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至福の時

 夜のカルゼオンの街は、昼間の喧騒とは違う、酒場から漏れるオレンジ色の灯りと賑やかな笑い声に包まれていた。

 イザヨイは鼻歌交じりに石畳を歩き、『大衆大浴場』の暖簾をくぐった。


「こんばんはー。一人です」


 番台のおばちゃんに代金を払い、今度は間違えずに赤い暖簾――女湯へと足を踏み入れる。

 脱衣所は今日も空いており、先客は二人だけ。

 イザヨイは隅の籠を確保すると、手早くチュニックとパンツを脱ぎ捨て、タオルで胸と下腹部を前掛けのように隠しながら浴場への扉を開けた。


「ふぁぁ……あったかーい……」


 もうもうと立ち込める湯気の中、石造りの広い浴槽にそっと足を入れる。

 熱すぎずぬるすぎない、絶妙な温度のお湯が足先からじんわりと冷えを奪っていく。

 イザヨイは肩までお湯に浸かると、ふうっと深いため息を吐いて目を閉じた。


(最高だ……。異世界に来て一番の幸せかもしれない)


 湯船の縁に頭を乗せ、全身の力を抜く。

 お湯の浮力によって、あの重かった双丘がふわりと持ち上がり、肩への負担が嘘のように消え去る。


(あー、おっぱい浮いてる浮いてる。このぷかぷか感、結構楽しいんだよなぁ)


 イザヨイは、こっそりとお湯の中を漂う自分の双丘(おっぱい)を両手で軽く突いて遊んでいた。

 ぷにん、と跳ね返る極上の弾力。

 男の身体だった頃には絶対になかった、自己完結型の娯楽である。

 中身の男としての理性が、少しずつ美少女としての肉体に馴染んで(あるいは狂わされて)きている証拠かもしれない。


 しばらくお湯の感触を楽しんでいると、ふと、洗い場の方から賑やかな声が聞こえてきた。


「ねえねえ、聞いた? 王都から帰ってきたっていう領主様の息子さん」

「聞いたわよ! アンドリュー様でしょ? すっごいハンサムで、金髪がキラキラしてて、おまけに騎士団の副団長だって!」


 声の主は、どうやら街の若い女性二人組だった。

 湯気越しに、彼女たちがキャッキャと恋バナ(?)に花を咲かせているのが見える。

 イザヨイは湯船の端に身を潜め、聞き耳を立てた。


「あの白馬に乗ってる姿、本当に王子様みたいだったわよねぇ。はぁ、あんな方に一度でいいからエスコートされてみたいわ」

「でも、アンドリュー様ってすっごく真面目で堅物らしいわよ? 女の影が全くないって、お城で働いてる私の姉さんが言ってたし」


(へえー、あのイケメン騎士、街でも大人気なんだな。まあ、あれだけ絵に描いたような騎士様なら当然か)


 女性たちの雑談は続く。


「そういえば、そのアンドリュー様が、すごい美人の冒険者を領主の館に呼んだって噂、知ってる?」

「えっ、嘘!? あの堅物のアンドリュー様が女の人を!?」


 ピクッ


 自分の話題が出たことに、イザヨイの耳が跳ね上がった。


「そうよ。しかもその冒険者、すごい豪華な星みたいなドレスを着てたらしいわ。きっと王都かどっかからのお忍びのお姫様に違いないって、街の人が噂してたの」

「まあ……! じゃあ、アンドリュー様と、身分違いの恋……!?」


(お忍びのお姫様……。星みたいなドレス……。あはははは! 完全に俺のことじゃん!)


 噂というものは、どこでも尾ひれがつくものらしい。

 ただワイバーン討伐の依頼テストを受けただけだというのに、彼女たちの口にかかれば、ロマンチックな恋愛ファンタジーにすり替わっている。


(しかも、身分違いの恋って……中身は男のゲーマーなんですけどね。夢を壊して悪いけど)


 イザヨイはお湯の中で肩をすくめ、彼女たちの想像力の豊かさに呆れつつも、妙な居心地の悪さを感じていた。

 これ以上聞いていたら、変な笑い声が出てしまいそうだ。


「ふぅ。そろそろ上がるか」


 イザヨイはザバッと立ち上がり、濡れた銀髪をかき上げた。

 その瞬間。


「「あ……」」


 恋バナに夢中になっていた女性二人組が、立ち上がったイザヨイの姿を見て、完全に言葉を失った。


 湯気を纏い、照明に白く光る滑らかな肌。

 そして、重力に従って弛緩し、水滴を滴らせる、圧倒的で暴力的なまでの双丘のボリューム。

 同性である彼女たちでさえ、一瞬で魅了され、そして絶望的な敗北感を抱かせるほどの、神がかり的なプロポーションがそこにあった。


「……す、すごい」

「信じられない……同じ女性なの……?」


 彼女たちのヒソヒソ声が、先ほどの恋バナの時よりも何倍も深刻なトーンで響いてくる。


(うわぁ、めっちゃ見られてる……。やっぱりこの体、目立ちすぎるんだよな)


 イザヨイはバスタオルで慌てて胸元を隠し、ペコリと会釈をしてから逃げるように脱衣所へと駆け込んだ。

 お風呂は最高だが、やはり「他人の視線」というものは、今のイザヨイにとって一番のストレス源だ。


「やっぱり……早くマイ風呂付きの家がほしいな……」


 着替えを済ませ、夜の涼しい風に当たりながら宿屋へと歩き出しながら、イザヨイは改めて心に固く誓った。

 究極の『揺れないおっぱいインナー』。

 そして、『誰の視線も気にせずに入れる完全プライベートなマイ風呂』。


 天才魔導士イザヨイの異世界生活への道のりは、まだまだ遠く、野望に満ち溢れているのだった。

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