第36話
「まぁあ、落ち着け妖精。筋が通らねぇ事は分かってるし、訳がわからないのも分かる。ただ、ここは乗っかってくれ」
鮎太朗が姿勢を直し、宥めるように手を上下に動かす。
「よ、妖精ですってぇ?!私にはちゃんと立派な名前があるんだから!」
八重歯が鈍く輝く。
「いや、名前言ってねぇーだろ!入団書も書いてないし!」
その一言を聞きティラはキョトンとした顔を浮かべる。
「あれ、言ってなかった?」
「ねぇ〜よ!」
「…それは悪かったわね。レディーとして、ちゃんと自己紹介するべきだったわ!」
(レディーねぇ…)
そんな表情を浮かべる鮎太朗をチラッとティラが見ると、すかさず鮎太朗は目を逸らした。
それが少し気に障ったが、突っ込んでも仕方と思ったのか、おほんっ。と、咳払いをしてからティラは自己紹介を始めた。
「私は花の妖精のティラミス・ティン・フールよ。ティラミス様って呼びなさい!」
鮎太朗に指を刺し胸を張る。
それを鮎太朗は手で弾くと嫌味を含めてか、
「よろしくお願いしますね、ティラ様」
と、どこぞの国の王子のようなお辞儀をする。
「こちらこそよろしく」
それが気に食わなかったのか、眉をピクピクとさせながら、ティラも引き攣った笑顔を返した。
………。
少しの沈黙。
ティラと鮎太朗の睨み合いが続く。
敵意が剥き出しているティラと余裕ような飄々とした鮎太朗。
多少月灯りが出ているものの、林の奥は未だに闇に包まれている。
長い夜に感じられるほどの密度の濃い時間を過ごしているが、夜はまだまだ始まったばかり。
その暗闇の奥で恐ろしい何かが蠢いていてもおかしくはない。
だが、それを感じさせない程長く感じられる沈黙。
それを最初に破ったのは鮎太朗だった。
「そういやー、帰らなくていいのか?
学生だろ?もうあっちは夕方くらいだと思うが…」
「え?もうそんな時間?」
「あ!えーっとちょっと待ってね…」
ティラはポーチの中を弄り、例の時計を取り出した。
目を凝らし手に持っている時計を凝視した。
灯りが焚き火一つじゃ時間が見づらいのも無理はない。
「えー…と、む、こ、う、の世界はー…、5時半過ぎだわ!」
「すみません、助かりました!」
「あ、そうそう…。渡すもんがあったんだわ」
そう鮎太朗は言うと、入団書をしまったであろう内ポケットから紐の付いた、何かを取り出し、傀に向かって投げた。
「え?お?っとと…」
手の上で転がるそれを落とさないようにギュッと握る。
手を開きそれをよく見る。
クリスタル?
「それはBRW団所属の証明書みたいなもんだ。色によってだな〜…。んー、まぁ、絶対に無くすなよ!」
「は、はい…!」
無くさないようにと、急いでそれを首から下げる。
既に首に掛かっていたドックタグと、クリスタルがガチっと音を立てる。
「おう!じゃ気をつけてな」
「はい、ありがとうございます。ティラお願い」
「は〜い!任せて!」
そう言うと、ティラは腕を伸ばす。
すると、手の先には小さな光が灯されていた。
初めは小さな渦だったが、次第に大きくなり、きらきらと舞う鱗粉を帯びたオレンジ色の渦が辺りを明るく照らしだした。
見入っている傀に、触れるようティラが促す。
呆気に取られた傀がようやく触れると、
傀は渦の中に消えていった。
そして、ベっと鮎太朗に小さな舌を出して、後を追うようにティラも渦に入って行った。
それを面白そうに見ていた男は、思い出したかのように、また枝で薪を転がし、兎肉が刺さった串を手に取る。
ほどよく焦げ目がついたそれは、ぽたぽたと肉汁を溢れさせていた。
男は月を見上げ、懐かしいさとどこか哀しい気持ちを噛み締めるように口に運んだ。




