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後編


 グレンからは数十年は暮らしていけそうなお金も!女の一人暮らしでも危険のないマンションのような住まいも用意してくれていた。とはいえ遊んで暮らすわけにはいかないだろう。

これはいわゆる手切れ金のようなものなのかもしれない。

手紙ひとつ置いているわけでもないので全くわからない。そう言えばグレンってこんなだったよね。無口で何を考えているのかわからないところがあった。

でもさすがに何か言っておいてくれって言いたい。私は彼を待っているべきなのか? 

そんなことを考えながら私は優雅にお風呂に入っている。


「ユウナ様。お湯加減はいかがですか?」


うん。なぜかメイドまでいるのよね。これはさすがに違うだろうと断ったら、涙目で「首にしないでください」って縋られてそのままになっている。


「うん、ちょうどいいわ」


 水道も湯沸かし器もないこの世界で風呂に入るのはとても贅沢だ。この湯も魔法を使っている。グレンに雇われているメイドは四人。そう四人もいるのよ。二人は通いで、残りは住み込みだ。そして重要なのがそのうちの一人が魔術師なのだ。私の警護が主な役目だけど、このお風呂に使う湯も彼女が沸かしてくれている。

ここでグレンが帰ってくるまで待っているのも良いけど、その後のことを考えればこのままただ待つのはバカのすることだ。

私が前世で読んだことのある本でも、帰ってきた勇者に捨てられるのが幼なじみの女なのよね。


「ねえ、公衆浴場ってどんなところなの?」

「ユウナ様はだめですよ。勇者様から絶対に行かせないでくれと言われていますから」

「どうしてかしら?」

「公衆浴場は平民の方々が利用するのですが、ほとんどが混浴なのです」

「こ、こんよく?」

「はい。一応衝立はあるのですが、入り乱れることもしばしば。でも大丈夫ですよ。薄暗いのでほとんど見えませんから」


 それって大丈夫じゃないでしょ。そういえば江戸の時代も混浴だったとかっていうから、そんなものなのかしら。二つも湯舟を沸かすのが大変だからってことかしらね。よくわからないけど。




 勇者一行が旅立ってから三年が過ぎ、そろそろ魔王退治も大詰めとか言われているけど、グレンからは全く音沙汰なし。私はいまだに彼が用意してくれたマンションで暮らしていた。グレンから便りがあるのではと未練たらしく、この場所から離れることができなかった。

 でもそろそろ決断しなくてはならないだろう。だってグレンと王女様の仲は吟遊詩人が歌にするほど親密になっているらしく、魔王退治のあとにはめでたいことがありそうだと王都の民たちも噂している。


「ユウナ様、よろしいのですか?」

「何が?」

「ユウナ様は勇者様の奥様になる方だと私は聞かされていました。それがこんなことになるなんて悔しいです」


 四人いたメイドも今では魔術師であるコリアンナだけになっている。皆お年頃だったので次から次へと嫁いでいった。そしてコリアンナもひと月後には嫁に行く。彼女は魔術師。貴族でもある。それなのに平民である私を様付けで呼びずっと仕えてくれていた。


「仕方のないことよ。三年は長いわ」

「そうですね。でもユウナ様はここでずっと待っていらした。他の男性からの誘いに乗ることもなく。男性はよいですよ。適齢期なんてないのですから。ですが女性を待たせるだけ待たせて、裏切るなんて許せません」

「あのね、コリアンナ。私は覚悟していたのよ。それでも王都に呼ばれて、ちょっとだけ夢を見たの。もしかしたらグレンと将来を歩めるのではないかって。本当はもっと早くここを去るつもりだったけどあなたたちとの暮らしが楽しかったからついつい長居しちゃったわ。でも大丈夫。田舎から出てきた時の私と違って、今の私はどこででも暮らしていけるわ。グレンのお金を使わなくても自分のお金もある。あなたたちの助けで自立できた。ありがとう、コリアンナ」

