あの頃の12
「逃げ……っ! 逃げよう!!!」
「はやく! ほらっ!!!」
今でもなお、たった一つだけ、胸を張って誇れることがある。
私たちのうち、誰ひとりとして、友達を置き去りにしようとはしなかったことだ。
もちろん、それが当たり前のことと言えば、その通りである。
だけども、“自分だけは何としてでも逃げ延びよう”だとか。
そういった、人間らしい意地の汚さは、誰も発揮しなかった。
とにかく、みんなで逃げる。
それしかなかった。
無我夢中だった。
恐らく、そうした気概が、この異常な事態に際し、かすかな正気と、勇気をくれたのだと思う。
一致団結した私たちは、手に手を取り合って、必死に林道のほうへ引き返した。
「………………」
そこには、いまだに気味の悪い女性がいた訳だけど、仕方がない。
この場合、後門の狼のほうが、まだ危険は少ないように感じたのだ。
「姉ちゃんも早く逃げろ!!!」
誰かが、声を荒げて言った。
女性は応じない。
仕方なく、林道の入り口で一旦足を止めて、彼女の視線を追う。
その双眸が、まっすぐに見つめる先──、貯水池のほうを確認する。
岸辺を形作るやわい土塊を押しつぶして、今まさに、ザリガメが全容を現すところだった。
とは言え、節足が無数に蠢く胴体の後ろ半分は、いまだ水中にあるため、正確な体長を知ることはできない。
それでも、すでに出現している部位の重量感というか、質量・威圧感は、甚だ凄まじいものだった。
動物園で初めて象をみた折りの、とてつもない圧巻ぶりによく似ている。
「………………」
そこで、“おや?”と不信を覚えた。
恐ろしいザリガメと、畏ろしい女性とを、交互に見比べる。
細い肩口が、小刻みに戦慄いていた。
すぐに、恐怖によるものだろうと感づいた。
けれども、そうじゃなかった。
彼女は、ひどく楽しそうだった。
“くつくつ”と、喉の奥を小刻みに顫動させて、おかしそうに腹を捩っていたのだ。
なにが面白いのかは解らない。
一体なにが、こうまで彼女の琴線に触れたのか。




