第101話 貴族制度廃止が、気に入らなかったらしい
戦いが終わると、次は後始末のフェーズになる。
裏切り貴族同盟に参加した貴族の当主とその一族、兵を指揮した将、騎士たちが捕縛され、続々とセラフィナ城に集められていった。
彼らをどう処分するか――。
問答無用で全員死刑というわけにはいかない。アーサー王国は法治国家だ。
一人ひとりの罪状をまとめ、審問し、法に基づいて量刑を決めていかなければならない。しかし、人数が人数だけに、膨大な作業になる。
だが今の俺には、それに割ける時間がない。
旧ヴァルド辺境伯の城の強化に、防衛体制の構築。ノルド王国への備えを急いで整えなければならない。
(申し訳ないが、父に頼むしかない)
「急いでノルド王国への備えを整えないといけません。内乱の後始末をお願いできますか」
「ケイス、お前な……」
父の声は低かった。だが顔は、どこか楽しげだった。
しばらく沈黙が続いた。
「……わかった。しかたないだろうな」
「よろしくお願いします」
(父上、本当に申し訳ない)
***
セラフィナ城の一室で、父・ロイは捕縛された上位の貴族たちの事情聴取を担当していた。
身分の高い者から順番に呼び出し、一人ひとりと向き合った。
最初に呼ばれた侯爵が、椅子に腰を下ろすなり口を開いた。
すでに覚悟を決めている顔つきだ。
「謀反を起こしたからには、処罰を免れようとは思っていない。死刑でもなんでもすればいい。だが、最後にあなたに聞いておきたいことがある」
父が静かに促す。
「どうぞ」
「なぜ、貴族制度を廃止したのだ! 我々が謀反を起こしたのは、それが理由だ。当然のことではないか」
父は表情を変えなかった。
「先を続けてください」
「貴族とは、建国の時から代々その土地を治め、民を守り、王に仕えてきた者たちだ。その権利を一方的に奪うとは、どういうことか。あなたも、アーサー王も、貴族の苦労などわからないのだろ」
「わかりますよ」
父が静かに答えた。
「私もかつては、貧しい下級貴族でしたので」
侯爵がわずかに眉を動かした。
「ならば、わかるはずだ。長年、土地を治め、民を守ってきた貴族の誇りというものが」
「わかります。だからこそ、申し上げる」
父の目が、静かに侯爵を見据えた。
「今、民を守ってきたとおっしゃいました。では伺います。あなたに守られてきた領民は、幸せでしたか」
侯爵が黙った。
「貴族制度を廃止したのは、民を幸せにするためです。アーサー王国では、能力のある者が適切な役職につき、民を守り、幸せにする。それだけのことです」
「貴族制度とは、先祖から積み上げてきた決まり事だぞ。それを一方的に壊すというのがどういうことか、わかっているのか。領民とは、貴族のために働くものだろう」
「違います」
父が静かに言った。
「貴族は、領地を豊かにし、民を幸せにした対価として、初めて税をいただける。領民は奴隷ではない。あなたはこれまでに、領民のために何をしてきましたか」
「貴族がそんなことまでする必要はない。我らは選ばれた人間だ。選ばれなかった人間が、我らのために尽くすのは当然ではないか」
「だから、貴族制度を廃止したのです」
侯爵が顔を上げた。
「誤解されているかもしれませんが、いきなり全員を追い出すわけではありません。そのように通達したはずです」
父は続けた。
「現在の領主はそのまま職務を続けられる。ただし、子弟が無条件に領主の地位を相続することはできない。国の審査を受け、領民を治める能力があると認められれば、引き継ぐことができる。それだけのことです」
侯爵の表情が、わずかに変わった。
「……確かに、そういう通達であったな」
「判断基準は一つです。領地を適切に治め、領民の生活を豊かにできるか。領民思いの者ならば、相続できます」
侯爵はしばらく黙っていた。
「そのような審査……結局、国が都合よく決めるだけではないか」
