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「は!?」

 パサッと軽い音を立てて机に置かれた書類。いや、たった二枚の書類なんだから、教科書みたいな重い音がする方が物理法則として変だが、変といえば、そもそもこんな書類を提出されることが変だ。

 キョトン、と、首を傾げて俺を見たのは副委員長。

「いやいや、そんな俺がおかしいみたいな顔してくれるなよ」

 高校になってからこの同い年の従兄弟は反抗期に入ったようで、最近どうにも扱いに困っている。同い年とはいえ十ヶ月も誕生日が離れているので、小さい頃は俺の後をちょこちょこくっ付いて来るヤツで、親戚一同それを微笑ましく見守っていたんだが……。遅れ気味の声変わりで、可愛げさえもどっかに逃げていってしまったらしい。まあ、どっか線がほっそいので――最大のコンプレックスらしいので、そこだけはつつかないが――、声変わりっつっても俺と比べればかなり高い中性的な声なんだけどな。

 しかし、同じ高校で同じ委員会に入ってくるあたり、昔の刷り込みの偉大さは感じていたんだが……。

「ええ、はい、兄さんおかしいのいつもですもんね」

 敬語使うようになってからだよな、と、思う。なんか、態度に棘が出てきたのは。

 ああ、あと、中三の受験時期のせいだな。サボってるくせにしっかり受かってずるい、とか、漏らしてたって叔母さん言ってたっけ。

 いや、俺も別にサボってたわけではなく、気が乗らないときに無理しなかっただけなんだが……。要領がいいってことを、努力しないで結果出してると思われるのは損だよな。

「ツッコミやすいように、ノった方が良いのか?」

 頬杖ついて、へらっと笑って挑発してみるが、昔っから散々からかわれたせいなのか、鷹都は眉ひとつ動かさずに言い返してきた。

「そんなに暇なのでしたら、どうぞご自由に」

 俺は表情を一切変えずに、親指と人差し指でつまんだ書類を屑篭へと向け……。

「いえ、ですから、僕の冗談とかではなく、バスケ部からの依頼です」

 微妙に嫌そうな顔になった後、ここで俺の機嫌を損ねても損だと思い至ったのか、そう改めて説明した鷹都。

「女バス?」

 女っけのない、男二人の風紀委員会専用の部屋。まあ、窓とホワイトボードと教室にある机四つを中学の昼食の時間みたいにくっつけてあるだけの、刑務所みたいな部屋だ。だから、せめてもの救いとしてそう訊ねるのは当然だと思うんだが――せめて従兄弟じゃなく、従姉妹ならまだ救いがあったのに――、弟分はいつもの事みたいな顔して言い放った。

「連名です」

 まあ、じゃあ、やる気出すか。五十パーセントぐらいは。

 夏休みも終わって、部活も委員会も三年から二年へと引継ぎが始まっている。そして、そういうものの常として、暇な教師が暇つぶしに生徒会総会を開くのでそのための議題を無理にひりださせている。

 ……折角だし、数学のあの顔の細長いゾウリムシみたいな教師がプリント配る際にわざと落として女子のスカートの中覗こうとしているとか、音楽のあのヒステリックなおばさんが男子生徒にやたらとタッチしてくるとか、そういうのばっかりで議題を固めてやったらどんな顔するかな。

 ま、どうせそんなのは強権に物を言わせて封じ込めるんだろうけど。

「ったく、委員会の役職変わったし、部活も引継ぎだからって無理になんか議題作らなくても――って、なんだこれ?」

 愚痴愚痴と、制服着崩すなとか言いつつも男性教師の八割方が統一感のない適当なポロシャツで、開襟のワイシャツですらない事とかまで無駄に考えて無駄にイラだっていたんだが、書類内容はそれ以上になんか、イラつく内容だった。

 いつから同じなんだか分からない定型文を除くと――。


 一、備品管理上の問題により、バスケットボール部の監査を実施し、責任の所在を明らかにすること。

 二、風紀委員会及びバスケットボール部にて自体解決を図ることが難しい場合は、生徒会総会の議題とすること。


 ……何様のつもりの依頼書だ?

