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ジャノメ食堂へようこそ!

 それから一週間が過ぎた。

 朝焼けの中、今日もアケは、草原に寝そべるアズキの背を借りてご飯を作っている。

 アケは、鼻歌混じりにオモチが獲ってきた岩魚を皮がパリッとするまで焼き、根菜の味噌汁を作り、ゆっくりふっくらとご飯を炊く。

 そしてまな板の上に二日前に付けた瓜を置くと刀の包丁で丁寧に切っていく。

 ウグイスは、くさーいっと言って怒るが食べればきっと病みつきになるだろう。

 アケは、漬物の美味しさに驚くウグイスの姿を想像してにんまりと口元を綻ばせて刀の包丁で切っていく。

 草を踏み締める音がする。

 アケは、焼けた岩魚を皿に移して、ゆっくりと振り返る。

「おはようございます。おツキ様」

 アケは、蛍色の目を柔らかく細めて言う。

「……おはよう」

 長い黒髪に野生味のある顔立ちに黄金の双眸を持った青年、ツキが威厳のある声で言う。

「今日は朝早くお越しくださり、ありがとうございます」

 アケは、深々と頭を下げる。

「其方が来いと言ったのだろう」

 ツキは、呆れた声で肩を竦める。

 昨日の晩、いつものようにみんなで集まって草原で食事をしているとアケがツキの前に近寄って言ったのだ。

"準備ができましたので、明日の朝、食堂にお越し下さい"

 ツキは、驚いたように黄金の双眸を見開き、同意した。

「朝ご飯の準備が出来ましたら行きますので中でお待ちください」

 そう言うとアケは、アズキに向かい合い、調理を再開する。

 アズキがうっすらと目を開け、ツキに「早く食堂に行け」と訴える。

 生意気な臣下に肩を竦めながらも青いとんがり屋根の小さな食堂に向かうと五歳くらいの可愛らしいメイド服の美少女、座敷童子(シルキー)が優雅に扉を開いて出迎える。

「お待ちしておりました。王」

 そう言って優雅に微笑み食堂に迎える。

 室内は見事に食堂の形を取り戻していた。いや、むしろ前よりも綺麗に整備され、造りもお洒落になってる気がする。

「お嬢様が要望を出してくださるようになりまして……」

 座敷童子(シルキー)は、嬉しそうに微笑む。

「建て直し甲斐がありますわ」

 そう言って木の椅子を引く。

 ツキは、静かに腰を下ろす。

「お嬢様との時間……ゆっくりお楽しみください」

 座敷童子(シルキー)は、耳元で楽しそうに囁く。

 ツキが黄金の双眸で睨むと「怖い怖い」と言いながら煙のように姿を消す。

 それから暫くしてアケが食堂の中に入ってくる。

 

「ジャノメ食堂へようこそ」

 

 アケは、背筋を伸ばし、品よくお腹の前に手を置いて頭を下げる。

「店主のアケでございます」

 アケは、柔らかく微笑む。

「本日はゆっくりとお楽しみください」

 ツキは、黄金の双眸を柔らかく細める。

食堂(ここ)(ジャノメ)を譲ったか」

「はいっ。ここ(食堂)が全ての始まりで……ここ(猫の額)が私を救ってくれたので……残したいと思いました」

 そう言ってアケは、口元を綻ばせる。

「そうか」

 ツキは、黄金の双眸を細める。

 アケは、食堂の奥に設置された小さな厨房に入るとお盆に何かを載せてやって来る。

 持ってきたのは青い陶器のカップと呼ばれるものと逆三角形の白い陶器の器、真鍮で出来た黒い筒に取っ手のようなものが付いたもの、口の細い筒と同じ真鍮のやかん、そして黒い豆がたっぷり詰まった大きな瓶だ。

