不審者
唯一心が許せる友との再開を果たした黒宮アキト。しかし再会も束の間、祓い士の世界と、こちらの世界とでは時間の流れが違う事実に対面し、ゆっくりと心を癒す暇などなかった。
「早速で悪いが、達也。オレが渡した指輪を返してくれ」
「何が起きてるかは知らないが、ゆっくりと談笑って訳にもいかないらしいな」
「そうだ。今のオレに必要な物が、指輪の中に保管されている。ソイツを引き出したい」
「元々お前の物。収まるべき場所に収まるようなもんか」
宮本達也はポケットから破邪の指輪を取り出し、差し伸べられている黒宮アキトの右手中指に着けてあげた。久しぶりに着けた破邪の指輪に懐かしさを覚えつつ、黒宮アキトは早速保管していた妖刀を取り出そうとする。
しかし、右手首にある冬美との繋がりを表す手錠の所為で、やはり破邪の指輪を使用する事は出来なかった。
「……やっぱり駄目か。なぁ、何で指輪を使えなくなったんだ?」
『言ったでしょ? 次に術を使えば、あなたの身が持たないと。あなたは傷や欠損なら治せるけれど、術の効果を打ち消す事は出来ない』
「そこが分からない。何故オレは術を使う度に命が削れる? いや、確かに術を使う事で生命力は失われていくが、それにしてもオレの場合は大幅過ぎる」
『それは……』
黒宮アキトの問いかけに、冬美は言い淀む。未だ隠し事のある冬美に対し、異界の地にて開きかけた心は塞がれつつあった。今は一秒でも惜しい黒宮アキトは、これ以上問い詰める事を諦め、破邪の指輪を外して宮本達也に投げ返す。
「……返すよ」
「お、おう……えっと、誰と話してたんだ?」
「ん? あー、そうだな……遠く離れた未知の存在との交信、と言うべきか?」
「……あんた、たったの二時間の間に何があったのよ」
「まぁ、色々と……とにかく、用は済んだ。邪魔したな」
「ま、待てよアキト!」
足早と家から出ていった黒宮アキトの後を宮本達也と斎藤響は追いかけていった。
「アキト! 待てって!」
「悪いが話をしている時間は無い。ここで長く過ごせば過ごす程、向こうの世界では急速に時間が流れていく。アテは外れたが、今のオレなら妖刀が無くても十分に戦え―――うぉっ!?」
歪みの場所へと向かっていた黒宮アキトであったが、二人に進路を強引に変えられ、そのまま背中を押されて歪みの場所から離されてしまう。二人を振り払う事は容易であったが、以前よりも増した力を上手く制御出来る自信の無さと、大切な友人を傷付けてしまうかもしれない恐れから、抵抗はしなかった。
そうして二人に押されて辿り着いたのは公園であった。遊具も砂場も無く、ただ一つのベンチと適当な場所に生えてある木だけがある小さな公園。
その公園に唯一あるベンチに黒宮アキトを座らせると、二人は黒宮アキトを挟んで座り、逃げ出さないように逃げ出さないようにする。
「なぁ、アキト。お前達の世界で何が起きていて、お前が何をしようとしてるのかは、俺達には分からない。無理矢理教えてもらうつもりも無い。だがな、お前は指輪の中にある妖刀を求めて戻ってきたんだろ?」
「何かをする為に必要だから、あの家に戻ってきたんでしょ? それなら、簡単に諦めないで。時間に追われている時って、何でも急ごうとして、結局後で痛い目に遭うものだと決まってるもの」
「だが……」
二人の諭すような言葉が無意味な事だと知りつつも、それを打ち明けられずにいた黒宮アキト。陰鬱とした空気が流れる中、三人がいる公園にピンク色の移動販売車が入ってきた。
「なんだアレ?」
「移動販売って奴かな?」
「だとしても、普通は公園にまで入ってこないだろ」
『美味しいクレープはいかが? 今ならコーヒーもサービスで―――痛っ!?」
「「……なんだアレ?」」
移動販売車は公園内をグルりと回って三人の前を通りかかると、急ブレーキで停まった。明らかに不審な移動販売車の様子に、宮本達也と斎藤響が困惑する中、黒宮アキトは異様な気配を感じ取っていた。
(祓い士? いや、違う……これは……)
黒宮アキトが移動販売車の中から感じた気配は三つ。三つとも祓い士の気配を持っており、三つとも怪異と似た気配を持っていた。黒宮アキトは座ったままの状態で、いつでも前方へ飛び出せるように前傾姿勢になる。その黒宮アキトの僅かな変化に、両隣にいた宮本達也と斎藤響も緊張感を持ち始めた。
移動販売車の荷台の窓が開くと、タバコを口に咥えた金髪の女性が窓から身を乗り出してきた。先手必勝と黒宮アキトは飛び膝蹴りを予定していたが、その女性の顔を見て、頭が真っ白になった。
「やぁ、お若いお三方。クレープ、食べてくかい?」
その女性の顔は、異界の地で黒宮アキトが西連寺ソウジから見せてもらった写真に写っていた女性と瓜二つであった。稀代の盗人、ルー・ルシアンと呼ばれた罪人に。
「クレープ? い、いやぁ、是非とも食べたいけど、俺達今ちょうど腹が足りてて!」
「そ、そうですね! ほんと、残念だわ~!」
「……三つ、貰おうか」
「「え?」」
「あいよ、三つね! サヤカちゃん、アキちゃん! クレープ三つね! 具材は……まぁ、適当にやっといて!」
女性は車内にいる二人に調理を任せると、移動販売車を降りて、黒宮アキトの目の前にしゃがみ込んだ。
「君、まだ若いのに髪が白いね? 地毛? それとも染め直した?」
女性はタバコの煙を吐きながら黒宮アキトに語りかける。その女性の態度とデリカシーの無さに、宮本達也と斎藤響は怒りのあまりに手が出そうになるが、黒宮アキトに手を握られて制止されてしまう。
黒宮アキトは怪しんでいた。ほんの少し前に教えられ、思い出したルー・ルシアンに瓜二つな女性の登場は、偶然にしては出来過ぎていた。まるで、最初から黒宮アキトがここへ来る事が分かっていたかのよう。
確信を得る為の情報が少なく、更には黒宮アキトだけでなく、宮本達也と斎藤響にも手を出せる間合いに入られている状況。流れるような女性の自然な動きによって作り出された状況で、黒宮アキトは身動きが取れなくなっていた。
「時間なら少しはある。お姉さんと楽しくお話するだけの時間が、ね」




