安めの依頼
翌朝。
カルゼオンの冒険者ギルドは、今日も依頼を求める冒険者たちの喧騒と熱気に満ちていた。
昨日、領主館からの極秘クエストを無事に終え、仲間たちとの祝宴を楽しんだイザヨイは、いつもの冒険者用の姿に戻り、ボルグたちと共にギルドの依頼掲示板の前に立っていた。
「よし、今日からまた俺たちで稼ぎに出るぞ! イザヨイがいない間、俺たちだけで近場のゴブリンとかをちまちま狩ってたが、やっぱり物足りねぇからな!」
ボルグが腕を捲り上げ、鼻息を荒くして依頼書を物色し始める。
イザヨイもその後ろからひょっこりと顔を出し、羊皮紙の束に目を走らせた。
グリフォン、ワイバーンとAランク級の化け物ばかり相手にしていたため、普通の討伐依頼がとても平和に(そして退屈に)見える。
「そうですね。私も街の周りの地理をもっと知りたいですし。ちょうどいい依頼、ありますか?」
「んー……。報酬がいいのは、遠方の護衛任務か、Bランクのオーガ討伐だな。だが、オーガは森の奥深くだ。またイザヨイに大魔法をぶっ放してもらうのも悪いしな」
ボルグが唸っていると、端の方で黙々と依頼書をめくっていたクローザーが、一枚の羊皮紙を剥ぎ取り、ポンと掲示板を叩いた。
「……これにする」
三人の視線が、クローザーの持つ依頼書に集まる。
そこには、毒々しい紫色の鱗を持ったトカゲの絵と、『ポイズンリザード討伐依頼』の文字が書かれていた。
推奨ランクはC。報酬は……
「……銀貨2枚、か」
ボルグが眉をひそめて、少し渋い顔をした。
「おい、クローザー。ポイズンリザードの討伐は確かに俺たちでも余裕だが……報酬が安すぎねぇか? これじゃあ、四人で『大衆大浴場』に行ったら、それだけで二枚吹っ飛んじまうぞ」
ボルグの言う通りだ。
Cランクの魔物とはいえ、他の同ランク帯の依頼と比べても若干割に合わない金額設定である。
イザヨイのゲーマー知識を照らし合わせても、ポイズンリザードは「口から毒の霧を吐く以外は、動きも遅いし硬くもない、ただの雑魚モブ」という認識だ。
特に美味しいドロップアイテム(レア素材)があるわけでもない。
「ええ……確かにちょっと安いわね。イザヨイちゃんがいるんだし、もっと上のランクでも安全に狩れるのに」
シエルも不思議そうに首を傾げる。
だが、クローザーは依頼書を握りしめたまま、前髪の奥の鋭い瞳でボルグを真っ直ぐに見つめ返した。
「分かっている。だが……俺は、どうしてもこれがいい」
「……」
その静かだが、絶対に譲らないという強い意志を感じる声。
ボルグは数秒間クローザーと視線を交わし、やがて何かを察したように豪快に後頭部を掻きむしった。
「あー……そういうことかよ。……まあ、いいさ。お前がそこまで言うなら、今日はこの依頼で行くか」
「え? いいの、ボルグ?」
「お前もクローザーの武器を見てみろよ。……あいつ、しばらく『アレ』の補充をしてねぇからな」
「あっ……!」
シエルがハッとしてクローザーの背中の矢筒を見て、小さく手を叩いた。
「そうだったわね。……うふふ、仕方ないわ。クローザーがどうしてもって言うなら、今日はお付き合いしましょう」
「……感謝する」
クローザーが短く礼を言い、受付へと歩き出す。
そのやり取りを真横で見ていたイザヨイは、頭の上に大きなクエスチョンマークを浮かべていた。
(えっ? 何? 今のアイコンタクト的なやり取りは何? なんで全員納得してんの?)
ボルグとシエルは明らかにクローザーの真意を理解し、それに賛同したようだ。
しかし、中身はソロプレイ特化型ゲーマーであるイザヨイには、彼らのパーティ内の暗黙の了解(あるいは気遣い)が全く読み取れなかった。
(クローザーさんは弓使いだから、矢の補充なのか? でも、ポイズンリザードから矢なんてドロップしたっけ……?)
イザヨイが脳内の攻略Wikiをフル回転させて検索しても、ポイズンリザードを狩る明確なメリットが見つからない。
(まあ、いっか。俺としては今日は後方でのんびり見学できるならありがたいし)
結局のところ、イザヨイにとってCランクの魔物など、道端の石ころと変わらない。
どうしてクローザーがこの依頼に固執したのかは不明だが、あえて空気を読んで口を挟まないことにした。
「異世界でのパーティプレイ」という新鮮な状況に身を任せるのも、悪くないと思ったからだ。
「よし、じゃあ準備ができたら出発だ! 目的地は東の湿地帯だぞ!」
「はい!」
イザヨイは元気に返事をし、クローザーの背中を追いかけた。
(俺には全く無関係なんだろうけど……まあ、クローザーさんの戦い方でもじっくり見せてもらおうかな)
過保護な戦士と、母性溢れる僧侶、そして何かを秘めた弓使い。
四人の冒険者は、朝霧の残るカルゼオンの門を抜け、東の湿地帯へと歩を進めるのだった。




