確かなもの
俺の声にまず気づいたのはキース兄さんだった。
我が家の寝室は大きなベッド一つ。家族全員同じベッドで寝るのだ。だから俺の鳴き声にいち早く反応し、起きてくれた。
「う〜、…どうしたの? フィル」
キース兄さんは眠い目をこすりながら起き上がり、俺の様子を伺う。
ごめんよ。子供をこんな時間に起こすのは忍びないがそうは言ってられない状況かもしれないんだ。
「ん〜? あっ、冷たい。そっかやっちゃったんだね。あれ? 何だか部屋が暑いな〜」
キース兄さんは俺の様子を伺い、体を弄り俺が泣いている原因を探った。
…いや、そうなんだけど…そうじゃないんだ。い、今はそれより重大な問題が発生してるんですよ!
気づいて! 気づいて! というように右手でバシバシとリリィちゃんの眠る方を叩く。
「どうしたの? お漏らしだけじゃないの?」
だけとは何か! だけとは!
いや今はそれはよくってですね。それよりちゃんとリリィちゃんを見て上げて! お股あたりの気持ち悪い感触を我慢してリリィちゃんの方に寝返りをうつ、するとキース兄さんがやっとリリィの方を見てくれた。
「リリィちゃん? た、大変だ! レナさん! レナさーん!」
キース兄さんはリリィちゃんの真っ赤な顔と苦しげな表情を見ると勢いよく立ち上がり、レナさんを呼びながら急いで扉に向かった。
ひとまず今俺にできることはやった。とはいえ先ほどより苦しそうな顔をしているリリィちゃんを見ていると心が痛む。
「う〜、あぅ〜」
リリィちゃんは辛そうな顔をしながらも俺の目を見つめ、そして手を伸ばしてきた。
俺は思わずその手を握った。
その小さな手から確かな温もりと血の鼓動を感じた。
「リリィ!? 大丈夫!?」
キース兄さんに呼ばれたレナさんが急いで部屋に入ってきた。その後ろをキース兄さんが追いかけ入ってくる。
レナさんはリリィちゃんに近づき、顔を赤くしたリリィちゃんの額に手をやりながらリリィちゃんの顔を見つめ診察する。辛そうな顔をしているリリィちゃんの顔を見て心配そうな顔をしている。
「顔が赤いわ。それにすごい熱。風邪の症状? いえ、でも……まさか…」
「ど、どうしたの? リリィちゃん風邪引いちゃったの?」
レナさんの顔がだんだんと青ざめていくのを見たキース兄さんが焦った声でレナさんに聞く。
レナさんはリリィちゃんの額に手を当てたまま目を瞑った。
「キース君、この部屋の魔力を感じることはできる?」
「え? う、うん。やって見る」
レナさんに言わたあとキース兄さんは目を瞑り集中して何かを探るような顔をした。
「ん〜と、リリィちゃんの方から…。え!? すごい量の魔力が溢れてくる! これって…」
「そう、キース君もそう感じるのね。やっぱりこれは、この症状は魔力熱ということかしら」
「うん、前にリンジーちゃんが魔力熱にかかった時に感じた魔力の流れに似てると思う」
魔力熱…ね。魔力制御した俺の目で見なくともわかるくらいの魔力の高まりのことを言っているであろうことはわかる。具体的に体への影響はどのようなものなんだろうか。
心配なのは魔力熱という症状に思い当たったレナさんとキース兄さんの顔を見ると明らかに温度差が感じられることだ。キース兄さんは魔力熱であると認識したところから徐々に安心した顔になっているのに対し、レナさんの顔は険しさを増している。
「…早すぎるわ」
「え?」
レナさんが小さく言葉を漏らし、キース兄さんはそれに対してどうしたのだろうという顔をしている。
リリィちゃんの額から手を外したレナさんはキース兄さんの方に向き、屈んで目線を合わせて言った。
「キース君、悪いんだけどこれからジェナさんを呼んでくるから少しの間二人の面倒を見ていて上げてもらえないかしら?」
「うん! 大丈夫だよ!」
その返事にレナさんは表情を緩めにこりと笑った。
「ありがとう」
そう言ったあとレナさんは急いで外へ出かけて言った。
♢
「大丈夫だよフィル」
手馴れた様子で俺のオシメを変えたキース兄さんは不安そうにリリィちゃんを見る俺に声をかけた。
面倒見のいいお兄さんで助かってますよ。これでレナさんにはバレない! …まぁ今更何を言ってるんだと思うだろうけど。それより、兄さん大丈夫という根拠を教えて欲しいな。
「魔力熱はね? み〜んな掛かるんだって。神父様が言ってた」
キース兄さんはリリィちゃんの熱を出し汗ばんだ顔を濡れたタオルで拭いながら教えてくれる。
優しいなおい、本当に感心する子供だよ。
「成長した魔力に体を馴染ませる時になるんだって。村の子たちも時々なって教会に来れない時があるんだ」
ほう、魔力熱ってのは成長痛的なものなのかな?
