光の仕組み
翌日。
モチオくんは、自作の観測用具を新芽の周りに「そろり、そろり」と配置していました。
と言っても、昨日の「過保護な防衛戦」を深く反省した彼は、新芽を驚かせないよう、きちんと距離を保った見守り体制を敷いています。
真鍮の三脚を立て、そこに小さなプリズムレンズを固定します。
それは魔力の流れを可視化するための、モチオくん特製の観測器具でした。
レンズを覗き込みながら、彼は小さく呟きます。
(……仮説その一)
この子は昼の太陽光と、夜の月光を吸収している。
そして体内の微細な結晶構造によって、それを変換し、蓄えている。
(……仮説その二)
その発光周期には、周囲の魔力の波が干渉している。
日誌をめくりながら、万年筆を走らせます。
(理屈で言えば)
この一節の間に、この子は外界と何らかの
「取引」をしているはずなんだ。
モチオくんは顔を上げました。
「……カリーナちゃん」
「なあに、博士?」
窓辺で新芽を眺めていたカリーナちゃんが振り向きます。
「少し、昨日の歌を口ずさんでみてくれないかな」
モチオくんは観測器具の調整をしながら言いました。
「音の波形が、この子の光にどう影響するか……一グレインの誤差もなく測っておきたいんだ」
「え、今?」
カリーナちゃんは肩をすくめました。
「まあ、いいけど」
少し照れくさそうに笑います。
「博士の実験台になるのは、一ドロップのハチミツを舐めるより簡単だわ」
彼女は軽く喉を整えました。
そして――
小さなハミングを始めます。
静かな旋律が、観察小屋の空気をやさしく揺らしました。
そのときです。
新芽の光が、ふっと揺れました。
モチオくんの目が大きく開きます。
新芽の拍動が、カリーナちゃんの旋律に合わせて
ゆっくりと、しかし確実に変わっていったのです。
音が高くなると――
光は澄んだ青白さへ。
音が低くなると――
今度は、やわらかな橙色へ。
「周期が……変わった」
モチオくんは思わず声を漏らしました。
「同調しているのか?」
彼は慌てて日誌に書き込みます。
「外部の音階に対して、自律的にスペクトルを調整するなんて……」
眼鏡の奥の瞳が輝きました。
「これは既存の植物学の範疇を越えているよ」
そのとき。
「わっ、見て見て!」
カリンベリーが我慢できなくなりました。
ぴょん、と飛び上がり、新芽の葉先を指で
「つん」と突きます。
すると――
黄金色の光の輪が、葉の根元まで
ふわり、と広がりました。
波紋のように。
「わあ!」
カリンベリーは目を輝かせます。
「虹色のお菓子みたい!」
まるで、くすぐったがって笑う子供のような光でした。
「カリンベリー、優しくしてあげて」
アイベリーがそっと言いました。
彼女は静かに手をかざします。
「この子は、わたしたちの手の温もりを
『色』に変えているのよ」
その声は森の風のように穏やかでした。
「あなたの“わくわく”が、この子に伝わっているの」
その瞬間。
新芽の内部を、深い緑の光がゆっくり巡り始めました。
落ち着いた森の色です。
モチオくんは、その光景を呆然と見つめていました。
(……信じられない)
これは単なる生理現象ではない。
外部刺激への反応というより――
(これは……)
応答だ。
いや。
それ以上かもしれない。
(……会話?)
一節ごとの、静かな対話。
モチオくんは、手に持っていた温度計と魔力測定器を
そっと机の上に置きました。
数字は嘘をつきません。
けれど。
今この光の美しさを説明するには――
数字は、あまりにも無力でした。
「……この子は」
モチオくんが呟きます。
「環境に反応しているんじゃない」
新芽の光を見つめながら続けました。
「……ぼくたちの心の揺れに、反応しているんだ」
その瞬間でした。
まるでその言葉を聞いていたかのように。
新芽は一段と明るく光りました。
そして、これまでで一番やさしい黄金色が
モチオくんの指先を「ぽわん」と照らしました。
「……ふふ」
カリーナちゃんが歌を止め、微笑みます。
「やっと分かったみたいね、博士」
彼女は新芽を見つめました。
「この子は、ただの草じゃない」
声はとてもやさしく。
「わたしたちの言葉を聴いて、
わたしたちの気持ちを光に変えて返してくれる」
少し得意そうに言います。
「世界でたった一つの“絆”でできた光なのよ」
モチオくんは自分の胸に手を当てました。
鼓動が――
新芽の光のリズムと、不思議に重なっています。
理屈を越えた共鳴。
一グレインの狂いもない数値を求めてきた博士が、
初めて触れた命の仕組みでした。
モチオくんは日誌を開きます。
そこに一行、書き込みました。
「数値不能」
そして、その横に。
誰にも見えないほど小さな文字で、こう付け加えました。
「とても温かい」
調査ログ:補足事項
【物理の理】
一ドロップ:スプーンからこぼれ落ちる蜂蜜ほどの、目に見えて手に取れる小さな量。
一グレイン:空気中の塵のような、重さを感じるか感じないかという極限の軽さ。
【刻の理】
一節:ハミングの一フレーズが終わり、次の呼吸を整えるまでの、静かで大切な時間の単位。