座敷童子(シルキー)に用意して貰いました」

 アケは、嬉しそうに言う。

 ツキの脳裏に自慢げに胸を張る座敷童子(シルキー)の姿が浮かぶ。

「これで……おツキ様の願いが叶えられます」

 アケは、黒い豆の入った瓶の蓋を上げる。

 甘く.深い、果物のような香りがツキの鼻腔に入り込む。

 ツキは、黄金の双眸を大きく見開き、思わず腰を上げそうになる。

「これは小鬼(ゴブリン)三兄妹が摘んで来てくれた赤い実を調理したものです」

 皆で咖哩(カリー)を食べた次の日、小鬼(ゴブリン)三兄妹は、オモチと一緒に赤い実を大量に収穫してきてくれた。

 全員が口元を真っ赤に汚していたのは言うまでもない。

「赤い実の部分をウグイスの水で撹拌して綺麗にはぎ落としてアズキの炎で丁寧に炒めました」

 ウグイスの作った水の渦が赤い実の肉を丁寧に洗い落とし、乾燥させてからアズキの炎で丁寧に炒めて(ロースト)するとツキの食していた黒い豆に変わっていった。

「これを粉にしていきます」

 アケは、取手の付いた真鍮の筒を手に取り、取っ手部分をパコンッと取ると木の匙で作った黒い豆をその中に入れて、再び蓋をし、取っ手部分を回していく。

 ガリガリガリガリッ。

 小気味の良い音が食堂の中を響き渡る。

 そして甘く深い香りも増していく。

 黄金の双眸が震え出す。

 カップの上に白い陶器を置く。

 よく見ると陶器の真ん中は円錐の穴が開き。底が空いてる。

 アケは、円錐の穴に袋状の紙を入れる。

「それは?」

「濾紙です」

 アケは、真鍮の筒の蓋を開く。

 香りがさらに増す。

「オモチに木から生成して作ってもらいました」

彼奴(あやつ)は今。霊扉(ゲート)が開けぬはずだが」

「元々生えてる森の木々なら問題ないそうです。座敷童子(シルキー)の力も借りてました」

 ツキの脳裏に自慢げな顔をする(一人は表情が分からない)二人が浮かぶ。

 アケは、筒を傾ける。

 黒い粉がゆっくり濾紙の中に落ちていく。

「仕上げです」

 アケは、細い口のやかんを持ち上げる。

 やかんの口から薄い湯気が立ち昇る。

 アケは、やかんを傾ける。

「少し蒸らします」

 お湯が滴るように黒い粉の落ちた濾紙の中に落ちていく。

 その瞬間、甘い香りが花開く。

 黄金の双眸が大きく震える。

「このお水……ウグイスが用意してくれたんです。自分が作れる最良の柔らかいお水だって。沸かす時もアズキが丁寧に火加減してくれました」

 アケは、再びお湯を落とす。

 静かに。ゆっくりと、優しい渦を描きながらゆっくりとお湯を落としていく。

 濾紙の先端から黒い雫が涙のように落ちる。

 しかし、それは悲しみの涙ではない。

 不思議な期待と高揚感を呼び起こす喜びの涙。

 黒い雫がカップを満たす。

 アケは、カップの上に乗った器を避け、黒い雫に満たされたカップをツキの前に置く。

