43 お出掛け②
王都を一通り観光して回り、市場をぐるりと見たシズク達は職人街へとやって来た。
目的は『夕涼み亭』に使う家具の購入と皆の服を買うためである。
本来精霊に服は必要ないのだが、普段色々と頑張ってくれているので何か御褒美をと考えた結果、衣服を購入することに決まった。
因みに、エルフ兄妹にも買ってあげるつもりだ。
「シズク様、本当に私や妹にも服を買ってくださるのですか?」
「仲間外れは可哀想じゃない、二人は人族を知るために来たんだし、言ってみればこれも勉強だよ」
「で、ですが……シズク様に御負担をかけるなど畏れ多くて……」
「それにほら、目立たない為には人族と同じ服を着てた方が良いでしょ?」
作りは然程違わないのだが、特徴的な刺繍や漆工芸の装飾具は少々目立つ。
王都には外国人もそれなりにいるので異国風の衣装は偶に見かけはする。
だが、二人は容姿がかなり整っているのでトラブルを避けるためにも少しでも目立つ要素を減らす必要があるのだ。
(まぁ、容姿云々を言ったらスイとスーも同じなんだけどね)
逆に可愛さが増して余計に目立つ畏れがあるのだが、愛らしいものを可愛く飾り立てたいと思う気持ちが人一倍強いシズクにその頭はない。
その要因が生来の性格故なのか、長く喪女を患う故なのか……定かではないのだが……。
「シズ姉さま、ラナは人族の服を着るのがスゴく楽しみなの~♪」
「だよねぇ~、ラナには何色の服が似合うかな♪」
「ラナは青い服を着てみたいのぉ」
「ら、ラナ……またシズク様を姉呼びして……愛し子様に向かって失礼だぞ」
「ぷぅ~、アニさまはいつもうるさいのぉ」
ラナは大分打ち解けたが、テトは未だに様付けを止めてくれない。
幼いラナと違って長く生きている分、エルフの慣習が身に染み付いているのだろう。
「母様、ウチも楽しみなのれす♪」
「ボクは母様が作ってくれた魔導具の方が好き~♪」
双子姉妹が楽しげに手を揺らしながらシズクを見上げてくる。
「ハハハッ、どうみても親子ってよりは姉妹さね」
「ほのぼのするっスよね~」
「……うん……可愛いは正義……」
傍らでそれを暖かく見守る女豹の牙の三人。
気を抜いているように見えて、三人は常に皆を庇うように位置取りをしている。
「フン、フフ~ン♪」
「御機嫌だね、ツバキ……マスターに服を買って貰うのが余程嬉しいの、カナ?」
「コヤツ……腹黒のクセに純真無垢を装いおって……主アピールがあざといのじゃ」
「よ、装ってなんかいないですの、嬉しいのは本当なんだから仕方ないですの、サクっちだってさっきから浮かれてソワソワしていますの」
「サクっちは止めい、サクっちは!」
「イ~、だ……そっちが先に喧嘩を売ってきたんですの」
「ふふっ……腹黒ってとこは否定しないの、カナ?」
「喧嘩は止めようね三人とも……喧嘩をしてたら、お洋服作ってあげないよ?」
背後を振り返り、ややトーンを下げてシズクが宣えば……。
三人娘がビシリと気を付けをして空中に並ぶ。
「あ、主……目が笑ってないのじゃ」
「ウゥ……サクラのせいで主様に怒られたじゃないの」
「君達のせいでボクも巻き込まれた、カナ?」
小声で脇腹をつつき合う三人娘。
お出掛け禁止令を再び出されては堪らないと必死である。
そんな時――とある店舗の鼻先で諍いとおぼしきやり取りが耳に届いた。
「オットーさんよぉ、借りたモンはキッチリ返さねぇとダメだぜ、お互い商売人なんだ、そんなこたぁ百も承知だよな、んぁ?」
「は、払いますよ……でも、それは貴方達とは何の関係もないじゃないですか」
見れば、一人の青年を柄の悪そうな男達が取り囲んでいた。
青年は二十代半ばだろうか、それなりに容姿は整っているが、ヨレヨレの衣服とボサボサの髪がそれを台無しにしている。
一方の男達はというと、絵に描いたようなチンピラだ。
「あぁ゙ん、俺はターナー商会に頼まれて来てんだよ、お前が払う当てがあるのかどうか確認してくれって頼まれてよ、期日になって払えませんでしたじゃ済まねぇんだぜ?」
「あ、当てはありませんけど……必ずお金は返します」
