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植物博士モチオののんびり遺跡フィールドワーク ~歌姫カリーナと二人の木の精霊に囲まれて、伝説の果実を育てることになりました~  作者: ゆうぎり
第3話:夜に瞬く新芽と、過保護な守護精霊たち

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14/30

歩み寄りの午後

 窓から差し込む陽光が、影弦の刻へと向かってゆっくり角度を変え始めた頃。


 モチオくんは、愛用の真鍮の定規も、目盛りの細かく刻まれた虫眼鏡も、すべて机の引き出しへ静かに仕舞い込みました。


 小さな「カチリ」という音が、小屋の空気に溶けます。


 それからモチオくんは振り返り、二人の精霊に声をかけました。


「カリンベリー、アイベリー。さっきはごめんね」


 新芽の鉢を見つめながら、少しだけ困ったように笑います。


「ぼく、この子のことを……『数字』でしか見ていなかったみたいだ」


 そしてゆっくり続けました。


「……ちょっとだけ、お世話を手伝わせてもらってもいいかな?」


 一グレインの虚飾もない、柔らかな声でした。


 槍を構えていたカリンベリーが、ぽかんと目を丸くします。


「……えっ?」


 アイベリーちゃんも、柏の葉の兜の下で翠色の瞳をぱちぱちと瞬かせました。


「モチオ……難しいお顔、してないね」


「うん」


 モチオくんは小さくうなずきます。


「調査官のモチオじゃなくて、ただのモチオとして、この子に触れてみたいんだ」


 少し首をかしげて、優しく言いました。


「……教えてくれるかい?

 この子が一番よろこぶことを」


 その言葉を聞いた瞬間。


 カリンベリーの顔が、ぱっと明るくなりました。


「わーい! そうこなくっちゃ!」


 槍をぽーんと放り出し、モチオくんの膝へ「ぽよん」と飛び乗ります。


 アイベリーちゃんも微笑みながら、部屋いっぱいに張られていた「ぺたぺたツタ」の結界を「さらさら」とほどいていきました。


 緑の蔓が静かに床へ落ち、小屋の空気がふっと軽くなります。


「モチオ、こっちです」


 アイベリーちゃんが新芽のそばへ招きました。


 カリンベリーは胸を張りながら説明を始めます。


「いい? モチオ。この子ね、霧吹きで『しゅっ、しゅっ』ってされるの大好きなの!」


 小さな手で霧吹きの真似をします。


「でもね、ただ水をかけるんじゃだめなんだよ?」


 モチオくんが首を傾げました。


「気持ち?」


「そう! 『大好きだよー!』って気持ちでやるの!」


 なんともカリンベリーらしい説明でした。


 モチオくんは思わずくすっと笑い、霧吹きを手に取りました。


 素手で。


 研究者としてではなく、ただのモチオとして。


「……よし」


 一ドロップ。


 また一ドロップ。


 霧吹きから飛び出した小さな水の粒が、窓の光を受けて虹色の小さなプリズムを作ります。


 それらが静かに、新芽の葉へ降り注ぎました。


 普段のモチオくんなら、きっと考えていたでしょう。


 葉の表面一パルスあたりの水分量。

 土壌の吸水率。

 蒸散速度。


 けれど今は違いました。


「気持ちいいかな」


 ただそれだけを思いながら、水を吹きかけていました。


 アイベリーちゃんが静かにうなずきます。


「次は、土を整えましょう」


 やわらかな声でした。


「この子は月光を食べます。でも根っこは、温かな土に抱かれていたいんです」


 モチオくんはしゃがみ込み、腐葉土に手を入れました。


 ひんやりした感触。


 しっとりした重み。


 爪の間に土が入り込みます。


 けれどモチオくんは気にしません。


 それは、どんな精密な分析機器でも測れない生命の「手応え」だったからです。


 そして――


 そのときでした。


 不思議なことが起こりました。


 月光を編み込み、どこか鋭い「トゲトゲ」とした輝きを放っていた新芽の光が、


 モチオくんの手が触れるたび、少しずつ変わっていったのです。


 きらり。


 きらり。


 鋭い光が、ゆっくり溶けていきます。


 そして――


「ぽわん」


 やわらかな黄金色へと変わりました。


 モチオくんは小さく息をのみます。


「……あ」


 新芽の葉が、そっと動きました。


 モチオくんの指先に寄り添うように。


「……笑ってる」


 小さな声でした。


 葉が「すりっ」と指先に触れたのです。


 それは、一節前まで「分析対象」だったときには見せなかった仕草でした。


「ほんとだー!」


 カリンベリーが嬉しそうに跳ねます。


「モチオの指に甘えてるーっ!」


 そのままモチオくんの頭の上で「くるくる」と踊りました。


 アイベリーちゃんも、満足そうに微笑んでいます。


 部屋の隅では。


 カリーナちゃんが竪琴を膝に乗せていました。


 ポロン。


 優しい音が小屋に広がります。


「ふふ」


 カリーナちゃんが笑いました。


「やっと、いつものモチオに戻ったわね」


 もう一度、弦が鳴ります。


「やっぱりこの小屋には――」


 ポロン。


「理屈より『大好き』が似合ってるわ」


 夕暮れの風が、小屋の中を静かに通り抜けました。


 黄金色に変わった光が、やわらかく部屋を照らします。


 一グレインのトゲもない穏やかな輝き。


 それはモチオくんの胸の奥まで、静かに温めていきました。


 こうして小屋の中は、


 萌芽の月でいちばん幸せな


 小さな「家族」の時間に満たされていくのでした。

調査ログ:補足事項


【物理の理】


一ドロップ:霧吹きから飛び出した、一粒の宝石のような水の玉。モチオくんが「計算」を手放して贈った恵み。


一グレイン:指先で触れたとき「あ、何かある」と感じる程度の、ほんのわずかな重さや心のトゲ。


【刻の理】


一パルス:葉の表面を覆う微細な生命の振動範囲。かつてモチオくんが計算基準にしていた極小領域。


一節いっせつ:新芽の葉が「ぴくっ」と動き、モチオくんの心に温かな光が灯るまでの短い奇跡の時間。

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