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第六話【 悪の華と、歪んだ共犯関係 】

俺は陰で甘い蜜だけを吸い尽くす。


「ふっ……」


静寂に包まれた社長室で、

俺は満足気に口角を上げた。


今夜もまた、

最高のヒュッゲな時間が過ぎていく。

翌朝、午前十時。


昨夜の狂乱が嘘のように、

社長室には

ぴんと張りつめた緊張感が漂っていた。


「……以上が、埼玉の老朽化団地

『グリーンハイツ大宮』の一棟買い

 およびリノベーション計画の全貌です」


俺はいつもの無駄のない動きで、

完成したばかりの企画書を

デスクへ滑らせた。


四十五度の美しいお辞儀。


声のトーンはどこまでも

平身低頭な秘書課長そのものだ。


「……素晴らしいわ、秘書課長」


吉沢美幸は、

パリッとした白いブラウスに

シャネルのジャケットを羽織り、

凛とした表情で書類を検分している。


目の下に微かに残る朱色は、

昨夜俺の足元で

歓喜の涙を流していた証拠だが、

その眼光はすでに

「冷酷な女社長」のそれに戻っていた。


「相場の三割引きで買い叩いた上に、

施工業者には

『耐震補強済』のスタンプを押させる……。

完璧なスキームね。

これなら利益率は四〇%を超えるわ」


「恐縮です。

なお、施工会社への圧力および

偽装データの作成ルートは、

すべて

私の個人暗号ラインを通じて手配済みです。

万が一監査が入っても、

トカゲの尻尾切りができるよう

ダミー会社を二社挟んでおります」


「ふふ、

相変わらず手際が毒々しいほど鮮やかね」


美幸は高級万年筆を走らせ、

迷いなく決裁欄にサインを出した。


「これでまた、

わが社の今期業績は過去最高を更新するわ。

株主どもも、国交省の役人どもも、

この数字の前には黙るしかない」


「お役に立てて光栄です、吉沢社長」


俺は淡々と微笑み、ファイルを受け取った。


前世の俺なら、

こんな悪質な不正行為に加担させられれば、

罪悪感と連日の残業で

精神を病んでいただろう。

だが、今の俺にとってこれはただの

「効率的な集金システム」に過ぎない。


リスクと悪名はすべて

「吉沢美幸」という看板に背負わせる。


俺はその裏で、

安全圏から糸を引いて

莫大な「特別手当」を懐に入れるだけだ。


「……ねえ、秘書課長」


ふと、美幸が万年筆を置き、

肘を突いて俺を見上げてきた。


その瞳の奥に、密やかな熱がチラリと覗く。


「あなた、本当は私を警察に売って、

一瞬で

地獄に叩き落とすこともできるのよね?」


「何をおっしゃいますか、社長。

そのような滅相もない」


「嘘をお言いなさい。

……でもね、あなたがそうしないのは、

私をこうして『悪の矢表』に立たせて、

自分だけが甘い蜜を吸うのが

一番気持ちいいからでしょう?」


美幸は酷く艶やかな、

そして酷く歪んだ笑みを浮かべた。


「私をビジネスの道具にして、

夜はペットみたいに調教する……。

ふふ、あなたって本当に、私以上の悪党ね」


「……滅相もございません」


俺は静かにメガネの位置を直し、

口角をわずかに上げた。


「私はただ、過労死の危険もない、

快適で平和な『ヒュッゲ』な

会社員生活を愛しているだけの、

一人の平凡な社員でございます」


「くすっ……そういう白々しいところが、

たまらなくゾクゾクするわ」


美幸は満足そうに息を吐き、

背もたれに深く体を預けた。


悪徳女社長と、

それを裏で飼い慣らすドSな秘書。


壊れた二人の共犯関係は、

偽装された巨大なビルメント事業とともに、

どこまでも肥大化していく。


「さて、社長。

本日午後は直帰させていただき、

港区の自邸で次の案件の試算を行います。

経費でのタクシー手配と、

特別手当の振込処理をお願いいたします」


「ええ、分かったわ。

……今夜も、

楽しみにしているわね、ご主人様」


「ご自重ください、

吉沢社長。ここは会社です」


俺は深々と頭を下げ、

静かに社長室のドアを閉めた。


午後の心地よい日差しが差し込む廊下を

歩きながら、

俺は次の晩酌に合わせるワインの銘柄を

考えていた。


©2026 [風風風]. All rights reserved.

「──吉沢社長。

ちょっとよろしいでしょうか」


午後二時。

俺が港区のタワーマンションで

昼下がりから熟成チーズとワインを

楽しもうとしていた矢先、

またしてもスマホが鳴った。


画面に表示された美幸の声は、

前回の週刊誌記者の時とは

明らかに質の違う

「本物の焦燥」を帯びていた。


来週の木曜日、18:20 に、

第7話を投稿します。

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