<98> 不可能のない医療を目指して
生まれつき手足がない少女がいた。名前はルーシー・ミランダ。その少女は、普通の人と同じ手足が欲しいと願っていた。大富豪の娘であったため、身の回りの世話をしてくれる人には恵まれ、生活そのものに困ることはなかったが、それでも自分の体で自由にできるのは目と口と頭のみであり、できることが限られる。
ある日、ルーシーは中島ゆりと出会った。きっかけはルーシーが末期のガンであることが発覚し、その治療のために病院に入った。その治療ができるのがゆりの病院だったのだ。ゆりはルーシーが生まれつき手足がないということを聞いて大変悲しく思った。生まれつきの場合、治療法というものが存在しないからだ。
末期ガンに関しては、問題なくすぐに解決した。ガン細胞を取り除いて、再生魔法で切除部分を再生する。それはいつも行っていることなので、ゆりの病院で働く医者であれば可能である。
そこで、ルーシーの両親が、事故により手足を失った人が、その手足を取り戻す奇跡を見た。そして、ルーシーにも手足を与えることができるのではないかと願った。
ゆりは、ルーシーのような生まれつき手足がないケースに関して治療が成功したケースがないことを知っていたが、ルーシーの親からお金ならいくらでも出すと頼まれ、初めてのケースなので十年は様子を見て欲しいと承知してもらい、請け負った。
ゆりは、リサに相談した。リサもまた、初めてのケースであり難しいことは承知の上で、方法を考えてくれることになった。再生魔法の研究をゆりはしていたが、再生魔法はその人のDNAの情報から、その人本来の姿を再生することで成立する魔法である。そのためルーシーの場合、DNAそのものが手足がない状態を正常な情報となっており、再生魔法では手足は作られない。
ダメで元々と、ラケルにも相談した。ラケルはDNAの概念を知らなかったが、再生魔法そのものは使えたのだ。ゆりにDNAの説明をされたラケルは言った。
「それなら、手足があるDNA情報と入れ替えればいいんじゃない?」
DNA情報を入れ替えるとは、大胆な発想である。そんなことが可能なのだろうかと考えるよりも先に、リサはそのことを太郎に相談した。太郎はその発想には驚くも、意外なことを言った。
「そうか……その手があったか。それは思いつかなかった。それなら可能かもしれない」
リサもゆりも、太郎がそんなことを言うなどとは思ってもみなかったが、実際にDNAの情報を操作する魔法など、どうしていいのか見当もつかないゆりとしては、太郎に頼るしかない。太郎の案は、女性ならファミルのDNA情報を使ったらどうかというものであった。人間の体は、元々60兆個の細胞が数年のうちに入れ替わるようになっている。その全てを入れ替えることは難しいが、手足の欠損した部分だけ入れ替えてしまうのだ。
早速右手から実験することにした。ルーシーには実験中に意識があると大きな痛みを生じる可能性が高く、全身麻酔魔法で寝てもらっている。まずは、ファミルのDNA情報をコピーする。そして、欠損部分に貼り付け。それから再生魔法をかける。DNA情報をコピーした部分から再生させる。すると右手ができた。ファミルと全く同じ右手である。これにはリサもゆりも、もちろんラケルも大変驚いた。ファミルは太郎の行ったことが凄いことだと知らないので、みんなが驚いていることに戸惑っていた。再生魔法で手足が復活するところを何度も見ているからである。
ともかく実験はあっけなく成功してしまった。しかし、太郎が成功させることができても、ゆりやラケルに同じことができるわけではない。今の段階では、太郎にしかできない。しかしながら、意思疎通魔法で、太郎が行った魔力操作を完全に理解することは可能であり、そうすれば他の人でも可能となるだろう。
続いて、左手、右足、左足と魔法で追加していく。そして全身が整うと、次に麻酔魔法を解く。
眠りから覚めたルーシーは、体の異変に気付く。生まれて初めての手足の感覚を不思議に思った。そして、リサは言った。
「ルーシー。手足ができたわよ」
ルーシーは驚いた。初めての手足なので、まだうまく動かせないが、そこは練習すればすぐ使えるようになるだろう。なにしろファミルのDNAである。自分の手足を確認してルーシーは感激した。
「夢にまで見た手足……。本当にある……。うれしい。あ……ありがとうございます」
ルーシーの目から涙が流れる。その涙を自分の手で拭うことができる。ルーシーは思った。こんな幸せなことがあるだろうかと。
ルーシーは、生まれてから今まで手足のない生活をしてきて、夢も希望もほとんど持てずにいたのだ。それが手足を持つことで可能性が無限に広がる。今までできなかったことが全てできると思うと嬉しくてたまらない。
ルーシーはこれから手足をうまく使うための練習をすることになった。ほんの数日で使いこなせるようになるだろう。ルーシーの両親も娘に手足があることを奇跡だと本当に泣いて喜んでくれたのだった。
ルーシーは、それから数日の後、手足を使いこなせるようになり、自分の将来について考えるようになった。自分が本当に何をしたいのかを考えた。そして医者になりたいという結論に至った。ルーシーは自分と同じような生まれつき障害を持って生まれた人たちを救いたいのだ。
今回の成功は、世界中の生まれつきの障害を持つ人たちの希望となる。また一つ不可能を克服したのである。




