特別番外編 乙女たちのバレンタイン大作戦
【まえがき】
誰からもチョコを貰えない非リアの俺がみんなに送るバレンタインのプレゼントです。
「みんな、バレンタインチョコ作ろう!」
2月12日の穏やかな昼下がり、ミラが突然こんなことを言った。
今家にいるのは、ミラと凛とカンナだけ。レグルスは外出している。
だから、バレンタインチョコを作るための会議を今しようと考えたのだ。が、
「先生~。バレンタインって何ですかぁ~?」
「私も右に同じ質問です。」
凛と、カンナは『バレンタイン』というものを知らないらしい。《非リアの俺からすれば知らなくていい情報だし、別に不必要なものだが》
バレンタインデーというのは、日本では女の子が男の子にチョコレートを上げる日という印象が強い。
チョコレートにも主に3種類あり、男友達や、職場の同僚、上司にあげたりする『義理チョコ』。女の子同士がチョコレートを交換し合う『友チョコ』。そして、女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる『本命チョコ』が存在する。《何度も言うが非リアの俺からすれば最後の1個は消えてくれてもいいんだが》
と、まぁ簡単な説明を凛たちにする。
「で、それで私たちの間で交換し合ういわゆる『友チョコ』を作りたいわけ?」
「違うよ!悠貴に『本命チョコ』をあげるのよ!私たちの愛の形をチョコにこめてね!」
凛の発言にミラが大きく首を振って反応する。
ミラの考えはレグルスに手作りの本命チョコをあげること。レグルスはミラと凛とカンナの共通の好きな男の子なので、みんなで作ろうというわけだ。
共通の好きな人にあげるのなら喧嘩になるのでは?と思うかもしれないが、亜人界では一夫多妻というのは普通のことなので逆に仲良く作ることができる。
そういう環境で育ってきている彼女たちには別に一緒に作ることへの違和感は全く無かった。
話の結果、今日は材料を買ってくることにして、本格的な制作は翌日することになった。
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【翌日】
「さて!今日から本格的に作り始めようと思うんだけど、どこか作れる場所ある?」
午前4時というこんな早朝から亜人たちはミラの部屋で集まって会議をしていた。
ミラと凛はやけにやる気があるが、カンナはというと朝が早いため眠たそうにしている。
さて、話を戻そう。チョコを作ると言ったものの、作る場所が無いのだ。家で作ろうにもレグルスがいるし、この世界に知り合いの亜人なんていない。亜人界で作れば?と思うかもしれないが、人間界の食材や人間を亜人界に持って行こうとすると、人間界からの干渉を防ぐ結界に引っかかりそのまま爆ぜてしまう。
そのため、チョコ作りはまず場所を探すことから始まった。
「まぁあっちの世界に持っていくこともできないし、この家で作るしかないんだけど」
「悠貴をどうするかが問題ね」
ミラと凛が話を進める。彼女たちが言ったようにこの凛の家で作るのが一番無難なのだ。が、大きな問題がある。それはレグルスの存在。レグルスは普段の日課である朝の散歩が終わると相当なことがない限りは外に出ない人なのだ。
せっかくの本命チョコ作り。どうせなら当日にサプライズ的な感じで渡したいのだ。
そのためにはこの難題を打開しなければ。
「ん!」
すると、突然カンナがその小さい体を精一杯使って手を挙げる。
「私に任せて」
「何か案があるの?」
「フッフッフ。私をあまり舐めるのではないよ」
カンナが滅多に見せないような不気味な笑みを浮かべる。まぁその姿もかわいらしいのだが。
それにしてもカンナの考えた打開策とは一体どんなものなのか。
「私が健気な弱い女の子を演じて悠貴を追い出す」
「「はい?」」
カンナの意見にミラと凛が疑問符を浮かべた。
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「まさか本当に追い出せるとはね」
「男なんて誰だって弱い子を守りたい、女の子を守りたいって、そういう英雄になりたいって思ってるからね。特に悠貴は。」
その日の昼下がり。レグルスのいない家に乙女たちが3人、キッチンでレシピ本とにらめっこしていた。
