 大きすぎて人間の知覚では果てを認識できない。テメトメェトルとの接続によって宇宙全体を観測できる今の状態でなければ、それが丸いのか四角いのかすらわからなかっただろう。


 新たに創造した疑似宇宙に隔離して時間を止めてさえも、それを振り切って宇宙のすべてを破壊しようと蠢いている《終わり》の具現。

 すべての源たる造物主が手ずから創ったという最後の存在。


「――これが《終焉因子》エンディングストーリーか」


 あらかじめ聞いてはいた。

 最後には今までよりも強力なヤツが来るらしいと。

 しかし、それは僕の甘っちょろい想定を、優に十倍は超えていた。


『第一疑似宇宙の崩壊率が四割に到達。戦闘に際しては十六疑似宇宙まで展開することを提案する』

「……いや、それじゃ少ないな。安全マージンをとって三十まで常時展開しよう」


 宇宙に相当する空間を三十個も創るのは僕にとっても負担だが、それをケチって本当の宇宙を消し飛ばされたら泣くに泣けないし、笑うに笑えない。


『了解した。疑似宇宙の創造、多層展開三十で固定。――それでは予定通り、これより十カウント後に交戦状態に移行する』

「ああ、よろしく。パネシアンサス」


 精神に直接響くカウントを聞きながら、戦闘の準備をする。

 ヨグドルゼプスの能力による人類総体化。運動能力は十億倍になり、思考速度は三十億倍に達する。さらに異能力の『乱数変化』『限定未来視』『無敵化』を展開し、『空間修復』『本質削撃』『エネルギー拡散』『意思疎通』をいつでも使えるようにスタックしておく。


 進むカウント。


 テメトメェトルとの接続状態を調整し、疑似宇宙内のすべてを知覚できるように設定する。三十層の宇宙空間の、その中にある素粒子の一つ一つの動きまで、今なら手に取るようにわかる。


 終わるカウント。


『――――ゼロ。これより戦闘を開始する』

「おうさっ!」


 時間停止が解除される。

 刹那、《終焉因子》の表面にさざなみが走り、無数の棘が生じる。


 放たれるのは、数え切れないほどの光針。


 一本一本が銀河を蒸発させるほどのエネルギーを秘めたそれを『無敵化』した体で受け止め、あるいは弾き返す。大部分は後方へと抜けて、疑似宇宙の空間形相を突破し、途中で威力を保てず拡散していく。


「……うわ、やばいな。四つも破られた」


 いつもの威力じゃない。

 玉ねぎのように重ねている疑似宇宙の、四層目まで突き破られた。即座に『空間修復』で穴を塞ぐ。時間と空間を支配するパネシアンサスの力ではなくこの異能力を使うのは、単純にコスパがいいからだ。


 再び《終焉因子》の表面にさざなみが走る。

 その瞬間『限定未来視』が発動する。


 ――すなわち、改変しうる自分の死を観測した。


 即座に空間を蹴り、上方へ移動する。

 『限定未来視』の通りに、先程までいた空間を惑星ほどの大きさの光の剣が空振りしていった。空間が大きく裂け、その向こうに無数の疑似宇宙が同様の傷口を晒していた。


 それは知らない攻撃だった。

 だが効果は視たからわかる。『無敵化』を貫通する、僕らの常識を超えた剣だ。

 続けて無数の刃が光の表面から生え始める。


「……出し惜しみはしていられないな」

『遺憾ながら超過相対速度戦を提案する』

「それしかないね」


 時間の流れを操作する。


 《終焉因子》の時間を減速し、限りなく時間停止に近づける。

 反対に、自分の時間は極限まで加速する。動いてるところを外から観測すれば光速の七千万倍くらいにはなっているだろうか。

 その相対速度差によってあちらの動きはほぼ止まって見える。

 だがその代償に、己の中で何かが急激に減っているのがわかる。砂時計の底に穴が空いたみたいに、不可逆の消失がおきている。


『パネシアンサスの力は代償が大きい。急がれたし』

「大丈夫。わかってるよ、クララギィエル」


 何十本もの光剣に触れないように動きながら、《終焉因子》の表面に近づいた。

 スタックしていた『本質削撃』『エネルギー拡散』を左の拳にまとわせる。



 ――おおきく振りかぶって、叩きつけた。



 音ではない音が鳴り、光として捉えられない光が爆ぜた。

 超新星爆発のような衝撃が疑似宇宙を駆け抜け、世界の色が変わる。

 余波で疑似宇宙が一つ消し飛んだのだ。


 存在を無に近づける『本質削撃』と、対象の持つエネルギーを散らしてしまう『エネルギー拡散』によって《終焉因子》の外殻を削り取り、破壊力として散らす。

 消失した疑似宇宙の外側に新たな疑似宇宙を創造しながら、殴り続ける。


 ずっとヴィルマさんの役割だったことだ。

 疑似宇宙をいくつも消し飛ばし、笑いながら殴りかかっていたのを思い出す。


「こう、だったかな」


 じわじわと近づいてきていた光の剣を避けながら距離を取る。

 そして一歩。

 二歩。

 三歩。

 少しずつ加速、加速、加速、加速加速加速加速加速加速加速加速――――!

