♯16 或る冒険者の受難 四
バル・エネス・ソルザードは、自身の剣才を正確に理解している。
その身に宿る魔法の力と併せれば、国軍の一部隊とも正面から戦える。
今までにも、苛烈を極める戦いが幾つも有った。
時には、単身でゴブリンの巣窟に足を踏み入れ、村を襲う魔物を根絶やしにした。
時には、熟達の冒険者達と共に、護衛対象である貴族の一団を、危険な沼地を踏破し、国から国へ送り届けた。
そして、時には、獣人を密猟し、私腹を肥やす下種を打倒し、何人もの獣人の未来を助けた。
『人を助ける上で、私の力は、望むべくもない物だ。神に感謝してもしきれない』
目の前で困っている人が居たら助けたい。
遠くで困っている人が居たら、力になりたい。
それは、何処に居ても
それは、何処に行っても
バルの堅い意志だった。
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『‥‥‥、ネイア。これから私は、対象の獣人と対話に入る』
暗いままだった森に、極々僅かな、赤い木漏れ日が差して、恐らく夕刻頃。
それまで、身を潜めたまま待機していたネイアに、バルからの魔法会話が届く。
保護対象が討伐対象を、逆転圧倒した上、バルですら見た事もない、大きな滅びの魔法を封殺し、あまつさえ、回復を行った。
保護対象は衣服も纏わず、場合によっては、魔物として討伐対象に指定されかねない状況で有る為、早急に保護し、密猟者等に見つからぬ内に、市民登録を済ませたい。
『ネイア、済まないが先にギルドに戻り、事情を説明してくれ。
私は対話の後、対象を保護して、そのままギルドへ向かう』
市民権を得ていない獣人は、バルの済む王国に置いて、良くて下級奴隷。
悪くて討伐対象の魔物。と、入国が厳しく制限されている。
三代前の国王が、不作で困ったと、国を訪れた難民獣人を保護したところ、
領地の簒奪や、国民の殺害が行われたらしく、以来、一定の信頼が無い場合や、市民権の無い者は、入国に著しく時間がかかるのだ。
種族すら分からない獣人。
入国審査官が国王権限を一部行使し、魔物扱いを許すよりも、先に客人としての登録をギルドと王国付市民会に要請した方が、かなり都合が良い。
『何とか、守らねば‥‥』
こうして、バルとネイアのそれぞれの役割が確定し、一人の奇妙な獣人を救うそれぞれの行動が、開始されたのだった。
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ネイアを送り出したバルは、早速、自身が行使できる、最強の魔法を発動する。
特殊な言語を用いて、世界に自らの力を送り込み、その見返りに、世界の力を自らに取り込む。
この世界の魔法は、そうして成り立っている。
呪文を終えたバルの体を、地面から滲みだした黒い影が覆い、異形の頭部を持つ、怪物に作り替えた。
バルの扱う魔法は、黒い魔法と言われ、光を操作し、影を発生させたり
自然界に存在する影を操り、移動や攻撃に利用する事が出来る、希少な能力である。
今回の魔法は[影の捕食者]と言う名の魔法で、自身の体を、生み出した影で覆い、世界から取り込んだ力を全身に廻らせて、尋常ならざる能力を得る効果を持つ。
その力は、英雄級と呼ばれる、バルよりも格上の冒険者とも互角に渡り合える程の力を、時間制限はあるものの、発揮できるものである。
その力を用いて、影を使って移動し、何やら会話を終えて別れを告げ合っている、魔物と獣人に忍び寄る。
ギルドからの依頼で此処迄来た以上、不正は許されない。
余り警戒はされたくないが、それが難しいのなら、彼我の圧倒的な戦力差でもって、精神的な制圧を行う。
下手に下手に出ては、交渉にもならないかも知れないのだ。
幸いにして、貴族に育てられたバルは、交渉術にも覚えがある。
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『どうしてこうなった!!』
青い毛皮の獣人を、周囲の魔物を回避しながら追いつつ、バルは進む。
影を移動する魔法は、人や中位(森の深部に出現する)程度の魔物ならば、容易に先回り出来るほどの速度が出る。
街を繋ぐ駅馬車どころか、狼をすら上回る速度だ。
だというのに、そんな魔法の力を使うバルですら、追いかけるのが精いっぱいだった。
日が昇るにつれ、黒い魔法の効果は弱くなる。
本来は光をも操る魔法なのだが、全知全能な訳では無い、剣の天才であるバルの、魔法に対する適正は実はそれ程高くは無かった。
『森の終わり、魔物の少なくなった辺りならば、声を掛けられる‥‥、それまでの辛抱だ‥‥』
追い縋る、満身相違のバルの意志を読み取ったかの如く、保護対象(既に追跡対象だが)は、ついにその逃走を終え、バルと対峙する動きを見せた。
森林の山側入り口付近の木々達に、太陽が優しい光を届け始めた、さわやかな朝に、冒険者の獣人追走劇は、その幕を漸く下ろすのだった。
話の組み立てが難しいですが、面倒な修正作業も、何だか楽しい物ですね(笑