「どうぞご賞味ください」

 アケは、柔らかく微笑み頭を下げる。

 ツキは、黄金の双眸でじっと黒い雫の満たされたカップを見る。

 双眸が……唇が震えている。

「……いただきます」

 ツキは、右手を伸ばしてカップの手持ちを持つとそっと持ち上げる。

 甘く深い香りが琴線を擽る。

 口が、舌が目の前の黒い雫を求める。

 ツキは、そっとカップに口を付ける。

 刹那。

 黄金の双眸から涙が一筋落ちる。

 アケは、驚いて蛇の目と蛍色の目を見開く。

「美味い……」

 ツキの口から深い声が漏れる。

 ツキは、ゆっくりと、しかし大切に黒い雫を飲んでいく。

 記憶が蘇る。

 遥か昔の記憶。

 人と人ならざるものが手を取り合い、支え合っていた時代……テーブルを囲み語り合ってコレを飲んでいた時を……。


 王……。


 こちらをお飲みください……。


 どうかこれからも皆を導き、支えてください。


 王……。


 王……。


 王……。


「おツキ様?」

 アケがキョトンとした顔でツキの顔を覗き込む。

 ツキは、はっと黄金の双眸を見開く。

「我は……」

「何かぼおっとどこかを見つめてました……」

「そうか……」

 ツキは、少し恥ずかしそうにカップを置く。

「すまぬが……もう一杯もらえないか?」

「はいっ」

 アケは、カップを受け取り、厨房でカップを洗うともう一度準備を始める。

「それはな……珈琲(コーヒー)と言う」

珈琲(コーヒー)……ですか?」

 アケは、黒い豆を真鍮の筒に入れる。

「かつて……我が人の国の王をしていた時、彼らが淹れてくれた」

 アケは、何も言わず取っ手を回して黒い豆を削る。

 ガリガリガリガリ。

「我らと……人は共に手を取り合っていた。悠久の平和を願い共に暮らした」

 アケは、筒の蓋を開ける。

「しかし……その時間は長く続かなかった」

 ツキは、黄金の双眸を閉じる。

「我は……彼らを守れなかった」

 ツキの脳裏に大切だった人達の悲鳴が響く。


 王……。


 王……。


 王……。


 ツキは、ぎゅっと右手を握りしめる。

「我が……死ねば良かったのだ」

 アケは、濾紙を入れた器に黒い粉を入れる。

「だが、我は生き残った。命あった民を引き連れて猫の額に逃げ延び、再び王などと呼ばれ生き恥を晒している」

 アケは、お湯をゆっくりと落として渦を巻く。

「豆は臣下の一人が持ってきた。これは民から王のへの感謝の気持ちだから……と。しかし、精製の仕方も分からぬままただ味気なく齧ることしか出来なかった」

 アケは、ゆっくりゆっくりお湯を落とし、渦を描く。

「豆を齧る度に思い出す。民達の悲鳴を。齧る度に後悔する。自分が生き残ってしまったことを。齧る度に思い至る。また、民と……みんなと美味い珈琲(コーヒー)を飲みたい……と」