 ギリギリまで近づくと、体をねじって抉りこむように拳を突き立てる。



 爆発。



 衝撃と同じ速度で三度世界の色が変わる。塗り重ねられる油絵のキャンバスのように、壊れた宇宙が消えて次の宇宙の色になる。


「――見えた」


 外殻が剥がれると、核たる概念構造体が現れる。

 《概念をいじって造り変える》というクララギィエルの能力で視ると、複雑に組まれた立体パズルのように視える。


 そうだ。これをバラバラにするのが、それだけが、かつての僕の仕事だった。

 思えば楽な作業だった。全部の御膳立てをしてもらって、後始末をするだけの。そしてそれは今も変わらない。死んでしまったみんなが整えた御膳立て。必勝を約束された戦い。


 これまでと違うのは、大きさに見合ってパズルの難易度が跳ね上がっていたことだけ。

 七次元以上の形相を持つ、凄まじく難易度の高いパズル。

 パズルピースの数は千七百二十四極四千五百九十二載七百四十四正三千五百九十六潤千五百五十溝九千九百三十七穣飛んで八十京六百六十二億四千六百九十九万三千八百六十一個。


 けれど、やれないことはない。


 三十億倍した思考能力に、超計算によって正しい解答を得るテメトメェトルの能力を『意思疎通』の異能力で直接脳内に流し込めば。


 必ずその核に届く。


「行くぞ――!」


 加速した時間の中で、構造体を解体していく。

 部品をもいで、ときどき違う場所に叩き込む。それをひたすらに繰り返す。人間の精神限界を超えた思考速度と難易度に、意識が灼けつきそうなまま、ひたすらに。


 ――不意に『限定未来視』が発動した。


 ぞわっと総毛立つ。

 すぐさま反転して距離を取ると、凄まじい速さで光の剣が空間を薙いでいった。

 それはパズルではなくなっていた。光の球だった。

 そしてそれは、ずっと危惧していた事態だった。


「パネシアンサス」

『すまない、宿主。《燃料》の残量が限界値に近づいたため、時間操作が強制終了したようだ』

「クララギィエル」

『遺憾ながら――こちらも、あれをすべて解体する前に、宿主の《感情》を使い尽くす計算になる』

「……ヨグドルゼプスは?」

『代償を使わない部位に割り振っている。まだしばらくの猶予がある』

「テメトメェトルは――いや、そうだったね。まだ余裕がある。つまり、最低限必要なのは――感情か」


 パネシアンサスの使う《未来》の絶対値を増やすことはできない。

 だがクララギィエルの使う《感情》なら、呼び起こすことができるはずだ。

 この胸に奥には、熱いものも冷たいものも、強いものも弱いものも、まだまだあるはずだ。この程度で枯れるはずがない。

 ――みんなが僕を『ここ』に送り届けてくれたんだ。

 ここで終わりになんて、できるはずがない。


『宿主。そのままでは――』

「いいんだ、クララギィエル。後のことを考えるはやめだ。()()に踏みとどまる。()()で終わりだ」


 拳に概念操作の光が戻る。

 視界にパズルとなった《終焉因子》が視える。


「――テメトメェトル」


 呼びかけて演算能力を最大にし、別の解法、より手順の少ない解法を模索する。

 この宇宙に存在するすべての素粒子の数よりもなお多いその答えの、一つ一つを超速で検討する。

 そして導き出された結論は――


「いいな、それ。最高の意趣返しができそうだ」


 『限定未来視』を頼りに、《終焉因子》に接近する。

 何度か光の剣がかすりそうになるが、かする程度の因果なら『乱数変化』で避けられる。

 絶えず動きながら、パズルを再開する。

 解体するのではなく、組み直す。

 複雑に絡み合った構造体を崩し、押し込み、そして組み替える。

 宇宙を終わらせるシステムではなく――その逆の、存続させるシステムに。


「これで……最後だっ!」


 がちりとピースが噛み合った。

 瞬間、《終焉因子》の攻撃が停止する。

 不動。

 静寂。

 沈黙。

 もはやできることもなく、僕は成功を祈ってただ見つめる。



 ――訪れた変化は劇的だった。



 巨大な光球に切れ目が走り――

 列ごとにズレて組み変わり――

 輝くキューブ状に変形して――


 そのキューブは拡散するように光を散らしながら虚空の中に消えていく。今の僕が観測できないということは、宇宙を超越した場所に行ったんだ。おそらく造物主なるものがいたという、すべての世界の決まりを定める法則の空間に。

