<44> ジンのジレンマ、その2
人間の責任部分に対して、俺たち天使は無力だ。
人類始祖のアダムとエバは、元々は神の子として生まれた。
しかしアベルとエバの罪により、悪魔の子となり、アベル殺害のカインの罪により殺人の罪が追加され、その後の子孫達の罪が積み重なり罪悪世界となった。人間自身が自分の行いにより罪を償わなければ、人間は神の子として復帰できない。
これには、神も天使も関与してはならない。
人間自身の責任により、神の元に返らなければ天使たちの主人にはなれない。
神の子である人間は、本来の立場に帰れば俺たち天使の主人なのだ。
もし、天使が助けて人間が自分の責任を果たしても、天使が助けたからという結果が残ってしまう。
神も天使も助けずに人間が自分の責任を果たす。それこそが、万物の主人としての立場を復帰する条件なのである。
そんなことはわかっているんだ。でも、俺はリサも太郎も大好きだから助けたいんだ。だから、本当に勝手だとは思うが、反則ぎりぎりの手を使って彼らの助けになるつもりだ。
悪霊たちは、仲間を増やすため、寿命が尽きるまえに殺人を犯させるよう、人間の意識を誘導して唆す。響子が寿命を迎える前に殺されるようになったのも、響子を殺す罪を犯させ、悪霊の仲間にするためである。
悪霊の勢力を増やすことが彼らにとって重要なのだ。
逆に、悪霊により不幸があっても、それを乗り越えた人間がいたら、不幸を与えた悪霊が善い霊へと一歩近づく。さらに、感謝するものがいれば、影響を与えた霊は、感動して善い霊へと大きく近づく。さらに感謝が喜びとなた時、霊は悪霊のままでいることができず、完全に善化する。
話は変わるが怨霊がいれば、怨みの対象となる自分や子孫が不幸となり、罪を清算するようになっている。響子は十二歳で死ぬ運命にあったのだ。
それなのに、そんな短い寿命をさらに短くする行為は許されざる行為である。
悪霊から見たら、自殺や殺人の罪は大歓迎の行為である。仲間を増やすことができるからだ。
だから、不幸そうにしている者には、より不幸が訪れやすくなる。悪霊がもう少しで自殺しそうな人を探しており、より不幸になるよう影響するからだ。
逆に、いつも感謝して生活する人、さらに喜びの生活をする人には善い霊が影響するので、良いことが起こりやすい。笑うかどには福来るという言葉は、実に真実である。
これらの秘密を人間に明かすことが、俺の立場ではどうしてもできない。人間が自分で悟る以外にはないのだ。それはわかっている。
でも、リサと太郎には、どうしても幸せになって欲しいのだ。だから、今後も独り言をつぶやいたり、うっかり言ってしまったり、さりげなくヒントになるようなことを言おうと思う。違反にならない程度に。神様も、ちょっとは目をつぶってくれている。




