あの頃の11
不意に惑いきた夏焼けの黄葉が、美髪のうえを音もなく滑り落ち、福寄せの繊手にやんわりと触れて、地面に落ちた。
「なんか……、いい人みたい?」
いち早く肩の力を抜いたのは、幼なじみの男子である。
先のセリフから、こちらの身を気遣ってくれていると、そんな風に錯覚したのだと思う。
早計だ。
彼女が誘う先は、単に木陰じゃないように思えて仕方がなかった。
「ほら、ボサッとしてないで。 早くこっちぃ来なさいって言ってるんでしょーよ?」
警戒心をむき出しにする私たちの様子に、やはり苛立ちが募ったのだろう。
手招きの姿勢にも、より一層の熱がこもる。
「ほらほら! 早くしないと、危ない! 危ないですよッ!?」
「え…………?」
そうして、彼女が一際つよい語気で放った警告は、まったく不可解なものだった。
「うわわっ!?」
唐突に、すぐ横合いで激しい水音がした。
それに続き、頬に点々と、生ぬるい水しぶきが触れた。
「あぁ…………」
“言わんこっちゃない”とばかりに、盛大に息をついてみせる彼女の様子。
そこから勢いよく転じた注目を、音の発信源──、近場の貯水池に向ける。
「はぁ……っ!!?」
まったく、肝を冷やした。
というより、事態があまりに異常すぎた。
そのため、改まって驚き怖れることを、完全に忘れ果てていたようにも思う。
真っ赤なハサミは、不要な家屋を解体する際に用いる重機のような異様で、ひたすら大きかった。
頭頂に突き出た二つの目玉は、無研磨の玉石よろしく、一分の輝きもない。
背中に負った皺寄りの甲羅には、経年の苔が茫々と生しており、濁った水滴が無数に垂れていた。
「うわ…………」
それは、私たちが想像した通り。 ただただ、恐ろしい姿だった。
この貯水池に棲む未確認生物。 あるいは、魔物。
安易に“ザリガメ”と呼ぶのも憚られるような、圧巻の異容だった。