「もったいないお言葉です。私もユウナ様のおかげで女性としての幸せについて考えさせられました。父の言いなりにならない。自分で結婚相手を選ぶことができました」

 ひと月後に結婚するコリアンナとは今日でお別れだ。幸せになってほしい。


「ユウナ様、どこに行かれてもお手紙くださいね」

「ええ、もちろんよ。でも約束して。グレンには私の居場所を教えないで」

「もちろんです。彼は女の敵です」




 王都から去って半年。どうやらやっと魔王を退治することができたらしい。

号外が配られていた。魔王という存在は知っていても、テレビのないこの世界で、魔王の脅威は感じない。少しばかり魔物が活発だとかは聞くけれど、遠く離れているせいかピンとこないのだ。魔王城近くの隣国は大変だったらしいけど、この国で被害が出たのは隣国との境にある領地だけだと聞く。それでも魔王が退治されたとなれば国中が祝い一色になる。


 今、私は王都の隣町にある温泉街で店を開いている。王都で偶然見つけた小豆。これであんこを作り、おはぎや温泉まんじゅうを売る店を開いたのだ。

 そう、私が王都で稼ぐことができたのはこのお菓子のレシピのおかげだった。

 王都の市場で見つけた食材で作ったお菓子を食べたメイドたちが、これは商業ギルドに登録するべきだと勧めてくれたのだ。

プリンとかアイスクリームとかゼリーはこの世界にないお菓子だったのだ。

私の村では砂糖にお目にかかったことがなかったのに、王都で普通に売られていた。しかもそれほど高価なものではなく普通の値段だった。これはかなり衝撃的だった。私は前世の知識を疎ましく思っていた。この知識がなければ普通に生きてこれたのではないかって。でも今ではありがたく思っている。この知識のおかげで自立した生活を送れるようになったのだから。

 小豆のレシピだけは売らなかった。これで生活しようと思ったから。もちろんプリンやアイスクリームのレシピを売ったお金だけでも一生困らないお金はある。でもぶらぶらした生活は私には合わない。

 温泉街であるこの土地での生活は私に合っている。

 この町の公衆浴場は混浴ではないし、この店舗付きの家には温泉が引かれている。購入することもできるが今のところは借りている。大きな買い物は慎重に。詐欺の多いこの世界では警戒するに越したことはない。


「いらっしゃいませ」

「お饅頭を一つくださいな」


 お饅頭とおはぎのお店は中で食べることができるようにしている。

 その一つに座っていたのはグレンを迎えに来た聖女様だった。

 私はグレンもいるのではないかと探すがどこにもいない。


「グレンは連れてきていないわ」


 これはもしかして別れろとか言われるのだろうか。でもおかしいわ。私は自立した生活を送っているのよ。この三年半、彼とは会っていないの。別れろとか言われるとは思えないわ。

 いったい彼女は何をしに来たのかしら。

 やっぱり聖女様は王女殿下らしく、威厳というかカリスマがある。お忍びのつもりなのか普段着を着ているのに、キラキラと光り輝いている。

 私はそっとお饅頭と緑茶をテーブルの上に置く。


「まあ、これがお饅頭。まあ、まあ、とても美味しいわ。お土産に全部いただけるかしら」

「はい?」

「全部よ。だって今日はもう商売にはならないと思うのよ」

「それってここでの商売はさせないぞという意味ですか?」

「え?違うわよ。 あれ? もしかして私があなたをいじめに来たとか思ってる?」

「ちがうのですか?」

「違うわよ。もうめんどくさい勇者様を早く引き取ってもらおうとしているところよ」


 めんどくさい勇者? グレンのことかしら?