レグルスはと言うと、
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【15分前】
「ねぇねぇ悠貴ぃ。街に不良がいて外に出るのが怖いから、悠貴が成敗してきてよぉ。そうしてくれると助かるなぁ。」
お昼ごはんを食べ終わってひと段落した所で、カンナが作戦を実行した。
朝言っていたように健気な女の子を演じてそう言った。怖がっている風を装い、嘘、偽りのない曇りなき眼をレグルスに向けて。
まぁあくまでも作戦なので嘘も偽りもあり曇っている眼なのだが。
一方のレグルスはというと騙されていることなどつゆ知らず『みんなを守らなければセンサー』が発動したのか、それを聞くや否やコートを来てスタコラサッサと家を出ていった。
全く男とは単純で簡単な生き物だ。
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そして現在に至る。
レシピ本とにらめっこしている理由は説明せずともなんとなく予想は付くだろう。
お菓子など誰も作ったことがないから作り方が分からないのだ。
ミラや凛はレグルスと出会ってから人間界の料理を作るようになったためそこそこ料理ができる。が、お菓子など作る機会が無かったからなにも分からないと言っても過言ではない。
とりあえずレシピ本の作り方を読んでいく。
『板チョコを細かく砕き、湯煎で溶かします。』
…………………。
「湯煎って何!!?細かくってどれぐらいに!!?全くわからないわ!!」
「隣に同感!!」
「私も隣の隣に同感であります!」
ミラの発言に凛とカンナが選手宣誓するかのように真っ直ぐに手を挙げる。
3人とも初めて聞く単語『湯煎』。
更に『細かく砕く』という大まかな表現。
もちろん、お菓子を作る人間なら湯煎の意味も、細かく砕くが大体どれくらいの大きさを指すのかわかるため、写真で載っているはずもない。
やはり慣れないことをするべきではないと実感しつつも、みんなレグルスのために必死になって作り始める。
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「不良を成敗してこいって言われたけど、どこにいるんだぁ?」
勢いよく飛び出したレグルスだが、不良を探すこと20分。そもそも不良ってのはどこにいるのだろうか?
とりあえず手当り次第に薄暗い路地裏をあたっているが、なかなか見つからないものだ。
まぁ、これはカンナの仕掛けた嘘であるため不良などいないのだが。
探すのに疲れたレグルスがショッピングモールをぶらついていると、バレンタインのポスターを見かけた。
「そう言えばもうすぐバレンタインだな。俺は今までお母さんにしか貰ったことないからそこまで関心がなかった。ミラたちはチョコくれるのかな?楽しみだ。」
そんなことを言いながら再び不良探しを始める。
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「フゥー。とりあえず完成かな?」
「結構時間かかったね。」
「それにしても悠貴どこに行ったんだろう?」
気づけば日が落ち始めている。太陽の黄金に輝く光が差し込むキッチンで乙女たちは完成したチョコレートを眺めていた。
大きなハート型をしたチョコレートに皆それぞれ好きなようにチョコペンで模様を書いた、彼女たちの愛が詰まったチョコレートが完成した。
あとはしっかりと冷蔵庫で冷やす必要があるのだが、もちろん家の冷蔵庫を使うわけにもいかない。家の冷蔵庫だと、レグルスに見つかりかねないから。
「とりあえずは私の部屋のクローゼットに入れとくか。私の氷魔法で冷やせるしね。」
「ホント!?助かるわ。」
凛の部屋で隠しつつ、凛の水属性氷系魔法でチョコを冷やすということで意見が一致した。
レグルスが部屋にやって来ることなんてほとんど無いため、バレンタインデーまで隠しておくのは容易なことだろうとその時は誰しも思っていた。
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『コンコン』
その日の夜、凛の部屋のドアを誰かがノックした。
「は~い。どうぞ~」
「お邪魔します」
「ゆっ、悠貴!?」
