あの頃の4
その日、閑静な高羽警察署に、朝から血相をかえた男性が飛び込んできた。
わが町のちょうど中心部を、南北方面へ縦断する旧国道。
その沿道に、当該の警察署はある。
“旧”とは言え、他街道から通じる片側二車線の道路は広く、毎日の交通量もそれなりである。
ともあれ、犯罪事件のない当世にあって、警察官の職務といえば、もっぱら交通事情に関するものが多い。
とは言え、個人・個人の交通マナーなど、もはや天井に達している。
ともすれば、かつての繁多な公務は無いに等しく。
一見すると厳格な建物と言えども、その実情は有閑の社屋であり、気忙しさとは無縁だった。
そんな、今日も閑静な警察署に、大慌ての男性が飛び込んできた。
「ひと……! 人が襲われた!!!」
開口一番にそれである。
平和が身に染みついた当代の警察官にとって、初めての事態ではあったが、目立った混乱はない。
他者の生命・財産を脅かす存在に対する場合は、どうすればいいか。
その教育を、蛇足であるとは言えきちんと受けている。
「落ち着いてください。 大丈夫?」
「は……! ひっ!?」
「なにを見たんですか?」
「だから! 人が襲われるのを……!!」
頭を抱えた男性は、その場にペタンと崩れ落ちてしまった。
ひどい恐慌を来している。
受付カウンターを迂回した女性警察官は、真摯な態度でこれに応じた。
「それは、知っている人?」
「ちがう! ちがいます!」
「じゃあ、襲った人の特徴は?」
「ちがう!!!」
破鐘のような悲鳴が、緩かしい屋内に、格段の深閑をくれた。
「あの……?」
「ちがう……! ちがうちがう!」
当該の警察官諸氏が、本日の公務に対し、果たしてどういった展望を抱いていたのかは知れない。
恐らくは上記の通り、輻輳する交通が恙なく運ぶよう、己の責任を重んじようと図る者が多かったろう。
あるいは、浮世の関に足止めを食う人間のこと。
昼食は何にするか、もしくは夕飯の内容はと、他愛のない事柄に執心する者も、中にはあったかも知れない。
そんな彼らは、当事者のつづく言葉を経て、正体なく身を慄然とさせた。
「襲ったヤツは、人間じゃない!!!!」
斯くの如しである。
他者の生命・財産を脅かす輩は、なにも人間だけとは限らない。