前編
腹は八分目がいい。
そう昔の人は言ったらしい。
満腹になるより腹八分目で我慢するのが体のためになると。
私はかじっていた角ウサギがカラカラになるまでその味をじっくりと堪能した。毛皮と骨しか、残っていないその残骸から毛皮をはぎとり、小さな魔石を手に入れる。
ぐう、と腹がなる。
腹八分目どころか腹二分目だ。
ふう、とため息をつく。
うまれてこのかた腹八分目になど、なったことがない。
ましてや満腹になど。
ウサギは、小腹をまぎらわせてくれるが沢山は食べられない。
味に癖がありすぎるし、毛も口に入ってとても不快だ。
いつか美味しい血をお腹いっぱい食べたい。
そう思ってる吸血鬼ってきっと私だけだ。
魔人族の住む街にはたくさんの吸血鬼がいる。吸血鬼は血族の結束が強い。血族ごとにその血の特色があって、その一族の最も適した方法で血を集める。
それは色仕掛けだったり、夢通いをしたり、幻覚をみせたり…そして一時の幸せを提供をしたら対価として血をもらう。
街にはそんな吸血鬼が集まる薔薇の館と呼ばれる娼館もある。淫魔達と並ぶ数少ない娯楽のひとつだ。
そこではいつだってお腹いっぱい血をもらえる。
けれど私は森でウサギをかじる。
私には血族がいないから。
自分が何が一番得意なのかも知らない。
教わるひとがいないから。
街の吸血鬼は私には冷たい。
あたりまえだ。
商売敵に優しくなどするわけがない。
だから私はいつでも腹ペコで、街の吸血鬼達が絶対食べないような角ウサギだったり、木ネズミだったり簡単に捕まえられる獣を食べる。
街の吸血鬼は渋くてのめたものじゃないと言うけれど…
なれればそこまで悪くもない。
嫌な慣れだけれど、仕方がない。
でも、流石にそれ以外の獣の血は魔力が合わないのか飲めない。
今日の依頼品の薬草やキノコをとってから街にもどる道を歩く。
空は少し暗くなってきた。私は夜行性の吸血鬼ではないから太陽光に弱くない変わりに夜目が利かない。
だから夜になる前に採取を終える。そしてギルドに薬草とキノコを渡し、微々たるお金を貰って家にもどる。その繰り返し。幸い食費がかからないから生活はさほど苦しくはない。
問題はいつも空腹なことだ。
そして少しだけ寂しいこと。
街の吸血鬼は血縁や下僕を作って増える。私は空の魔素が固まって出来た野良吸血鬼だから血族はいない。
他の魔人は吸血鬼を好まない。
まるで寄生虫のようだと。仲良くなっても対価や血をもらうことに何のためらいがないからと。
だから…
…血族の居ない私はいつも独りだ。
その日街は美味しそうないい匂いに包まれていた。目深に被ったフードの下で辺りを観察すしなが、鼻をくんと利かす。すれ違う魔人も少しそわそわしてるし、吸血鬼達は頬を染めていた。
そうか、これは血の匂いか。
魔人の血の匂い。
それも少なくない人数の。
それぞれの血の持ち主の力も強い。
何かあったのだろう。
ざわざわと落ち着かない街を歩き、ギルドに到着する。いつもより人の多いギルド、ザワザワとさざめく人混みを縫い、いつもの年をとった木の魔人の座る受付にいく。吸血鬼も植物からは血をとれないので、木や植物の魔人は比較的吸血鬼に優しい。このお爺さんは特に。
「こんばんわ、今日の成果はこれです。」
私にはまだ高すぎる受付。爪先立ちしてもお爺さんからは私の顔の半分しか見えない。私は生まれてこの方ずっと栄養不足で背が伸びないのだ。
「お疲れ様、今日も偉いのう。」
木の魔人は恐ろしく長生きだ。このお爺さんはおそらく此処にギルドが出来る前から、ここに住んでいたのだろう。そんなお爺さんからみたら私は背だけじゃなく年齢も本当にチビッ子だ。
お爺さんは依頼書と植物が合っているか確認したらポン、と判子を押してくれた。そしてその場で達成報酬をくれる。額が少いから報酬用の窓口にいかなくてもいい。ほとんど子供のおつかいである。
「はい、今日は5コリラクと8キトリじゃな。お疲れさん。このディリポビはひとつ多かったのう。」
