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200Ⅹ年3月25日。海上自衛隊入隊。

金髪で顔面や舌にピアスを開けていたような華奢な男(作者)が22歳で海上自衛隊に入隊しシゴキを受けて成長を噛みしめる実話です。当時のメモや連絡ノート、アルバムを見ながら班長達(教官のこと)によるシゴキの風景を思い出して書く作業であります。今では考えられないようなパワーハラスメント満載ですが、当時を否定するつもりは全くありませんし、事実からぶれないように書きたいと思います。なお登場する人物の名前に関しては私も含めて仮名とさせていただいております。

 覚悟を決めて荷物をまとめた。 


 「行ってきます!」


 両親に挨拶を交わし、自宅から同い年の幼馴染に駅まで送ってもらう。社会人生活のスタートだ。


自衛隊○○地方協力本部(当時は○○地連と呼ばれていた)に赴き、現役自衛官の車に連れられて舞鶴まで私も含めて4人の新隊員と共に旅立った。


京都の山岳地帯を抜けると日本海を背に京都北部は雪が降っていた。昼前には舞鶴教育隊に到着していたと思う。


天気は雲が覆っており雪が風に揺られて静寂にちらつく。


案内された営舎(自衛隊の勤務する建物)の宿泊部屋で同じ部屋(一部屋に6人)の同期と対面する。

送迎してくれた現職自衛官たちはそそくさと帰路についた。(そもそも早く帰りたさそうだった)


みんなこの日のために短髪にしてきたであろう(ほとんど坊主頭で私も9mmほどのバリカンを入れた坊主頭だった。)、そこから垣間見えるのは18歳から26歳までのフレッシュであるもぎこちない面々であり、緊張がなかなか溶けてないようだった。みんな厳しい生活なのは知っているからドキドキ感がなかなか治まらない印象を受ける。


怖い顔をしているも静かな班長(いわゆる教官)達が不気味な営舎を支配していたが特段何も言ってこない。


さらに言うとスキンヘッドの見た目が完全にやくざ若しくは悪役プロレスラーみたいな松田班長が、やたらと私を含めて新隊員を睨みつけてくるが何も言葉を発しない。


それがやたらと怖い、怖すぎる。

(結果的に3番目に恐ろしい班長だった)


で入隊初日の生活はというとほとんど何もしない。


営舎の端っこにある喫煙スペースで自由にタバコを吸っていいし自販機でジュースを買って飲むのも自由。携帯電話も使えた(当時はガラケー)。


自衛隊で必要な被覆の受領以外は待機しか指示されていないので同部屋の同期と雑談し時を過ごす。


 で、時間がゆっくりと流れて翌日の夕方だったと思う。


夕食後に別室の大部屋で何やら書かされる。


宣誓書のサインだ。


どんな内容だったか詳細には覚えてないが、海上自衛官として使命を自覚し職務に全力を尽くす!みたいな内容が続いていたと思う。


で、サインしてまた別室の大部屋に移動。その時に眉間にしわを寄せた最古参の班長岡島から放たれた言葉にみな一応に衝撃を受けたはずだ。


「ここにいるお前らは全員さっきの宣誓書にサインしたなぁ⁉」


一気に緊張が走り重い空気が部屋を支配した。みんな返事を返せずに黙っている。


「あぁ?サインしたよなお前ら?あああぁ!!!」


怒り口調に変わったとことで新隊員達が「はいっ!!」と返事する。


「声が小っせーわ、サインしたやろが、あぁ!?」


「はいっ!!!!」


さっきの3倍ほどの声量でみんな返事を返す。

もう班長達のスイッチは完全に押されたようだ。


「で、お前らの見た目から指導していくから廊下に並べ!早うせぇーー」

班長の発する声はやたらと大きい。威圧感を出すためというのは理解している。


その後各班ごとに廊下に並べさせられた。


私は1班だった。


自衛隊入隊より少し前に坊主頭にしたばっかりであった。であるのに…


「はいお前散髪!」

という言葉で始まり、岡島班長により3人に1人のペースで頭を平手で叩かれていく。


「パシッ!パシッ!」という空気に切れ目入れるような音が廊下に鳴り響いていった。


そして私の頭も叩かれた。


「パシっ!!」


綺麗な音が鳴る。

(うそーん!!俺も?坊主頭にしてきたのに)


どうやら短さがたりなかったようだ。とほほ…



 宿泊部屋に戻る前にベッドメイクの指導が行われる。見本を見せてもらったのだが完全にホテルの部屋そのものの綺麗さだった。

ベッドの角端のシーツの折り目の角度とか一応に決められている。

手順等教わるのだが、なかなか自身でやってみないと理解できない。


後にわかったことだが、ベッドメイクやアイロン、掃除(海上自衛隊は甲板掃除と呼称する)は陸上や航空自衛隊に比べて更に厳しいらしい。指導というより躾と称される。


で、みんな自室に戻ってきた後、当然ベッドメイクに大苦戦する。そりゃそうだ。ほとんどの人間がやってこなかったとであろう。結局見様見真似でやるが、班長たちからの合格点がでない!22時の消灯に近づいてから誰一人合格点が出ずに1班班長である高山班長の鶴の一声が届いた。


「今日はもう勘弁しといたるけど、お前らこんなん全然やからな!明日からはもっとテキパキしてはよベッドメイクせぇー」


ベッドメイクに緊張の汗をかくことなんてまあないだろうと思う。初日とうって変わって地獄の始まりという教育隊生活の扉が開けられたという心境だった。


いざ就寝…。



 舞鶴教育隊の敷地内は非常に広く東京ドーム何個分だろうという印象だ。移動がみんな駆け足であり、3歩以上は駆け足が鉄則であった。歩いているの見つかったら容赦なく罰則が待っている。


で、ただっ広い敷地内には散髪屋さんもある。(現在あるのかどうかは知らない)


当時80歳オーバーぐらい?の元大日本帝国の陸か海かは忘れたが、軍人だったらいしいおじいちゃんが店を切り盛りしていた。


その散髪屋で翌日に順番を待ち髪を切った。いや、刈った。


見た目など最早気にしない。5厘刈りのザ・丸坊主だ。


みんな5厘刈りを選択していたと思う。


だって頻繁に切りに行きたくないもの。


丸坊主集団というような18歳から26歳までの若者達は、4か月ちょっとここ舞鶴教育隊で過ごしていく。

ただ、本当の地獄というのは全然始まっていなかったのだ。


それが心の底で理解できるのはまだもうちょいあとの話である。



続く…



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