夜の森
”ドスッドスッドス”
すっかり暗くなった夜の森に足音が響く。
これでも足音を立てている本人は足音を殺して歩いているつもりなのだ。
彼は豚のような鼻と牙を持つ人型の魔物、オークだ。
体長は2m近くあり、体は分厚い筋肉と脂肪で覆われている。その巨体ゆえ、足音を隠しきれないのだ。
だが彼はためらいなく進み、時折立ち止まってはその鼻で周囲の匂いを嗅いで匂いを確かめ、再び歩を進める。
獲物が自分の足音に気づくより早く、自慢の鼻が獲物を捕捉できると確信しているのだ。
何せ自分は群れで一番の嗅覚自慢である。食材の探索から水場の探索、そして狩とあらゆる場面でこの鼻が役に立ってきた。
オークはふと気になる匂いを感じ、再度立ち止まり匂いを確かめ、確信した。
”獲物の住処が近い”
火で焼ける木の匂い、そして独特な生活臭。
オークはニヤリと笑い、より詳しく住処の位置を調べるため歩き出そうとしたが動きを止めた。
その鼻が生き物の匂いを捉えたからだ。
匂いを確かめるべく、鼻を鳴らしながら匂いを嗅いだ。
その時、一陣の風がオークを通り過ぎた。
オークはその風に運ばれた芳しい匂いを感じるとともに意識を失った。
♢
”ドッ”という音とともにオークの首が落ち地面に転がる。
そしてそれを追うかのように体が地面に倒れた。
今しがた彼女が切り捨てたものだ。
彼女は剣をピッと振り、剣に付着したオークの血を落とし剣を鞘にしまった。
そして彼女はオークの姿をまじまじと観察し、結論付けだ。
「これは…上位種がいるわね。」
オークというものは基本群れで狩を行う魔物だ。
ただし知能は高くなく、狩を行う方法も良くて獲物を群れで囲い襲う程度、普段は単純に突撃する猪武者だ。
それが群れではなく単体で、そして音を立てるような装備を身に付けずいるともなると明らかにおかしい。
「ひとまず皆んなと合流するとしましょうか。」
そう呟き彼女は駆け出した。
視界の悪い夜の森の中を音も立てずに。
木々の隙間から溢れる月明かりが彼女の銀色の髪を艶やかに照らしていた。
♢
「う゛〜。」
俺は横になった状態でぐい〜っと背を伸ばしている。
ハイハイは疲れる、けど寝てるだけだと体が凝ってしまうんだよね〜。
「あぅ〜。たぁい!」
リリィちゃんは暑いのか掛け布団をどかそうと手をバタバタさせもがいている。
「こ〜ら、ダメでしょリリィ? もうねんねの時間よ?」
「む〜。」
現在俺とリリィちゃんはベッドに横になっており、レナさんに寝かしつけられているのだ。
キース兄さんは寝巻きに着替えレナさんの横で俺たちを寝かしつける手伝いをしている。
両親とジェドさんはいない。先ほど訪れた人物について家を離れているからだ。
夕食後の団欒時の侵入者は鳥人の若者だった。どうやら村の自警団的な役割をしているらしい。
彼の背中には灰色の翼がついており。その他の見た目は人間とさして違いが見受けられなかった。
時々バサバサと羽を動かすので気になって仕方なかったので容姿はあまり見ていない。
だって翼だよ? 翼があるってことは飛べるんだろうか? 気になる!
以前に恰幅のいいクマ耳の肝っ玉おっかさんって感じの人が来た時も思ったけどさすが異世界だ。
まぁ、毎日エルフは見てるから何を今更って思うかもしれないけどケモミミや翼のインパクトは別格だよ。
あ〜、早く歩けるようになって村や森を見て回りたいな。
その鳥人の若者と大人たちが何か話したのち、レナさん以外は若者について家を出ていった。
どうやら森に異変があったようだ。
両親は戸棚にしまってあった皮の防具を身につけ、武器を持っていった。
どうやら子供の目につかないよういつもは仕舞っていたみたいだ。というかエミリー母さんもやっぱ戦えるんだね。
レナさんの横にいるキース兄さんは不安そうな顔をしている。
そりゃ不安にもなるよね。鳥人の人結構焦ってたし。両親が出向くとなれば心細くもなるよ。
この歳で泣いてないだけ偉いと思う。
兄の様子に気付いたレナさんは膝を折って兄に目線を合わせ優しく微笑んだ。
「大丈夫よ、キース君。この村の皆んなは強いんだから!」
「で、でも魔物ってとっても危ないんだよ? 神父様が森には危険な魔物がいっぱいいるって。僕たちを食べちゃうような奴だっているって言ってたんだ。」
「そうね。危険な魔物はたくさんいるわ。」
「やっぱり…。」
キースは涙目になり俯いた。
レナはそんなキースの頰に両手を当て顔を上げさせた。
そして安心させるように微笑みながら言った。
