死人は死人らしく
二日間、飲まず食わずの黒宮アキトは、出来上がったクレープを大口を開けて食らいついた。柔らかい生地を噛むと、中に詰められていたバナナと生クリームとチョコソースが口の中に広がり、嫌になるくらい甘い。それにより喉の渇きが助長されてしまい、中々飲み込む事が出来なかった。
すると、ルー・ルシアンがプラスチックのコップに入れられたコーヒーを差し出してきた。黒宮アキトはルー・ルシアンからコーヒーを奪うように取ると、口の中にあるクレープをコーヒーで押し込むように飲んでいった。
「どう? 美味しい?」
「……不味い」
クレープが極端な甘さであるならば、コーヒーは極端な苦さであった。両方の悪い所が打ち消しあった結果、最終的に感じられた味は、無味であった。
「悪いね。まだクレープ始めたばっかだから味の保障が出来なくてね。いや~、料理ってのは意外にも奥が深いね~」
「……で? 一体これはどういう状況だ?」
ベンチに座る黒宮アキトと、その前に座り込むルー・ルシアン。その後方で、宮本達也と斎藤響が片腕を異形化させている店員に人質に取られていた。この状況に至った経緯に困惑しながらも、こういう状況に慣れている宮本達也と斎藤響はクレープを食べ進めていく。
「私はブランクがあってね、今の君を相手に戦える自信が無いんだ。だから君の友人に協力してもらってる訳。話をする為にね。あ、腕が異形化しちゃってる子はアキちゃんで、車の中にいる子がサヤカちゃん! 訳あって私の従業員にしてたんだけど、店が爆発されちゃってさ! どうしようって悩んでて、とりあえずクレープ屋をやってるの!」
「あんた、ルー・ルシアンなのか?」
「おっと、私の名前をご存じで?」
「西連寺ソウジから聞いた。写真も見せてもらったよ」
「ソウジ君、まだあの写真持ってたんだ。やっぱり物持ちが良い人だね。私はもうどっかに無くしちゃったよ」
「断片的な記憶の中で、あんたがオレを神薙家から連れ出したのを見た。あの時、何が起きていた? 何故オレがここにいる事を知っていたんだ?」
「いっぺんに二つの質問には答えられないよ! 私の口は一つしかないんだから! それにさ、そんな事を聞いたって何も楽しくないよ? そんなの忘れてさ、外の世界で暮らしなよ! 外の世界は平和だよ~? たまに厄介事が舞い込むけれど」
わざと話を逸らしてくるルー・ルシアンに、黒宮アキトは不覚にも苛立ってしまう。今すぐにでもルー・ルシアンに組みかかり、強引に話を聞き出したかったが、宮本達也と斎藤響が人質に取られている以上、下手に動く事は出来なかった。
そこで一か八か、黒宮アキトはとある人物の名前を呟く。
「……冬美という祓い士を聞いた事はあるか?」
冬美の名を出すと、ルー・ルシアンの表情から余裕が消え、隠していた本性が表れはじめる。
「……彼女に会ったのかい?」
「実体にはまだだ。だが、近い内に会いに行く」
「悪い事は言わない。彼女と会うのは止めておけ」
「無理だ。もう既に決めた事だ。二度も約束を破るつもりは無い」
「その姿から察するに、君は見たんだろう? 異界に独り取り残された黒宮家を。何も学んでいないのかい?」
「……どういう事だ?」
ルー・ルシアンはポケットから取り出した破邪の指輪を着けると、一枚の依頼書を黒宮アキトに手渡した。依頼書には【神薙家に保管されている黒宮アキトの残骸の奪還】と【異界についての報告内容】が書かれており、依頼者の名前には【神薙夏輝】と書かれている。前者については既に冬美から聞いていた通りの内容であったが、後者の異界についての報告は信じられない内容であった。
【異界は現在の時代から100年後の祓い士の世界であり、生き残った人間は黒宮アキトただ一人。世界自体が朽ち果てている為、過去の記録は残されていなかったが、地面の至る所が陥没しており、その穴の底には夥しい邪奇醜の群れが潜んでいる。邪奇醜の群れが地上へ出てこないのは、地面全体に施された術が関係しており、恐らくその術を発動したのは自分である。だが地下に潜む邪奇醜によって地盤が崩され、いずれ邪奇醜は地下から解き放たれてしまう。現時点で対処する事は不可能。この未来を阻止する鍵は、この異界でただ一人の生き残りである黒宮アキトだ】
神薙夏輝が調べた異界についての報告内容は、黒宮アキトの頭を悩ませた。完全に記憶が戻っていない故、時系列の正しい並びが分からない。黒宮アキト自身の体感では、10歳の時から始まり、そして現在に至っている。一方、冬美の話では、今から20年前に祓い士の世界に現れ、そしてその10年後に死亡した。
そして神薙夏輝の報告では、黒宮アキトは10年前の時代から100年前、つまり今から90年後の世界にいた。
過去と未来に同じ自分が存在する矛盾。どこからが始まりで、どこが最新のものなのか。考えれば考える程に思考が絡まり、嫌な汗がベッタリと服に密着する。
頭を抱えて苦しむ黒宮アキトを気にもせず、ルー・ルシアンは淡々と話し始めた。
「私は神薙家から君を盗み出した。それは君が五賢人の手に渡る事を防ぐ為。神薙家は他の家とは違い、五賢人と深い関りがある。夏輝が君を殺した事は思い出してるかい?」
「……ああ……思い出してる……」
「死に際に、君は夏輝に伝えた。異界と呼ぶようになった未来の祓い士の世界。五賢人の企みによって破滅の運命を辿っている事。その後、夏輝は行方をくらまし、君から託された役目を背負った。そして君が夏輝の妹である冬美によって蘇った事を知り、私に盗み出すよう依頼してきた」
「……」
「簡単に言うとね? 君は祓い士の世界にいちゃ駄目なの。君は、死んでいなければいけない」




