中編
次の日、朝早くから私は森に光石の採取に出掛けた。
光石は割るとリーンと高い音たてて光る。けれど、一度割ると光らなくなる。確認するには割るか鑑定士に見てもらわなければならない。割ると価値がなくなるので実質、鑑定しか見分ける方法は無い。見た目の似たような石を集めて街に戻って…鑑定したら規定数に足りていない。そんな場合はもう一度取りに行かなければならないし鑑定代がまたかかる。それが非常によくあることなので無駄足や出費を考えると皆やりたがらない。
けれど…私の探し方はちがう。
光石はおそらく空の魔素が塊まり、ポロポロと地面に落ちたもの。
大きなものは魔人や妖精になるが、光石はそこまでの大きさにならなかったものが夜に地上に降り、石に宿ったものなのだと思う。
その波長は、闇の空から生まれた自分に酷く近い。
そのため仲間同士の、居場所確認に使う魔法で光石を探せる。
鑑定しなくても間違えることもないし、石の品質も高品質なものを選べる。
そう、野良吸血鬼の私は…
そこらに転がる光石とさして変わらぬ存在なのである。
…自分でそう思うのだけれど…
そう考えるとやはり少し凹む。
光石を拾い鞄に詰めるはじめると間もなくして、ぐぐぅ…とお腹が鳴る。常時魔法を展開しているので。いつもよりお腹がすく。
木のうろに居た木ネズミを2匹つかまえてがぶりとかじる。
じゅるじゅると血をすすると、血と一緒に木ネズミの魔力が胃に入り、体がぽかりと暖かくなる。
2匹食べても小腹が満たされた程度。お腹いっぱい食べたらもっと暖かくなるのかもしれないが流石にその気にはならない。あまり美味しくはないから。
カラカラになった木ネズミの毛皮をむしり、乾いた肉の塊にした。毛皮は売れる、肉は売れない。売り物にならぬそれを肩越しにポイッと棄てる。
ザッと一陣の風が走った。
そうおもった次の瞬間、投げた肉を大きな犬が空中で素晴らしく見事にキャッチしていた。
「えぇっ!?」
スタッと着地すると、そのままはぐはぐと乾燥肉を食べる。
しっぽはパタパタとせわしなく振られている。
ぺろりと食べ終わった犬が、こちらの手元をじっと見る。視線に負けてもうひとつの乾燥木ネズミも皮を剥いで犬に向かってぽいと投げる。
ダッ!パクッ!!
見事な空中キャッチ。
「おお…!」
はぐっはぐっと食べる姿は凶悪そのものな顔なのにとてもかわいい。
もう肉が無いのが残念だ。まわりを見ると犬がいるせいかさっきまで居た木ネズミが隠れてしまった。
犬はしっぽを振ってすっかり私についてくる気満々だ。
私は石を探しつつ、時折いつもより狩りにくい木ネズミと角ウサギを捕まえる。
犬は捕まえた木ねずみを、そのまま渡しても食べようとはしなかった。けれど、私が血を吸った後の肉は、とても美味しそうに食べた。
森を歩いていると時折スルッと足に犬がすりよる。そしてさあ、撫でてくれと言わんばかりに鼻先を向けてくる。あまりの可愛さにおもわずしゃがんで、ふっかふかの耳の後ろから首にかけて撫でる。
「ふわふわ…いいなぁ、お前にも家族がいるんだね。」
もふもふとした灰色の毛皮はつるりと美しく、この子は誰かに大切に手入れされていることが解る。
「お前も野良犬だったらよかったのに。」
するりと滑らかなさわり心地のその皮毛に、顔をうずめる。私より大きな犬は驚いたのかじっとしている。
こんなに誰かに近づいたのは初めてだ。
あぁ、いいにおい。
美味しそう。
ぐーぐーとお腹がなる。
今日はもう木ネズミも角ウサギも食べすぎた。流石に胸焼けがする。
犬の胸元から顔をあげると少し乱れてしまったその毛並みを直す。
「さあ、そろそろおうちに戻りな?今日は木ネズミも角ウサギも食べすぎたからもうお肉はないよ。」
お腹をぐーと鳴らしながらそう言う私。それ(不思議な顔をする犬は、まるで言葉がわかるかのように見える。
「さっきの血は私のご飯にはならないんだ。」
だからそろそろお行き。そういうと犬は少し困った顔で私を見る。そして辺りを見回すと素早い足取りで森に消えていった。
「肉の切れ目が縁の切れ目か…」
自嘲気味に呟く。
そしてまた石を拾う。
一心不乱に拾っていたら、鞄は石で一杯になった。これだけあれば依頼人も満足するだろう。
お腹もぐーぐー鳴っている。
気付いてしまったあまりの空腹に目眩がして、大きな樹の根元に座り込む。
「おなかすいた…」
ぽつりと呟く。
魔法は嫌いだ。お腹がすごくすく。
ふと、ズルズルと何か引き摺る音がすることに気がついた。
それは段々こちらに近づいてくる。
大型の動物が捕らえた獲物を引き摺る音だ。
慌てて息を潜め樹の根に潜む。下手に動いて空腹の獣を刺激してはいけない。ドクドクと心臓が鳴る。
目の前のガサガサと揺れる繁みから現れたのはー
先ほどまで一緒に居た犬だった。