 宇宙を存続させるシステムは、新たな法則として世界の中に組み込まれたのだ。


 造物主とやらめ、ざまぁみろ。

 お前の力はこれから、宇宙を守る福音になるんだ。


 心地の良い徒労感。達成感。そして虚脱感。

 何もかも燃え尽きつつあるのが、自分でもわかる。


「テメトメェトル……一応聞いておくけど、ここから助かる方法はあるかな?」


 絶無、という解答が脳裏に浮かんでくる。


「そりゃそうか。そうだよな、ほとんど使い切っちゃったもんな」


 もうすぐ疑似宇宙の維持すらできなくなって、もろともに爆縮する。

 死が目の前に迫ってきている。

 けれど、心は落ち着いていた。


「――不思議だね。怖くはないんだ。僕はもう死ぬけれど、そのことに関しては怖くない。もしかしたらその感情も、もう使い切ってしまったのかもしれないけれど」


 つぶやいた。

 僕は果たして誰に向かって言っているのだろうか。

 そのことすら曖昧なままに言葉を紡ぐ。


「ただ、なんていうんだろう。何かが胸に刺さっている感じがする。父さんと母さんはこれからも元気に生きていくんだろうし、委員長は弱った人を目ざとく見つけて声をかけ続けるんだろう。地球のみんなは昨日と同じ今日を、今日と同じ明日を生きていくんだろう。そのことに僕は胸を張りたいし、嬉しいことだと思う。そのはずだ」


 でも、と口から音がこぼれる、


「でも、ここには誰もいない。それが、なんだか――」

『宿主』

「……ああ、ごめん。こんなことを言ったってどうにもならないのに」

『否定する。宿主の意見を受け取り、その解決のために尽くすのが我々の有り様だ』

「本当に真面目だね、クララギィエルは」

『肯定する』


 はは、と口から息が漏れた。


「それよりも、このまま爆縮すれば君たちも巻き込まれるぞ。今なら間に合う。――僕を砕いて、出ていくんだ」


 《魔剣》たちには、世界を渡る能力がある。彼らが根を張っている僕の魂を砕けば、再び自由に移動できるのだ。かつて『譲渡』の際にそうしてきたように。


「できれば次の宿主にはあまり力を使わせないようにね。なんだったら黙っているといい。僕だってあの人が来なければ気づかなかったはずだし」


 あの人がなんて名前だったのかは思い出せない。

 ぼんやりとした面影が脳裏に残っているだけだ。

 それでも、大事な仲間だったことは覚えている。

 クララギィエルたちと同様に。


「さあ、早く」


 告げた瞬間、痛みを伴って大きな何かが抜け出していく。

 根を張っていた僕の魂を砕いて、その欠片を燃料に旅立っていく。

 これは――テメトメェトルか。結局最後まで、彼とは会話らしい会話ができなかったな。


 魂が砕け、記憶が砕け、僕自身が砕けていく。

 残骸となった僕は、命の持つ慣性に従って、ほんの少しだけ運動を続ける。

 終わりに向かって、動き続ける。

 そうして抜け殻になった僕の中に声が残響する。





『――私はずっと不思議に思っていた。なぜここなのだろう。なぜ数えきれない宇宙の中の数えきれない星の中で、我々は全員同じ生命体に集まれたのだろうと』





『それはきっと終わりを感じたあなたたちの、守りたいという願いが我々を呼んだからだ。誰かのために血を流せるという個の保存と相容れない概念を、あなたたちの星だけが持っていたからだ。生きたいではなく守りたいという願いに、我々は導かれたのだ』





『そのおかげで我々は我々自身を知り、そして生まれた意味を獲得した。あなたたちと出会って、あれらと戦うために我々は生まれたのだと今は確信を持って断言できる』





『そして先の戦いを以って我々の存在意義は達成された。だから我々は最期までここにいる。共に消滅することも是としよう』





 砕け散った胸の中が、少しだけ満たされる。

 刺さっていた棘が、どこかへ流される。


 ああ、クララギィエル。

 ヨグドルゼプス。

 パネシアンサス。

 残された時間で、心の中に残ったかけらを集めて、一緒に組み合わせる作業をしようか。

 きっと楽しいなにかが、優しいなにかが、そこに残っている気がするんだ――








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