果たしてこんなことがあるだろうか。なんと凛の部屋にレグルスがやって来たのだ。レグルスはほとんどミラや凛、カンナの部屋を訪れることなどないのに、こういう時に限ってやって来る。何なんだこれは?神が与えた試練なのか?どこかで神様に会う機会があったら絶対に愚痴ってやる。
とりあえずチョコを隠していることがバレないように平然を保たないといけないのだが、突然レグルスがやって来たことに完全に動揺しており、顔が引きつっているぎこちない作り笑顔を浮かべる。
「なんで、そんなに動揺してんだ?」
「べっ、べっ、別にぃ~動揺なんか、しっ、してない、よぉ?」
《なんで最後疑問文になったのよ!?意味わかんないじゃん!ってか何の用で私の部屋に来たんだ悠貴》
凛が心の中で本音を漏らす。
それにしても人ってのはこんな一瞬でこれほど汗をかくものなのだろうか。凛の背中は汗でびっしょりだ。大洪水だ。
それにしても、果たして何をしに来たのだろうか?とりあえず心を落ち着かせつつ質問してみる。
「なっ、何しに来たの?」
「あぁ、今日カンナに不良を成敗してほしいって言われたんだけど、不良が全然いなくてよ。どこにいるのかなってことで意見を聞きに来た。」
《なんだそんなことか。カンナの作戦が少し仇になった気もするけど。とりあえず知らないと言っておけば…》
「それにしてもなんかこの部屋妙に寒くねぇか?」
「────ッ!!」
レグルスの訪問の理由にほっと方をなで下ろし、安堵の息を漏らした瞬間、どんなことに対しても鈍感なレグルスがこの部屋の異常な寒さに気づいたのだ。
それもそのはず、長時間氷系魔法で冷やしているのだから部屋がとてつもなく寒くなっても仕方ない。なんなら気づかない方がおかしいぐらいに。
とりあえずなにかレグルスを納得させる言い訳を考えなければ、ここまで来てチョコの存在がバレる理由にはいかない。
「あっ、あぁ今新しい魔法陣の調整をしてるからね、少し寒かった?さっきの質問の答えだけど私は知らないわ。これにはかなりの集中力を要するから、別に悠貴を追い出したいって訳じゃないんだけど、少し1人にさせてくれない?」
「そっか。それじゃあ仕方ないな、頑張れよ!俺は応援してるからな!」
《よかった悠貴の頭が単純で。なんとか誤魔化せた。》
そうやって安堵する凛であった。
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【バレンタイン当日】
『ピピピピピッ』
と、目覚まし時計の甲高い音がレグルスの部屋で鳴り響く。
朝の日差しと、目覚まし時計の音がレグルスの脳を覚醒へと導く。
しかし、レグルスは起きてまもなく疑問を浮かべる。なぜ誰も起こしに来ないのだろうか?またなにか事件があったのだろうか?
というか、目覚まし時計などセットした覚えが無いのだ。
まぁ考えてもわからないものはわからないのだからとりあえず服を着替えてレグルスは部屋を出た。
レグルスが階段を降りて、洗面所で顔を洗い、リビングのドアを開けた瞬間。
「ハッピーバレンタイン!!」
ミラと凛とカンナが手作りのバレンタインチョコをプレゼントしてくれた。
思わぬ光景にレグルスはまだ眠たい脳をフル回転させる。
レグルスはお母さんぐらいにしかバレンタインチョコを貰ったことがないため、これが夢だと錯覚する。
「これは、夢?」
「夢じゃないよ、も~ひどいな~」
「悠貴のために3人で頑張って作ったんだから、夢じゃないよ」
レグルスの呟きに乙女たちは否定する。
レグルスのために一生懸命作った手作りの本命チョコ。初めてのチョコ作りでそれなりの苦労もあった。
それが夢なんかで済まされてたまるか。
本命チョコを受け取ったレグルスは嬉しさのあまり指が震えている。
レグルスは次に放つ最適な言葉を必死に探る。「ありがとう」と言うのが無難だが、それだとあまりおもしろくない。せっかく作ってくれたのだからそれなりの言葉を返さなければ。
「やっぱりお前ら俺のことが大好きんだなぁ~!」
そう言ってレグルスは3人を抱きしめる。
3人は顔を赤くして硬直する。体はみるみる熱くなり、呼吸困難になるのではないかというぐらい呼吸が途切れ途切れになる。
そんな彼女たちの体温を胸の中で感じているレグルスは、「この温かさを守らなければ」と心の中で決意した。
~完~