その口には大きな火トカゲをくわえていた。
思わず力がぬけて座り込んでしまう。
くわえられた火トカゲの長すぎる尻尾がだらりと地面に引きずられている。ズルズル音はここから出ていたのか。
ぽかんとしている私の目の前に、火トカゲがドーンと落とされる。
そして…
さあ食べろ!と言わんばかりに獲物の横に座る犬。その顔はドヤ顔だ。しっぽはちぎれんばかりにふられている。
「ふふっ…あはははっ!ありがとう。偉いね!それに、優しい子…おいで?」
呼ぶと足取り軽く近づいてくる犬。
火トカゲとの格闘で、少し乱れてしまったその毛皮を綺麗に整える。綺麗な毛先の一部が焦げている。
私は顎の下から喉、耳の後ろ首から背中とワシワシと長い毛の下に指をつっこみ遠慮なく柔らかな地肌をこれでもか!ともみこむ。
キュンキュンと情けない声が上がるが、そのまま全身くまなくもふり倒す。
上になり下になり、満足するまで毛玉をなで回して顔をあげる。
ハアハアと舌を出して伸びる犬の表情は恍惚そのもの。時折ビクビクと痙攣している。
「ふふっ…」
私の体の上に半分乗り上げさせる状態で、胸に抱えた犬の額に顎をのせる。手はもふもふの首もとを優しく撫でたまま。
犬はフンフンと胸のにおいを嗅いでいる。私は目の前あるピクピクと動く耳をじっとみつめる。内側にうかぶ血管、そこに視線が吸い寄せられる。はむっと耳を唇ではさむ。
「キャン!」
犬が甘く鳴く。とくとくと血液といっしょに美味しそうな魔力が流れるのが解る。傷つけぬよう気を付けながら舌と唇で血の流れを堪能する。犬はプルプルと震えている。その耳の後ろから首にかけてワシワシと撫でる。
「痛くは噛まないよ…。」
そう囁くと、傷つけぬように気を付けながら尖った牙で撫でるように耳を噛んだ。
「キャウン!!」
犬が鳴き大きくビクビクと震える。
はむはむと噛むと美味しそうなにおいがひときわする。犬も震えながらハッハッと胸に顔を埋める。ぎゅうっとだきしめると「クーン」と鼻で甘く鳴いた。
「ふふっなんだか…いけないことしてるみたい。」
唾液で濡れてしまった耳にキスを落とし、鼻先に、キスを落とす。そしてその体の下から抜け出す。
犬はでろんと伸びたままだ。
怨めしげな顔でこちらを見ているが、舌とよだれを出たまま睨まれても、怖くなんてなかった。
犬が持ってきてくれた火トカゲのそばにいく。触れると火のような熱い魔力。
「うーん…」
言いにくい、これは食べられないと…言いにくい。
ちらりと犬を見ると期待の眼差しでこちらを見ている。伏せのままで。
「…ご、ごめんね?」
ガーン!!と言わんばかりの顔でショックをうける犬。
犬って以外と表情豊かなんだって今日1日でしってしまった。
「吸血鬼は偏食なんだ、血の中に流れる魔力を食べるから。自分の魔力と合わないものは食べるとお腹を壊すの。私はまだ、主食になるものを見つけられてないから…」
だからいつも腹ペコだ。
この犬は食べられそうだけれど…そうは言わない。友達は食べない。食べちゃいけない。
「せっかくだからお前がお食べ。」
近づいてきた犬にそう言うと、犬は火トカゲの心臓のある場所にがぶりと歯を立てた。
硬い鱗も気にせず引きちぎると、そこに鼻を突っ込む。そして赤くした鼻先を私に向ける。
口に何かくわえている。手を出すと血で染まった赤い石が、ごろりと落とされた。手のひらより大きな魔石。
この火トカゲ…もの凄く強いんじゃ…
そう戦慄する私。
犬は私の石を持った手のひらを、鼻先でぐいぐい押してくる
「えっと…もしかしてくれるの?」
そう聞くと犬はガウッと軽く吠えた。とても満足そうな顔で。
「ありがとう…お礼にもう一回体中撫でてあげようか?」
そう聞いたら犬は慌てて首をぶるぶるとふった。
そして半分裂かれた火トカゲをくわえるとブン!と大きく首をふった。
「ええええー?!」
火トカゲはすごい勢いで飛んでいった。驚く私を犬はぐいぐいと街道方向におしてくる。
確かにそろそろ暗くなる時間だ。本当に驚くほど頭のいい犬だ。
犬は街の門までおくってくれた。どうやら街には入らないらしい。
門番の誰かの飼い犬なのかもしれない。
バイバイと手をふると尻尾をパタパタとふりかえしてくれた。可愛い。
足取り軽く道を行き、ギルドに光石を届けた。
依頼より多くの光石も引き取ってもらえたので財布がいつもより重い。
火トカゲの魔石はポケットに入れたままにした。初めての友達からのプレゼントだ。
大事にしよう。
お腹はすいていたけれど胸はほわっと暖かかった。
ギルドを出ると、その数軒先にある吸血鬼の館で昨日の獣人が美女と話し込んでいた。
二人とも真面目な顔。
あの享楽的な吸血鬼があんな顔をするなんで…二人の深い関係が透けて見えるようだった。
少し胸がモヤモヤした。
これは食べ過ぎだ。
そうだ!