「だから、当てがねぇってんなら俺がお前の工房を担保に金を貸してやるってさっきから言ってんだろうがよぉ」
「あ、あ、貴方からお金を借りるつもりなんて……あ、ありませんよ」
男が青年の胸ぐらを掴んで脅す。
青年は必死に拒絶するが、強面のチンピラに凄まれて生まれたての小鹿のように足を震わせている。
「シズ姉さま……」
ラナが眉を下げてシズクの背後に隠れる。
これは関わるべきではないと、シズクは避けて通り過ぎようとするが……。
一瞬チラリと見ただけなのに、運悪くチンピラの一人と目が合ってしまう。
「あぁん、なんか文句あんのか、クソガキ?」
「あ、ああ、あ、ありませんです……」
蛇に睨まれた蛙よろしく竦み上がるシズク。
樹海の魔獣の方が余程恐怖の対象足り得ると思うのだが、なまじ言葉が通じる分、シズクにしてみればチンピラやヤクザといった手合いの方が怖いのだ。
「邪魔だ、クソガキ……さっさと消え失せろや!」
「は、はは、はい……」
「おっとそこまでにしなよ、アタシの連れにちょっかいを掛けようってんなら黙っちゃいないよ」
歴戦の戦士だけあってルーナの威圧は凄まじい。
別段凄んでいるわけでもないのに、男が気圧されたように後ろに下がる。
ミャアとリリィも心得たものでそれとなく皆を守る位置に移動して周囲に気を配っている。
「姉さん達はハンターかい?俺はロムス一家のモンだ、長生きしてぇんなら余計なことには首を突っ込まねぇこったな」
「首を突っ込むつもりなんて更々ないさね……アタシの連れにいちゃもんつけてきたのはアンタっとこの三下なんだがね」
「さんっ?! もう一辺言ってみろや女オーガ、ブっ殺して犬の餌にしてやらぁ!」
三下呼びされた男がキレて小剣を抜いた。
ルーナは欠片も動じることなく、右足を少し引いて自然体に構えた。
それはミャアとリリィも同じで、いつでも得物を抜ける体勢で場を見守る。
緊張が高まる中、口を開いたのは頭目とおぼしき頰に傷痕のある男だ。
「無闇に得物を抜くんじゃねぇ、バカタレが!」
「で、でも若頭っ!喧嘩を売ってきたのはこの女ですぜ、このまま舐められっぱなしじゃロムス一家の名がな……グヘッ!」
若頭の裏拳が男の顔面を捉えた。
三下呼びされた男が剣を取り落として無様に転がる。
「今日のところは見逃してやる、ガキどもを連れてさっさと消えろ」
「あぁ、言われなくてもそうするさね、馬鹿どもの相手は疲れるからね」
(うわぁ……ルーナさん、煽る煽る……)
伊達に修羅場を潜ってないなと感心するシズク。
自分にはとても真似できないと沁々と思う。
「良い度胸だな、女……ロムス一家に喧嘩を売ったことを後悔するなよ……」
額に青筋を立てた若頭が目をギラつかせて殺気を飛ばす。
手下を持つ立場だけあってそれなりに胆が据わっているようだ。
「くくっ……お前、なかなか綺麗な顔立ちしたガキどもを連れてんな……今後、精々気を付けるこったなぁ……最近の王都は物騒だからな、そのガキどもが拐われて売り……トビュッ」
傷の男は最後まで言葉を口にすることはできなかった。
「……今……なんて言おうとしました?」
「お、お前何をっ!ひぶっ!」
「うちの子達に何をするって言おうとしたのか聞いているんです」
いつの間にか、どう見ても子供にしか見えない黒髪の少女が屈強な男を片手で締め上げていた。
「「「「はっ?」」」」
間抜けな顔を晒して固まるチンピラ達。
周囲にいた面々は何が起こったのか理解することもできない。
気がつけば自分等の兄貴分が地面に引き倒され、跪いた格好でか細い腕に締め上げられているのだ。
過程を通り越していきなりそんな場面を見せられては混乱するのも当然であろう。
一方、シズクサイドは対照的だ。
ルーナは「馬鹿がつまらんことを口にするから」と額に手を当て……三人娘はチアガール……チア精霊よろしく囃し立て……双子と兄妹が期待に目を輝かせてシズクの背を見つめる。
「あ、頭がおかしいのかテメェ!な、何を言ってやがる!」
「もう一度聞きます……貴方はうちの子達に何をするって言おうとしましたか?」
男は絶賛混乱中だ。
身体を動かそうにも全身が痺れ、手をあげることもできない。
唯一動くのは首から上だけだ。