「でもね? 大丈夫よ。一度も村に魔物が出たことないでしょ? それは村に近づく魔物は自警団がすぐにやっつけちゃうからなの。だから心配しないで。この村の大人達は皆んな強いから魔物なんかに負けたりしないわ。」
「お父さんもお母さんも?」
キースの質問を聞いたレナはふふっと笑みをこぼした後、一つ頷き言った。
「ええ! むしろあの二人が負ける姿なんて思い浮かばないわ!」
♢
森の中の少し開けたスペースで男性5人ほどが松明の明かりで照らされた村周辺の地図を囲んで話し合っている。
その周りには自警団の中でも夜目に自信のある男女の若者たちが50人ほど武装をし、取り囲んでいた。
「ただいま。」
銀髪を風に靡かせた女性がそこに合流した。
「エミリー、どうだった?」
地図を囲んでいる5人のうちの一人、ハースが女性に話しかけた。
「ローハンの見立て通り、斥候のオークだったわ。」
「そうか、ではオークの上位種がいると見て間違いなさそうだな。」
「ええ。」
鳥人のローハンとルプカが上空から調べた情報から斥候と思しき3体のオーク、そして少し離れた位置に100体ほどのオークの群れ位置は把握している。
ハースは地図を囲んでる4人の方に向き直り、言った。
「上位のオークがいるということは相手はおそらく隊を組んでくるでしょう。」
その言葉にジェドと自警団の団長であるマルスが発言する。
マルスはスキンヘッドに整えたヒゲが自慢のおっさんだ。ただし、自警団の団長ということもあり体はしっかり鍛えられ、手には年季が入っているがよく整備された槍を持っている。
「オークといえど隊列を組まれたら面倒だ。こちらが先手を取れるようにしなくては。」
「だな、引き続きローハンとルプカには空からオークどもを監視させよう。」
そしてマルスは片手で自慢のヒゲを撫でながら皆に指示をした。
「残りの斥候を片付けに向かっているヨーハンとデイルが戻ってき次第、班を編成し多方面から奇襲をかける! 隊列を組まれる前に攻めるぞ! 各員準備を怠るんじゃねーぞ!」
『はい!』
マルスの指示に自警団のメンバーは返事を返した。
「班編成は訓練時と同じだ! 各隊長の指示に従え!」
『はい!』
そしてマルスは更に隊員に指示を出すと今度は地図に置いた石、オークの群れがいる位置を指差した。
そこは村の位置からすると西側の森である。
「俺の班は正面から威嚇しながら対峙する。ロミーの班は敵の後方、村長の班は北側、ジェドの班は南側から奇襲をかけてくれ。」
「了解しました。」
「了解だ。」
「わかった。」
各自が返事をした。
そしてマルスが続ける。
「ハース、お前の班は奇襲が始まってしばらくたら正面から敵の主戦力を叩いてもらいたい。少しブランクはあるがお前達なら問題ないと思っている。任せてもいいか?」
「ああ、大丈夫だ。俺のチームはそんな柔じゃないさ。」
マルスの指示をハースは笑みを浮かべながら請け負った。
オークの斥候を片付けた二人が合流した後、各班に分かた。
「エミリー、魔物の狩は久しぶりだが平気か?」
「ふふっ、誰に言ってるの? 問題ないわ。ハースは心配性ね。むしろ、あなたが遅れをとるんじゃないかと私は心配よ。」
エミリーの返事にハースは苦笑いを浮かべた。
「全く…まあ、頼りにしてるよ。」
「ええ、頼りにしてちょうだい。」
そしてハースは残りのメンバーにも声をかけた。
「ローマン、メーベル。二人も体調は問題ないな?」
「ああ、問題ない。」
「大丈夫よ、ハース。」
ローマンと呼ばれた男性は弓の調子を確かめながら、メーベルと呼ばれた女性は盾と剣を携えて返事をした。
返事をしたあとからかうようにローマンとメーベルの二人がエミリーに言う。
「エミリー、調子に乗って先行するなよ。」
「そうそう、あなたはすぐ無茶するんだから。」
エミリーは少しむくれたようにした。
「む〜、何よ皆んなして。失礼しちゃうわね!」
和気藹々としたやり取りからチーム内を柔らかい雰囲気が漂っている。
ハース、エミリー、ローマン、メーベルの4人はもともと冒険者のチームを組んでいた。
エミリーがフィルを身ごもってからしばらく戦線離脱していたのでしばらくは別の班を組んでいたが、やはり長年パーティを組んでいた中である。この4人の少数パーティの方がしっくりくるのか4人ともブランクがあるというのに自然体である。
ハースはパーティメンバーを見回し、目を細めた後、顔を引き締め声をかけた。
「じゃ、気を引き締めていくとしようか!」
「「「了解!」」」
結構長引く風邪をひいてしまったため、なかなか執筆できず遅くなってしまいました。
すみません。
皆様もインフルエンザ等には十分気をつけてください。