「どうして俺より先に王女様がここにいるんですか?」


 グレンの声だ。頭越しにだけどすぐ後ろにグレンがいるのが分かった。


「あら意外と早かったのね……」

「お土産、すぐにご用意いたします」


 私は逃げるようにその場から去る。シルエットだけしかわからなかったけど、以前よりずっと逞しくなっている。

 ゆっくりと店にある饅頭とおはぎをお土産用に包んだけれど、グレンはまだ王女のそばにいた。


「それじゃあ、代金のほうは勇者様からいただいてちょうだい」


 王女は先ほど食べた饅頭のお金も払わずに私とグレンを残して去っていった。

 いったい何がしたかったのだろうかあの王女様は。

 そしてグレンは何をしに来たのかしら。


「本当は真っ先にここに来る予定だったのだが、やり残した仕事があって遅くなってしまった。すまない」

「い、いつから、ここにいるって知っていたの?」


 魔王退治の号外が出て、一週間も経過していない。どう考えても私がここにいるって知っていたことになる。


「し、心配だったから、ユウナのことはずっと見ていた」

「見ていた?」

「す、ストーカー? とかじゃないよ。ただ心配だったんだ」


 ストーカーという言葉を教えたのは私だ。この世界にはない言葉だ。


「まさかとは思うけど、魔法で私の行動を見ていたの?」

「う、うん。まあ、そうなるかな」


 きまり悪そうな顔だ。そりゃそうだ。どう考えても変態だ。めんどくさい勇者と王女が言っていたのはこのことも含めてのことに違いない。魔力の無駄遣いだ。

 手紙がなかったのもグレンからしてみれば、いつも私を見ていたから必要がなかっただけってことかしら。


「グレンは私をいつも見ているから、良かったかもしれないけど、私は? 私がグレンの心配しているとか思わなかったの? どうして手紙くらい書けなかったの?」

「便りがないのは元気な証拠ってユウナが教えてくれたんだよ。だから心配なんてしないと思ってた。もしかして心配してくれたの?」


 グレンの声が嬉しそうだ。


「心配なんてしてないわ、し、心配なんて……うっ…」


 涙が溢れてきた。本当はずっと心配だった。王女との仲とかそんなことよりグレンが死んじゃうんじゃないかって、だって物語では勇者は死なないけど、これは現実なんだもん。勇者が死ぬことだってある。そう思うとずっと心配で……、本当はお風呂なんてどうでもよかった。ただ王都に行けば勇者一行の様子も早くわかるんじゃないかって、そう思って本当は一人で王都に行くのも暮らすのも怖かったけど決心したのだ。

 多分グレンはわかっていたんだと思う。田舎者の私が王都で暮らしていくことの大変さを。特に精神面で。だから四人ものメイドを採用したのだ。


「ごめん、本当は王都ではなく村で待っていてほしかったんだ。王都は危険もいっぱいだし誘惑も多いから。でも君の兄さんがヨークと結婚させようとするから、とても焦ったよ」


 ストーカーだね。それも見ていたで、押し通すつもりかしら。


「あっ、お風呂とかトイレとかは見てないからね。安心して」

「全く安心できないからね。それって当たり前のことだから」

「もうしないよ。幼いころからずっと一緒にいたから、離れているのが嫌だったんだ。でも危険な旅に連れて行くのも嫌だったし、王女には早い段階で君のことを魔法で見ているのがばれちゃって、引かれちゃったよ」


 泣いている私を抱きしめながらそんなことを言うグレン。

きっとわざと見せたのだろう。こんな俺でもいいのかって。だって迎えに来ていた時の王女様は恋に落ちたような顔をしていたもの。

私は恋に落ちる瞬間っていうのをあの時初めて見たのだから、間違いない。けれどグレンの私への態度を見て、王女様の恋は冷めてしまったのだろう。

 執着が強い男は危険だと思ったのか、ほかに愛する人がいる男に興味がなくなったのか。


「もうどこにも行かない?」

「ユウナのそばを離れるつもりはないよ」

「でも王都で仕事とかあるんじゃないの?」

「いや、魔王退治も終わったんだ。勇者の役目はおわりだよ。報酬ももらったし、これからはここでのんびり暮らすさ」


 その言葉通りにはいかなかったけど、グレンは王都に行く用事があるときも飛行魔法を使い必ずその日のうちに帰ってきた。王都での用がない日は饅頭屋を手伝ってくれた。

 私とグレンは二人の子宝にも恵まれ、死ぬまでずっと一緒だった。


 勇者は聖女様を選ばなかった。王女様を選ばなかった。

 勇者は長い間待たせた幼なじみの少女と幸せな結婚をした。

 

 そんな物語が一つくらいあってもいいかもしれない。


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