ほっそりとした華奢な手が万力のように首を締め上げてくる。
何より恐ろしいのは感情が抜け落ちた少女の顔だ。
虫を見るような冷たい目に心臓が握り潰されるような恐怖を覚える。
男とてそれなりの修羅場を潜ってきたからこそ分かる、自分は触れてはいけない物に触ってしまったのだと……。
「じ、冗談なんだ……ゆ、許して……くれ……お願いだ……」
「……冗談?」
感情が抜け落ちた顔のまま、シズクが小首を傾げる。
傍らに立つルーナが「怖えぇよ、嬢ちゃん」と思わず後退りする。
「す、すまねぇ……アンタの連れには絶対に手を出さねぇから……ゆ、許してくれ」
先程の勢いは何処へやら……。
しかもその相手が小娘となれば、傍からみればさぞや滑稽に映るであろう。
「……良いでしょう……一度は多めにみます……以後、冗談でも口にしないことをお勧めします」
「わ、分かった……胆に命じる」
シズクが手を離すと、若頭がその場にヘナヘナとへたり込んだ。
それを見た手下達が傷の男に駆け寄り、両脇を抱えてそそくさと逃げるように……いや、脱兎の如く逃げていった。
それを見送り、シズクはハッと我に返る。
(……や……やってしまった……ウゥゥ~)
後に残されたのは羞恥に頰を染め踞るシズクとヤンヤヤンヤと姦しい幼女達だ。
「ふふふっ、男前だったっスよ、シズシズ♪」
「止めて~ミャアさん」
「はぁ……相変わらず、嬢ちゃんは身内の事となると周りが見えなくなるさね」
「……うぅ……反省してます……」
二人の言葉に縮こまるシズク。
そこへリリィが親指を立てて止めを刺す。
「……そんな必要ない……格好良かった……」
本人はからかうつもりなど欠片もないのだが、シズクのバイタリティは既にゼロである。
そんなところへ、チンピラに絡まれていた青年がおずおずと声を掛けてきた。
「あ、あのぉ……助けて頂いたようで……その、ありがとうございます」
「別に助けた訳じゃないよ、あの馬鹿が余計な事を言わなきゃ関わるつもりなんてなかったさね」
「そうっスよね~、選りに選って竜の尾を踏むような真似をするから……」「……うん……自業自得……」
青年が未だ踞ったままのシズクを心配気に見下ろして尋ねた。
「そ、そのぉ……そちらのお嬢さんは大丈夫なので?……もし、良ければお茶のひとつくらいお出ししますよ?」
「そうさね……こうなっちまうと嬢ちゃんは暫くポンコツだし……少し休ませて貰おうかね」
幼女に囲まれながら、耳を塞いで聞こえない聞こえないと踞るシズクを傍目に、ルーナは大きく溜め息を吐いた。
ネロ・オットー――魔導技術革命初期に頭角を現した研究家である。
技術革命の発端となった三賢者の一人であり、空間魔法関連では天才の名を欲しいままにした。
後に『飛空艇の父』と語り継がれる偉人である。
飛空艇開発の功績により伯爵位を賜ったことから『飛行伯』などとも呼ばれている。
晩年、ネロ・オットーは語る……若かりしあの日、チンピラに絡まれなければ師匠に出会えることはなく、今の自分はなかったと……。
そして、自分がもたらした功績など師に比べれば足元にも及ばず、死ぬまでに何かひとつでも師を越えることが生涯の目標だと良く弟子に語っていたという。
この逸話はとても有名でオートーの話題あるところにオートーの師あり、と言われるほどであった。
だがしかし、師の名については歴史書の何処を探しても全く記されておらず、後世歴史学者の格好の研究対象になり、様々な論争を呼んでいる。
曰く、その正体は魔女であり、人の世に姿を出すことができなかったのだとか……。
曰く、長命なエルフ種であり、今も世界の何処かに隠棲しているのだとか……。
曰く、技術神が遣わした使徒であり、天使の姿をした銀髪の少女であったとか……。
当の本人がこれを聞いたら頭を抱えただろう。
「惜しい……どれも、微妙にかすってるじゃん」と……。
週一くらいでのんびり更新して行くつもりですが、空いてしまったらご免なさい。m(_ _)m
気長に付き合っていただけると嬉しいです。
感想など頂けると励みになりますので、是非一言でも下されば幸いです。\(_ _)