そういいながら、じゃらりと銀色のお金をお爺さんは袋に入れて渡してくれた。
「じゃあ、それはもって帰ります。」
ディリポビは生で食べられ傷を治してくれる花だ。吸血鬼は食べたらお腹を壊すけれど、ディリポビから塗り薬は作れる。
花はお爺さんから受け取って鞄にしまった。
「明日の依頼はどうするかね?」
「うーん…何かありました?」
いつもこの辺りから爪先立ちだと足が疲れてきて、ぴょんぴょんと軽く跳ねてしまう。今日は受付の中のお爺さんの、しわしわの手元の紙を見ようといつもより頑張ることになる。
ぴょんぴょんしていたら、フワッとからだが浮いた。
「ボウズちっこいのに偉いなあ。ほら、これで見えるだろ?」
後ろから大きな、とても大きな獣人が私をもちあげてくれていた。
「あ、ありがとーございます。」
あ、いい匂い。お爺さんはよかったのうと言いながら依頼書を渡してくれる。依頼は小さな灯り石の収集。
「面倒な作業での、出しても誰もやらんからな、おぬしならやれるじゃろ?」
ふむ、これなら魔法を使えばそれほど大変ではない。
「うん、受けます。」
お爺さんから用紙を受けとる。
その間ずっと、獣人は私をぶら下げたままでいてくれた。
「ありがとうございます。」
お礼をいうとすとんと下ろして「いいってことよ。」と頭をぐりぐりと撫でられた。
ちょっと乱暴で頭がぐらぐらする。
獣人からはすごく美味しそうないい匂いがしてくる。
…おいしそう?…あっ!
慌てて鞄から先ほどのディリホビを出して獣人に渡した。
「これ、食べてください。怪我に効きます。」
狼頭はおや?という顔をしてから「すまねえな」と言って花を一口でむしゃりと食べた。大きな強面なおじさんが白い可憐な花を食べる姿はなんだか可愛かった。
「ボウズはぴょんぴょん跳ねてたからウサギの魔人か?」
「いえ、吸血鬼です。」
ほう?という、顔をしてくんくんと匂いを嗅いだ。
「おかしいな?吸血鬼は魔人や獣人の血の匂いがぷんぷんするんだがな?ボウズからはウサギの匂いしかしねぇな?」
不思議だという顔で獣人は首をかしげた。私も同じように
「血の匂い?」と首をかしげる。
「あ?そうだな、吸血鬼は吸ってる血の匂いがすんだよ、あの匂いを嗅ぐと、魔人や獣人は食事だって言われてるみたいでな~。」
そうか、吸血鬼が他の種族から好かれないのはそういう理由があったのか。
「だが、ボウズは旨そうな匂いだな。」
ニカッと笑ってそう言われゾクッとした。
獣はウサギたべますからね!!心のなかで叫び私はぺこりと頭をさげると慌てて逃げた。
慌ててギルドから出ると街中は人でいっぱいだった。
急いで帰るには人が多すぎたので、流れに身をまかせ、雑貨屋や屋台の店先をひやかしながら進んでいくことにした。人々の話題はこのあたりで出没していた竜が倒された話ばかりだった。
100数年前に現れた金色の三つ首の竜にこの街の先にある町が全滅させられた。その後竜は巣穴にこもり時折現れては追い払われ…ということを繰り返してきた。前線の街であるこの地は三つ首の竜に怯えながら暮らしていたのだ。その竜が倒されたからこのお祭り騒ぎらしい。
ザワザワと噂話が耳に入り込む
ー竜人の討伐隊がでたんだって?
ーなら、竜は狂竜だったのかい?
ーいや、どうやらただの亜竜だったそうだ。
ー亜竜に全滅させられたのか?
ー竜人は1人だったそうだぜ?
ー薄赤いの髪の竜人がえらく強かったってことらしいわ。
そうか、あの獣人は三つ首竜と戦っていた一人なのか。雑踏を抜け、ようやく家にたどり着きフードをとる。
ぐーぐーとなる腹に水桶に入った水をいれてごまかす。街はお祭り騒ぎだけれど一歩路地に入れば、街のさざめきは遠い。
街中で嗅いだ色々な血の匂い。きっと、竜人が来るまでの戦闘は激しかったんだろう。嗅いだ血の匂いは空腹を刺激していつもより飢えは酷かった。
こんな日は寝るにかぎる。 頭から布団をがぶる。
眠る直前に脳裏に蘇ったのは、やさしい獣人のおいしそうな血の匂い。




