雪と灰
しかし、姫に大した動転はなく、偏に落ち着き払った所作で体躯を運用し、瞬く間に土手の上部へ移動した。
これをこっ酷い威勢で追跡した彼は、右腕に渾身の霊威を溜めて搏撃。
なだらかに隆起した地相が、砂石のように崩れ落ちた。
尚も真下から突き上がった火柱が、これらを埃のように払拭し、天を摩る大塔と化して佇立した。
「なん……っ!?」
これが次の瞬間には、極太の氷柱と化しているのだから恐れ入る。
隈なく氷に覆われて、燃焼を絶やした焦熱の炎。
もとい。 最早それらしい火気すら無く、芯から凍てついた徒物が、当の川原にでんと居座るのみだった。
あまりの事にまずは言葉を失うも、二名の姿を逸してなるものかと、なけなしの気胆を振るう。
あの二名が争うことは、この世の果てまであってはならぬ事。
これでは穂葉さまに、かの御一党に申し訳が立たん。
いざともなれば仕様がない。 満身に残る最期の力を振り絞り、この五体を仲裁の楯とせねば。
そういった吾が覚悟のほどを嘲笑うかのように、二名の死闘はいよいよ激しさを増す一方だった。
片や神聖なる玉鉾。 片や涜聖の鉄拳。 互いの得物を激しく打ち合いながら、混沌たる戦場を縦横に駆け回る。
熱風と寒風が入り乱れ、一帯を剛猛の覇気が席巻した。
あれでは立ち入る隙がない。
抑、一介の兵法者が、それも手負いの身で、あれに割って入ったところで、どうにか出来るものなのかと弱気が湧いた。
「………………」
無闇な闘争を戒める語に、鷸蚌の争いというものがある。
鷸と蚌が夢中で争っている間に、両方とも漁師の網に掛かってしまったという故事が謂われであるが、此度はどうだろうか。
彼らの眼には、依然として互いの姿しか映っていない。
うまく立ち回れば、第三者が介入する余地もまだまだあるかのように窺える。
無理だ。
誘蛾灯に引き寄せられた羽虫は、その羽を容易く焼かれ、捕殺されるのみ。
何しろ二名のやり合いは、この多士済済の修羅場にあっても尚、主役級の赫きを放っている。
また一人、気を逸らせた武人が、灰燼とも氷晶とも付かず成り果て、川原に命を散らした。
「ぬん!!!」
「甘えッ!!!」
烈風の如き鉾先を、弾丸のような機敏さで避けた彼は、当の長柄に腰の辺りをぶつけ、体よく死に太刀を拵えた。
続けざま、握り固めた掌中から逆火を噴き、激甚の裏拳を用立てる。
これが姫の横っ面を襲う間際、間近い土中から氷柱が幾重にも伸び上がり、彼の腕に絡みついた。
推力は損なった拳はあえなく停止。
この間に、軽く跳躍して上空に到った姫は、鉾の全幅に清冷の威力を溜めて、これを勢いよく地上へ投擲した。
対する彼は、急いで牙を利用し、手枷となる氷柱を食い千切るや、足裏に爆炎を焚いて、大きく横合いへ飛び退った。
間一髪ながら、狙いを外した鉾先は、霜降る地表を直撃すると同時に、ありっ丈の霊威を解放。
忽ちのうちに、白色の分厚い絨毯が、当地を覆いふさいだ。
巻き添えを食った武人は、果たして何名まで及ぶことか。
もはや、もはや気を回すことさえ、ひどく億劫に思えて仕方がない。