記憶
「ふぇぇっ。おかぁさん!おとぉさぁぁん!」
白く霞んだ森の中で、幼い女の子が一人で泣いている。私が立っている位置から少し離れているので、顔ははっきりとは見えない。
それよりも私は…。
何故こんなところに居るのだろう。ここは…。
ぼんやりとした頭で色々考えなければならないことが沢山あり、正直どこから解決したら良いのか分からない。分からないことだらけだが、それよりも女の子を助けてあげることが何より優先だということだけは、はっきりとしている。私は、女の子のもとへ走ろうと足を動かそうとした。しかし、私の意思とは正反対に身体が動かない。身体どころか、指一本さえ動かせない。自分の身体のはずなのに、どこか他人のような感覚さえある。
なんで…。どうして動かないの!?
私はどうすることもできずに、ただ立ち尽くすだけになってしまう。役立たず、そう言われても仕方ないぐらい今の私は無力だ。声を出すこともできず、途方に暮れて女の子の方を見る。悔しさから視界が滲む。
女の子は、顔をくしゃくしゃにして泣いている。私が想像するよりも女の子は恐怖と不安に襲われているはずだ。助けてあげなきゃ、でも身体が動かない。心が締め付けられたように痛い。
どうしたら良い?どうしたら…。
「ゆいが。ゆいが、良い子にしてないから…。お父さんとお母さん…。居なくなっちゃったの?ひっく、ひっく…。うわぁぁんっ!」
ゆい?え?あれは…。
あれは…。まさか、幼い頃の私…?
これは…。夢…?
予想外の展開に思考が追い付かない。あれは、自分なのだろうか。一瞬、幼い頃にそんな出来事があったかもしれないと思うが、思い出そうとすると頭痛がして記憶が霞んでしまう。凄く凄く大切な思い出のような気がするのだが、やはり霞んでしまう。
頭痛と戦いながら、私は女の子をじっと見てみる。すると、白く霞んで良く見えないが、女の子の他にもう一人、人影が居たことに気が付く。女の子より年上の青年のようだ。
「───。」
女の子の前で一人の青年が、何か女の子に話しかけている。ここからでは、何を話しているのかは分からない。だが、時折聞こえる声は、どこかで聞いたことがある気がする。
誰だっけ…。私は…あの青年を知っている?でも…。思い出せない…。
思い出そうとすると頭が痛い。私は、だんだんと酷くなる頭痛に顔を歪ませた。意識を保つことも辛くなってきた。
「──。うん!ゆい、さがす!」
先程まで泣いていた女の子の明るい声に私は閉じかけていた瞼をうっすらと開ける。青年は、何を話したのだろうか。女の子は嬉しそうにニコニコしながら、青年の手を握っている。よほど嬉しいことを話したのだろうか。青年は微笑みながら女の子の頭を撫でた。
あなたは…。私に何を話したの…?
あなたは…。だ、れ…?
ねぇ、教えて…。
ぼんやりとした意識の中で青年の声が響く。
「君が大きくなっても俺を覚えていたら…。この鍵は本物に変わるよ。これはね、魔法の鍵なんだ。」
青年はそう言うと、綺麗な鍵の絵をそっと女の子に渡す。柔らか色合いの綺麗な絵を。こんな素敵な絵を描く人がいるんだ。人の心を動かすような絵。なんだかとても、心が暖かい。
────
「っ…。」
私は、頬を伝う涙で目を覚ました。まだ頭が重い感じがするが、歩けない程ではなくなった。安堵から溜息がもれる。そして、自分の手をじっと見つめてみた。何かを思い出したくて。大切な大切な何かを。
「さっきのは…。夢…。」
保健室には、いつの間にか夕日が差し込んでいる。ずいぶんと長い時間寝ていたようだ。保健室を見渡すが誰もいない。先生は、また外出だろうか。勝手に出ていっても良いのか迷いつつ、そっと体を起こしてみる。
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