あの子にもらった石を入れる袋を買おう。
可愛い袋がいい。無くさないようにしっかりと仕舞えるものがいい。
そう考えたら胃もたれが一気にきえた。
その素敵な考えを実現するために、何件か雑貨屋を回る。雑貨屋には丁度いいものがなかったので布屋で端切れを買った。あの子に良く似た滑らかなさわり心地の灰色の布。
家に戻ったら早速袋を作ろう。
犬の刺繍も入れたらきっと可愛い。
足取り軽く家路をゆく途中
「よう、ボウズ!依頼はうまくいったか?」
街中で大きな声で話しかけられた。
あわてて振り返ると、さっき吸血鬼の館で美女と話していたの獣人が手を振っていた。手には串焼き。
「はい、ご心配ありがとうございます。」
ペコリとおじぎをする。
牙の痕の無いきれいな喉。あの吸血鬼に血をあげなかったんだ。
改めてみると獣人はとても大きかった。黒い髪、きっと熊の獣人に違いない。見上げると獣人は少し頬を染めて噎せた。
どうやら肉が喉に詰まったらしい。
「ごっくんしてからでいいですよ?」
首をかしげながらそう言うと
「ブホッ?!ゲホッ!す…すまねぇ…ゴホッ!」
さっきより凄くむせてる。私も慌ててそのまるめた背中をさする。
「大丈夫ですか?!」
「ああ、死ぬかと思った…」
涙目の獣人の手を引っ張って、近くの石段に腰かけさせる。
「傷、治ったんですね。」
もう、あの美味しそうなにおいがかげないなんて残念だ。
「ああ、あの花の効果はすごいな。」
「この街のそばの森にしか咲かないんです。生でかじるのが一番効くんですが、長持ちしないので。」
今日はいい日だ。こんな他愛ない会話が出来るなんて。
「ん?何だか楽しそうだな?いいことあったか?」
勝手に緩んでいた頬を獣人の指がつつく。
「はいっ!今日は森でふわふわの可愛い犬に会えて、街ではあなたに会えたのでとってもいい日です!」
「そ。そうか。」
獣人は面食らったような顔をしたあと、すこし照れたように笑った。
ぐうーっと私のお腹がなる。あわてて手で押さえる。
「腹、へってんのか?」
獣人は手の串焼きを差し出そうとして…あ、吸血鬼か。とつぶやいた。
「食える飯は…無いのか?」
「木ネズミと角ウサギなんですが…今日は一杯食べ過ぎて…お腹は膨れないんですが気が紛れるので…。」
それにあの子が喜ぶからつい食べ過ぎたのだ。ちょっと苦笑いすると、目の前の獣人が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あー、その、なんだ…変な意味はねえよ?ボウズみたいな子供に手を出すほど落ちぶれちゃいねぇ。だがな、目の前の腹を空かせてるガキを放っておけるような性格もしてねぇんだ。」
私の目の前には怖いくらい真剣な顔。額の傷跡が悪人にしか見えない。
「だからよ、俺の血を飲んでみねえか?飲めないなら仕方がねぇ、諦めるよ。だがよ、もし飲めるんなら飲めよ。そんなに腹を鳴らしているなら俺で試してみろよ。」
だけど知ってる。悪人顔のこの人が全然、悪い人じゃないってことを。心の何処かが知ってると言う。
美味しそうなにおい。
飲めと、飲んでいいと、差し出されたそれに、目眩がした。
「いいの?」
「ああ、飲めそうなら飲んでみろ、そんで、その情けない音を止めるくらい、満腹になってみろ。」
ニカッと笑ったその顔に不覚にも涙が出た。
「とはいえ、ここじゃ飲めねぇな」
そう言った獣人は、手に持ったままだった串焼きを一口で食べてべろりと肉汁がついた唇をなめた。そして串は屋台のゴミ箱に捨てた。顔は怖いのに意外なほどきちんとしている。
地面には色んな人が食べて捨てた串が落ちてるというのに。