<31> 私は暗殺者をやめようと思う
私は、もうタロウを殺せる自信はない。暗殺されるという情報がなかったはずの、ほとんど不意打ちの状況にも関わらず私の攻撃を防ぐほどの服を着ていた。つまり、あれはタロウの普段着みたいなものか。
それから、恐ろしく強力なあの武器もタロウの世界では、誰でも普通に持っているのだろう。どれだけ恐い世界に生きていたのだろう。
普段であんな武器を持っているなら、次回は私に対抗できる手段を準備するに違いない。あれよりも強力な武器を準備することは可能だろうし、それだと避けられないかもしれない。一発でも当たったら致命傷だ。
考えれば考えるほどタロウを暗殺するのは危ない。
そうだ! いいこと考えた。もう、暗殺者はやめよう。今回の依頼は失敗。強力な武器と防具を普段から常備しているから、タロウの暗殺は今後も不可能。誰もタロウを殺せやしない。
実際に、ラゼル程度の実力で相手をしたら、3秒以内に死んでいただろう。また、ラゼルの攻撃なら全くダメージを与えられないに違いない。あの普段着は凄すぎる。
だから私が死んだことにしてもらって、引退する。ラゼルに泣きつかれても全力で断る。次戦ったら私は確実に殺される。
でも、暗殺しようとしたのが私とばれたらどうしよう。逆に私が狙われる。いや、ばれるはずはない。でも、ばれたら殺される。どうしよう。そう考えると、私はだんだん恐怖を感じ始めていた。私の中でタロウはどんどん大きな存在になっていった。
普段からあんな武器や服を着ていて、しかも自由に違う世界と行き来できる存在が、私の変装ぐらい見破れないはずがないのではないか。
まずい、まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい……。私は恐怖に震えた。生まれて初めての感覚だ。どうしよう……。だめだ、こんな時こそ冷静にならないと。とにかく、私だと知られているかどうか確かめる必要がある。可愛い女の子の状態でタロウの近くを歩いて、暗殺者が私と気づかなければ大丈夫。
もし、私と気づいていた時は、……どうしよう。本当にどうしようもない。でも、このままでは心配で生きた心地がしない。恐いけど、やるしかない。そう決意した。
私はラゼルに会った。そして今回の結果を報告した。思った通りラゼルは驚いていた。武器は弓矢の何倍も高速で強力。連発され木にも突き刺さる恐ろしい威力。そして、刀で切りつけても、全く切れない服。それから、自由に別世界に転移できる能力を説明した。私にはどうすることもできない。それどころか、次会ったら殺されるのは自分のほうだと。もう暗殺者はやめる。死にたくないと強烈に訴えた。
私が恐れる存在に、ラゼルも恐怖を感じたらしい。今後ラゼルは絶対にタロウには殺意を持って近づくなと、会う人に言うそうだ。私も、タロウには逆らうなと人々に言おう。ラゼルも、もう暗殺はやめるそうだ。私が恐怖する存在がいる世界で、暗殺業などいくら命があっても足りない。
そして、暗殺しようとした者がタロウに殺されたという噂が流れた。暗殺しようとした者はラゼルより暗殺の腕は高い者だった。それにも関わらず、圧倒的威力の武器と、絶対の防御力を持つ服を常備しているタロウには全く歯が立たなかったと。
タロウの暗殺を企てた子爵のドームは、その噂を聞き、俺は関係ない。全然関係ないと、震えていた。戦慄のドームの貫禄は全くなかった。そして誓った。
「俺はもう、悪いことはやめる。今日から戦慄のドームではなく、善良なドームだ。おい、誰かいないか!今企てている計画は中止だ。税金は全て払え。けちけちするな。悪いことをしようとするやつは俺が許さん。不正は絶対だめだ。……俺はまだ死にたくねえ」
その日を境に、多くの悪人が恐怖のあまり善人に変わったのだった。