 書類から顔を上げ、下座に座った従兄弟を睨め付けるが、涼しい顔で受け流され、しかも、おまけまで付け加えられてしまった。

「知らなかったんですか、兄さん? 生徒会に報告する前に、まずは風紀委員会が遺失物や些細なトラブルをチェックするんですよ」

 知らなかったっつの。

 確かに、警察権的ななにかを意識させる委員会ではあるけど、実働はないものだと思ってた。適当に、校則守りましょう、的なポスター貼って終わりの幽霊委員会だと思って……。

 って、待て! 去年までずっとその程度だったのに、なんで今年の二学期になってこんなの来るんだよ!

 机に肘を突き、掌で目と額を覆うようにして嘆いたところで、ハッとして従兄弟を睨む。

 血の繋がりがなせる業か、それとも単につるんでる時間が長いせいなのか、一言も発していないうちに鷹都は俺の言いたいことを察したらしく、自分のせいじゃないとそこだけはしっかりとアピールしてきた。

「……いえ、僕のせいではなく。って、知ってて委員長に立候補したんだと思ってましたけど」

 声色に嘘はない。

 俺の方も長い付き合いなので、その程度は見抜ける。……男同士の従兄弟だから、女の好みとかの話から下ネタまで一通り話すんだが、その際のきょどり方や誤魔化し方は十分に観察済みだ。

 あーあ、と、椅子に凭れ掛かり、頭の後ろで手を組む俺。

「いや、受験の面接で、なんか言うこと増やせるんじゃないかなってぐらいで、正直、名前がお堅いイメージだし、集まりのない委員会と評判だったから、一年の頃からずっと志願してたってのに」

 そんなことだろうと思いました。

 口には出されていないが、思いっきり顔に書いてあるので同じことだと思う。

「前の風紀委員も、役職ある方が中心で処理してましたし、それで処理出来る内容です」

 にべもない、とは、このことである。

 役職っつっても横向きの机二つと縦向きの机二つで作られた長方形の委員会の机で、他の椅子が空のことからも分かる通り、必須の委員長と副委員長以外は決まっていない。あんまりにも志願者居ないから、残りの役職は来月の風紀委員会まで保留になってるのだ。

 てか、委員長に立候補した理由のひとつとして、無駄な委員会の時間をさっさと済ませたいって気持ちもあったしな。誰も立候補しなくて、葬式みたいな空気だったのがこういう理由からだとはその時は理解してなかった。

「それならせめて、書記かなんかで良いから、女子にやらせればよかった」

 金勘定なんて無いんだし、経理の役職の必要性は無さそうだが、こうした問題解決するなら報告書とかも書く必要があるだろうし、俺はそうした書き物はしたくない。なにより、異性が一人でもいれば、この無駄と無意味をありたけ詰めたような放課後の委員会活動にも多少の意義が出来る。

 美人なら、尚、良し!


 来月の委員会に備えて、風紀委員の女子生徒の顔を思い浮かべながら、大人しい子と快活な子のどちらにすべきか、従順な後輩か、ツンデレな同級生か、なにが女子生徒の魅力を引き出すのかについて真剣に悩みつつ席を立つ。

 依頼書を処理する気になった部分は評価しているのか、鷹都は棘の少ない声色で、しかし強烈な言い掛かりをつけてきた。

「兄さんがそんなだから、風紀委員の男女比七対三なんですよ」

「それ、絶対、俺関係ないからな!?」

 委員会室を出て肩越しに振り返り、至極尤もな反論をする俺だったが――。

 俺達が出てきた委員会室の扉の中に飛び込んでいった正論を、生意気な従兄弟がドアを閉めて閉じ込めた。


 しれっとした顔で、数歩分、俺の背中を鷹都が押して、それ以降は一歩後ろの間合いをキープしている。

 しゃーねーな、逃げてもいいことないし、最低限の義務だけは果たすとしますか。

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