 ツキは、自虐っぽく笑う。

「無様であろう?」

 ツキは、黄金の双眸をアケに向ける。

 アケは、やかんをそっとテーブルに置き、器を取ると、そっと珈琲(コーヒー)を淹れたカップをツキの前に置く。

「何も言わぬのか?」

「お客様が話している時に口を挟むのは礼儀に反するので」

 アケは、小さく頭を下げる。

「そうか……」

 ツキは、湯気昇る珈琲(コーヒー)に視線を落とし、アケを見る。

「では……ここからは妻として聞きたい。我は無様か?」

「そんな訳がございません!」

 アケは、大声ではっきりと言う。

「貴方様は私をお救いくださいました。辛く、苦しい、陰鬱な世界に閉じ込められた私を救ってくださった貴方が無様な訳がございません!」

 アケは、蛇の目と、蛍色の目で強くツキを見る。

「貴方様の民もきっと貴方に感謝してます。貴方様が王で良かったと心から思ってます!だから……」

 アケは、無意識に身体を傾け、手を伸ばす。

「死ぬなんて言わないで……」

 アケの手がツキの頬に触れる。

「私を一人にしないで……ずっと一緒にいてください」

 アケの顔がツキの顔に迫る。

「お願い……」

 二人の唇が重なる。

 ツキは、黄金の双眸を大きく開く。

 唇が離れる。

 アケは、頬を真っ赤にして顔を反らして俯く。

 ツキは、ふっと小さく笑う。

(したた)かになったな……」

「……はいっ」

 アケは、恥ずかしそうにしながらも笑う。

ここで(猫の額)でみんなと……貴方様と生きていくと決めましたから」

 そう言って微笑むアケは今まで見たどの場面よりも美しかった。

 ツキは、黄金の双眸を双眸を震わせ、柔らかく細める。

 珈琲(コーヒー)のカップを優雅に持ち、ゆっくりと、一気に飲み干す。

「美味い……」

 ツキは、息と共に声を漏らし、カップを置く。

「ご馳走様でした」

「お粗末様でした」

 アケは、ゆっくりと頭を下げる。

「アケ」

 ツキは、威厳ある、しかしどこまでも優しい口調でアケの名を呼ぶ。

 アケは、顔を上げ……驚く。

「お前と出会えて良かった」

 そう言ったツキの顔は夜空の月のように優しい笑みが浮かんでいた。

「はいっ」

 アケもまたお日様のように温かく、美しい笑みを浮かべる。

「私も……貴方様に出会えて良かったです」

 二つの笑みが交差する。

 珈琲(コーヒー)の甘い香りが二人を包み込む。

 二人の顔が日食のように寄り添い合い、再び唇が重ねられる……。

 その時だ。

「アーケェェェ!」

 明るく、元気で可愛らしい声共に扉がばあんっと開く。

「お腹空いたよー!アケェ!ご飯!」

 天真爛漫な左緑翼腕の少女、ウグイスが楽しそうに叫ぶ。

 アケとウグイスは、同じ極の磁石のように弾かれ、違う方向を向く。

「ごめん……アケ……王……止めきれなかった」

 ウグイスの足元で赤い目の小さな白兎……オモチが表情こそ変わらないが申し訳なさそうに鼻を動かす。

 その後ろでアズキもはあっとため息を吐き、いつの間にか姿を現した座敷童子(シルキー)もこの馬鹿!と言わんばかりにウグイスを睨む。

「あれ?王もいたの?」

 ウグイスは、嬉しそうにツキを見て、カップを見て、気まずそうにしている二人を見る。

「なんかあったの?」

 ウグイスは、首を傾げる。

「い……いえっなにも……」

 言葉とは裏腹にアケはヨソヨソしく慌てる。

 ウグイスは、半眼になってツキを睨む。

「王……なんかしたの?」

「なにも?」

 ツキは、動揺した様子を見せず、空のカップに口を付ける。

「ふうんっ」

 ウグイスは、アケの側によると左翼腕を伸ばしてがばあっとアケに抱きつく。

「ひゃあっ!」

 アケは、顔を再び真っ赤に染めて悲鳴を上げる。

「この子、私のなので手え出さないでよね」

 そう言ってツキをキッと睨む。

「素敵な殿方を探してたのではありませんの?」

 座敷童子(シルキー)が顔を顰めて言う。

「それとこれとは話しは別よ」

 そう言ってぎゅぅーっとアケを抱きしめる。

「アケはぜーったい誰にも渡さない」

「ウグイス〜」

 アケは、困ったように声を上げる。

「ねえねえ、そんなことよりもさぁ」

 オモチが鼻をヒクヒクさせながら声を上げる上げる。

「ご飯食べよう。もう我慢できないよぉ」

 オモチの小さくなったお腹から盛大に音が鳴り響く。

 その音に釣られてウグイスのお腹からもお腹の音が鳴り響き、外でアズキも盛大にお腹を鳴らしてる。

「皆、盛大だな」

 ツキは、口元を綻ばせて言う。

「食事にしようか。店主殿」

「……はい」

 アケは、小さく頷くウグイスの手から抜け出て、みんなの方を向いてお腹に両手を置く。

「ジャノメ食堂へようこそ」

 アケは、暖かな笑顔を浮かべる。

「たくさん召し上がってくださいね」

 

 ジャノメ食堂は今日も健やかに営業中。

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