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それぞれの想い

 夜の帳がカルゼオンの街を包み込み、冒険者たちの喧騒がピークを迎える時間帯。

 宿屋『踊る麦亭』の一階食堂の隅にある指定席で、いつもの四人は夕食のテーブルを囲んでいた。

 今日の食卓の空気は、これまでになく奇妙で、カオスな様相を呈していた。


「んんっ! このシチュー、お肉がホロホロで美味しいですね!」


 イザヨイが目を輝かせてシチューを頬張る。

 その銀髪が揺れるたび、正面に座るボルグの肩がビクッと跳ねた。


「お、おう……! そ、そうだな! いっぱい食えよイザヨイ!」


 ボルグはガチガチに強張った笑顔で相槌を打ちながらも、視線はイザヨイの顔と自身の皿を激しく往復している。

 昨夜の「手乗せ全肯定」の余韻から抜け出せていない彼は、もはやイザヨイを直視するだけで心臓が破裂しそうになっていたのだ。


 そしてその横に座るシエルもまた、明らかにおかしかった。


「……イザヨイちゃん、お水、注ぎ足そうか? あと、口元にソースついてるわよ……ふふっ」


 シエルはいつもなら世話焼きのお姉さんといった態度なのだが、今はどこか頬を上気させ、妙に甘ったるい、潤んだ瞳でイザヨイを見つめながら、甲斐甲斐しく世話を焼いているのだ。


 シエルの脳裏には、昼間に路地裏でチンピラから自分を救い出してくれた、あのイザヨイの低くドスを効かせた声と、圧倒的な力強さ(イケメンムーブ)が焼き付いて離れない。


(だ、ダメよ私……! 私はボルグとイザヨイちゃんの恋を応援するキューピッドだったはずなのに……! でもあの時のイザヨイちゃん、本当にカッコよかった……どうしよう、同性なのに私……禁断の扉を開いちゃいそう……ッ!)


 恋のキューピッドから一転、ガチ恋勢の沼に片足を突っ込んでしまったシエルの胸中は、大パニックに陥っていた。


 そんなボルグの異常なソワソワ感と、シエルの熱を帯びた怪しい視線。

 その二つの矢印が、全て一人イザヨイに向かっているこの異様な光景に。


「…………」


 唯一の常識人(?)であり、この恋愛カオスの蚊帳の外に置かれたクローザーは、ただ一人、前髪の奥で眉間を深く揉みほぐしながら、静かに困惑していた。


(何なんだ、この空気は……。ボルグがイザヨイを意識しているのは分かっていたが……なぜシエルまであんな熱っぽい視線をイザヨイに送っているのだ……?)


 クローザーの鋭い洞察力をもってしても、昼間にシエルが『ギャップ萌え』の直撃を食らったことなど想像がつくはずもない。


(もしかして……シエルは、ボルグの恋心を察知して、イザヨイとの間を取り持とうと過剰に世話を焼いているのか? いや、それにしてはあの目は……まるで恋する乙女そのものじゃないか。……理解不能だ)


 クローザーは酒を飲みながら、カオスと化したパーティの人間関係に、深い頭痛を覚えるのだった。


 当のイザヨイはといえば……


(なんか今日、シエルさんめっちゃ優しいな! ボルグさんも相変わらずソワソワしてるけど、機嫌は良さそうだし。みんな仲良くて最高のパーティだぜ!)


 中身が鈍感なゲーマーである彼女(彼)は、自分が発した無自覚な「惚れさせフラグ」の数々に全く気付くことなく、ただ純粋に美味いシチューを堪能し続けるのであった。

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