第47話 王からの依頼――世界樹を救え
良い噂というものは、たいてい余計な注目まで呼び寄せるものだ。
「ケイス・アーサー子爵の領地は、必ず豊作になるらしい」
「荒れた畑に子爵が立っただけで蘇るんですって」
「枯れた泉まで湧き出したとか……」
そんな話が王都や他の貴族領にまで広まり始めると、俺宛の手紙と訪問客が急増した。
「このたびは我が娘の紹介に参りました」
「どうしても子爵様にお会いしたいと娘が申しておりまして」
「娘もぽっちゃりしておりますが、性格は温厚で料理も得意でございます」
……全員、俺の運を期待しての縁談だった。
(そういう理由での縁談は、こちらには不要です)
断り文句は「領地の復興が最優先のため」で統一し、父に全件対応してもらっている。
(いつも忙しくさせて、本当に申し訳ないです)
(父上に感謝)
***
それから約一年が経過し、俺も十六歳になった。
ケイス領の農地は完全に息を吹き返し、豊穣の大地へと生まれ変わった。
薬工房からは高品質のポーションが次々と出荷され、領地は目に見えて成長していった。
事務官と兵を、渋る父からなんとか融通してもらい、領地としての体裁がようやく整いつつある。
「これで、ようやく一息つけるか」
ぽつりと呟いた瞬間、これがフラグになったと気づくのは、もう少し後のことだった。
***
かつてフェルステッド侯爵が治めていたフェルデリア領は、事件後にいくつかに分割され、ケイスをはじめとする数人の貴族がそれぞれ統治することになっていた。
しかし、ケイス領を除く他の領地は――予想通りというより、予想を上回る惨状を呈していた。
領主たちは統治の才も意欲も持たず、ただ搾取に心を砕く。
結果、領地は荒れ、飢えた民が溢れ、ついには死者まで出る有様となった。
行き場を失った民は、必然のように俺の領地へと流れてくる。
「天恵領に行けば、飢えずに済むらしい!」
「畑に立っただけで豊作になる領主様がいるって!」
「どうかここで働かせてください。何でもします!」
「もう、ここ以外に生きていける場所がないんです……!」
必死な目をした家族連れや老人たちが、ケイス領の村に次々と辿り着く。
その対応を任せているのは、代官を務めてくれているアーネスト叔父だ。
温厚で誠実、領民からの信頼も厚い。今は家族ごとフェルシアの屋敷に住んでもらい、俺の代わりに領地を切り盛りしてくれている。
「子爵、また避難民が押し寄せています。どういたしますか」
連絡が入るたびに、俺の答えは変わらなかった。
「全員受け入れて、仕事を割り振ってください」
(一縷の希望にすがってたどり着いたひとを、見捨てるなんてできるわけがない)
当然、他領の貴族たちから苦情が殺到した。
「アーサー子爵は、たまたま肥沃な土地を与えられただけだ!」
「領民は我らの財産だぞ。それを奪うのは盗人と同じだ!」
「さっさと返せ!」
「運がいいだけのデブ子爵!」
領民を返すこと自体は難しくない。
だが戻せば、彼らは飢えて死ぬ。
そもそも面倒を見る気など毛頭ないくせに、文句だけは一人前だ。
挙げ句、自分たちの無能を棚に上げて、俺への非難を王宮に送りつけてくる。
(無視だ。無視。相手にするだけ時間の無駄)
***
ある日、レオナ王女が騎士団長グレンを引き連れて侯爵邸を訪ねてきた。
「アーサー子爵、少しお話がありますわ」
その笑顔が、妙に柔らかすぎた。
(これは……厄介事の予感がする)
思考が顔に出ていたらしく、王女はにこやかなまま言った。
「ええ、まあ……厄介事ですわ。王から"相談"という名のお願いが来ていて」
「また……ですか」
「先に良い知らせを言っておくわ。例の貴族たちからの苦情、すべてなかったことにしておいたから!」
「文書も破棄してあるわ。安心して」
(それ、特別の計らいではなく、当然の処置だと思いますけど)
「……で、本題は?」
「申し訳ないんだけど」
レオナはにっこりと微笑んだ。
断りにくい空気を丁寧に作りながら、静かに告げた。
「王の頼みを、引き受けてほしいの」
やっぱり来たか。
***
「内容によりますよ」
「隣国――エルフ族のエルディア王国に、"世界樹"があるのだけど……最近、元気を失っているらしくて。エルフたちも手を尽くしたけれど、どうにもならないそうよ」
「……それで?」
「『幸運の領主は、荒れ地を豊かな農地に蘇らせた。領地は天恵領と呼ばれ、領民はみな幸せだ』という噂が、国境を越えて広く伝わっているの。まあ、ケイスが頑張った成果なのだけれど」
嫌な予感が、じわじわと確信に変わっていく。
「……まさか、世界樹を……」
「そう。世界樹を元気にしてほしいという依頼が、王のもとに届いたの」
「領地のことは、たまたま運が良かっただけで……」
「もちろん断るのは自由よ? ただその場合、さっき言った苦情処理の件がね……」
言葉が途切れた。
レオナが俺の手をそっと取り、上目遣いに覗き込んでくる。
「王を、助けてあげて……?」
(この顔は、反則だ)
俺はしばらく沈黙し、それから深く長く息を吐いた。
***
「……で、エルフの国はどこにあるんです?」
「東の大森林の奥よ。護衛騎士を用意しましょうか?」
「レグニアがいますから、大丈夫です」
「レグニアが護衛なら安心ね。……私も一緒に行けば、もっと安心じゃないかしら」
じっとこちらを見つめてくる。
(その目で聞かれてもな)
「はぁ、わかりました。行きますよ。ただし、王女様は王都でお待ちください」
「え……一緒に行きましょうよ!」
後ろで騎士団長グレンが、ものすごい勢いで首を横に振っていた。
「さっと行って、さっと戻ります。待っていてください」
「最近、体が鈍っているのよね……」
「とにかく、待っていてください」
「……わかったわ」
今度はグレンが、ものすごい勢いで首を縦に振っていた。
王の依頼を引き受けてくれたことに安心したのか、レオナ王女とグレンが笑顔で去っていく。
やがて、部屋に静寂が戻った。
レグニアが壁にもたれたまま、ぽつりと言った。
「世界樹か」
「知っているの?」
「もちろんだ、その存在は世界に大きな影響を与える。世界樹が枯れれば、エルディア王国は滅ぶだろう」
「そんな! 国が滅ぶほど、すごい木なの?」
レグニアは少し間を置いてから、静かに答えた。
「そうだ。断ってはいけない話だったのだ」
「そこまで言われると、この目で何としても世界樹を見てみたい」
(なんだかワクワクしてきたな。旅の準備を急ごう)