「お薬飲んで魔力の放出? を助けてあげれば体が魔力に馴染ませやすくなるんだって。だからレナさんはジェナさんに薬を貰いに行ったんだと思うよ」
なるほど、そういう薬があるのか。でも苦い薬とかだったらリリィちゃん飲めるのかな? 赤ちゃんとか薬飲ませるの大変そうなイメージがあるんだけどな〜。それにレナさんのあの様子、それだけじゃないって感じがしたよね。
察するに魔力熱にかかるのは普通はもう少し体が成長してからが一般的なんじゃないだろうか。
「う〜ん? それにしてもこの部屋暑いな〜」
言われて見ると確かにここ最近の日中の気温より部屋の温度が高い気がする。おかしいな? 今時間帯は夜のはずだ。
もしかしてさっきからリリィちゃんの周りを飛ぶ赤い光のせいじゃなかろうか。なんかいつもより活発な動きをしている気がする。
「うぅ、…むぅ」
リリィちゃんが苦しげな声を上げる。
心なしかだんだんと呼吸が荒くなってきている。俺の中の直感がアラームを鳴らしている気がする。
こういう時のやな予感は当たるんだ。嫌なことにね。
「リリィちゃん、もうちょっと我慢してね。今お母さんたちがきてくれるからね」
リリィちゃんの様子を見てまた心配になってきたキースが励ますように声をかける。
俺はこのままでいいのだろうか。
先ほどからリリィちゃんが俺の手を握る力が弱々しくなってきている。
本当に今の俺にできることはないのだろうか。
たとえほんの少しでもリリィちゃんの力になることはできないのだろうか。
さっき見た夢の内容が思い出される。
今の俺にできることはなんだろう?
魔力制御なら少しはできるけどそれで何かできるだろうか?
さっきキース兄さんはなんて言っていた?
魔力の放出を高める薬?
魔力の放出…か。魔力を操作すればできるかな?
そもそも人の魔力を制御することなんて可能なのだろうか?
「はぁ…。あぅ…」
迷ってる暇はない…な。
俺とリリィちゃんが繋いでいる手と手を見つめる。
魔力を制御してリリィちゃんの魔力を見る。
そしてリリィちゃんの魔力の鼓動を体で感じる。
うん、感じることができるな。
自分の魔力をリリィちゃんの魔力と繋ぐように合わせる。
おっ、違和感はバリバリに感じるけど確かに触れている感覚がする。
でも……ここからどうすればいいのかわからない。
繋いだ魔力を制御しリリィちゃんの魔力に干渉しようとしても掴み所のない感じがする。
もどかしい。
押したら引いて、引いたら引っ張れるのだが引っ張っても放出を早めることができない。
何かできないのか?
確かに魔力が繫がっている感覚はするんだ。
きっと何かできるはずだ。
人の魔力を操作することはできないのだろうか。
それとも俺の実力が足りなくて制御できないのだろうか。
わからないことが多すぎて嫌になるな。
このままじゃリリィちゃんの魔力を放出させることができない。
放出…、放出…。
ん? 要はリリィちゃんの高まった魔力を体外に排出できればいいんだよな?
リリィちゃんの魔力を操ることはできなくても吸い出すことはできるんじゃないか?
リリィちゃんの魔力を接触させた部分を引っ張り自分の魔力の中に引きずり込む。
なんだこれ? 気持ち悪いぞ。
頭がズキズキする。まるで二日酔いの症状のようだ。
でも、この目で見ていたからわかる。
これは確かにリリィちゃんの魔力を吸い上げることに成功している。
つまり、俺にもできることがあるというこだ。