「そう思われる方が多いのは承知しています」
父は静かに続けた。
「ですが考えてみてください。賄賂の額で相続が決まるなら、それは今までと何も変わらない。アーサー王国は、そうはしません」
侯爵が何か言おうとして、口を閉じた。
「法に基づき、公正に審査する。それだけです。信じていただけるかどうかは、これからの我々が証明していくことになります」
決意を込めた言葉に、深い沈黙が落ちた。
しばらくして、父が静かに言葉を続けた。
「貴族制度の話はここまでにしましょう。もう一つ、確認しなければならないことがあります」
侯爵の目が、わずかに揺れた。
「あなたはノルド王国と手を組み、謀反を起こした。その戦いに、あなたの領民を駆り出しました」
侯爵の顔が、かすかに歪んだ。
「領民は兵として、貴族のために戦う。そういう決まりだ」
「では伺います」
父の声は、変わらず静かだった。
「その戦いは、民のための戦いでしたか。そして民を戦場に送り出したあなたは、その先頭に立ちましたか。盾となりましたか」
侯爵が黙った。
「アーサー王国は、民を守るための戦いはします。しかし、誰かの権力や特権を守るための戦いに、民を巻き込みません。それが、私たちとあなたたちの違いです」
部屋に、深い沈黙が落ちた。
***
翌日は、別の貴族の事情聴取を行った。
椅子に腰を下ろした子爵は、部屋を見渡しながら鼻を鳴らした。
「ロイ、偉くなったものだな」
父は静かに書類を手に取った。
「お久しぶりです、ドラスト子爵」
「子爵? 今はただの捕縛された貴族だがな」
子爵が、にやりと笑った。
「昔はうちの領地の隣のラゼル村の、しがない男爵だったよな。俺が呼んでやらなければ、どこの晩餐会にも呼ばれない貧乏男爵だったからな。それでも気を使って呼んでやってたんだぞ。わかってるか?」
「覚えていますよ」
ロイの表情は変わらなかった。
「おお、わかってるんだ。まあ当然だよな。晩餐会に呼んでやったのに貧乏くさい服を着てたしな。あれは笑えたぞ。息子はデブだし、見ていて哀れだった。なー、晩餐会に呼んでやってたことに、恩義は感じないのか?」
父は静かにペンを走らせ続けた。
「だからな……ロイよ……私をさっさと釈放してくれないか。世話になったのを忘れてないだろ? こんな審問なんて、時間の無駄じゃないか。どうせ全員釈放するんだろ? みんなそう言ってるぞ」
「罪状の確認は無駄ではありません」
「大げさなことを言うなよ。ノルド王国と少し話をしただけだろうが。それの何が悪い」
「謀反の共謀です」
「謀反とは大げさな。あのデブ王が貴族制度を廃止するから悪いのだ。文句があって当然じゃないか。それにな、昔から貴族の処罰なんてのは、なあなあでやってきたろ。いくら出せばいいんだ?」
父は書類から目を上げた。
「続けてください」
「続けてって……釈放してくれればそれで終わりだろう。なあ、ロイ。昔からの付き合いじゃないか。うちの娘を、お前の息子に嫁にやってもいいぞ。どうだ、悪い話じゃないだろう」
父がペンを置いた。
「ドラスト子爵」
「なんだ」
「息子にはすでに四人の妻がおります」
「な……四人?!」
「王女が三人と、総督の娘が一人です」
ドラスト子爵が、しばらく言葉を失った。
「だ、だからなんだ」
「それと」
父が静かに続けた。
「息子を"デブ"と呼ばれましたが、その息子はアーサー王国の国王です。不敬罪も罪状に加えさせていただきます」
ドラスト子爵の顔が、みるみる赤くなった。
「ぐ……」
「罪状の確認に戻ります。ノルド王国との接触について、詳しく教えてください」
その後もしばらく、ドラスト子爵の口は止まらなかった。
釈放を求め、縁談を持ちかけ、昔の付き合いを持ち出し、泣き落としまで試みた。
父は一度も表情を変えることなく、すべてを書類に記録し続けた。
部屋を出るとき、子爵の背中はすっかり小さくなっていた。




