09
アリアルの場合
自分の振り下ろした手がやっと相手に当たったことに満足した瞬間にその相手が殿下に入れ替わっていて心底驚いた。
どうしていいのか分からず振り下ろした手を握りしめて立ち尽くした。
「キャナル、ちょっと酷くない?」
「後から抱きつこうとするから悪いのです。逃げ場が無くなってしまって困ってしまいました」
殿下とキャナルが呑気な会話をしている。
「アリアル様、問題になる前に謝罪された方が良いのではありませんか?目撃者も多いことですし」
キャナルが指差した方に目をやると生徒が遠巻きにこちらを見ています。
ハッと気付き、殿下を叩いてしまったことを思い出した。
「殿下、申し訳ありません」
私は慌てて謝罪した。
殿下は左頬を押さえたまま、ニタリと笑ったような気がした。
「そうだね〜私は人に叩かれたのは人生初だよ」
冷や汗が背中を流れる。
「本当に申し訳ありません。決して殿下を叩こうと思った訳ではありません」
「私を叩こうと思って振り下ろしていたら、その手は無事だったかもしれないけど」
殿下の顔が怖い。
「でもね、キャナルを叩こうと思った手なら、必要ないと私は思うんだけど、アリアル嬢はどう思う?」
たかが子爵家の娘ごとき叩こうが蹴ろうがどうってことはないと私は思っている。
が、殿下の様子が怖すぎる。
「それは・・・」
空気が薄くなり、気温が下がっていく気がする。
「キャナルには構うなとお茶会の返事で伝えたつもりだったんだけど、通じなかったのかな?」
これには反論があります!子爵家ごときがっ!
「ですが!殿下の婚約者に子爵家程度の者がなるなどありえません!!」
殿下の表情はとても厳しいものに変わった。
気温がどんどん下がっていく。気のせいよね・・・?
「でもね〜、キャナルは私の婚約者だし、アリアル嬢は受けたことのない王妃教育も、もう済ませているんだよ」
人の纏う空気がここまで冷えたものが出せるのかと信じられない思いで殿下を見る。
殿下のことが恐ろしくて体がガタガタと震えました。
殿下が手を素早く動かすと私の右袖が肩から落ちました。
「ひっ・・・」
殿下の横でキャナルは素知らぬ顔をしていました。
キャナルの場合
リンゴーン、リンゴーンと授業開始の鐘が鳴りましたが誰も動こうとはしませんでした。
私は始業式に遅れるのが嫌だったのでそっと気配を消して立ち去ることに決めました。
殿下がこちらを見ましたが私はにっこり笑い、その場を少しずつ離れていきます。
「どこ行くの?」
話しかけられたなら仕方ありません。
「始業式に出席するのです」
「そう、なら行こうか」
殿下は私の手を取り講堂へ向かいました。
後にゾロゾロと一団を引き連れ歩きます。
教師の急かす言葉と指示に皆が走り出しました。
無事始業式に間に合い、学園長のありがたいお話を聞いていました。
「えー、ですので、今年から3年生だけ試験を受け、合格したら自由登校になります。試験を受けるのは自由です。試験は1週間後になります」
話し声がザワザワときこえました。
降って湧いたような話で皆驚いています。
殿下を見ると満足そうにしています。
それだけで解ってしまいました。
「殿下、学園長になにか無理を言ったのですか?」
答えはなく、にっこり顔です。
殿下に向け溜息を吐き出してあげました。
教室に戻る為に歩いていると、公爵家のミスティア様と目が合いました。
3年間、同じクラスなのですが、話したことはありません。
子爵家程度、目にも入らないということだったと思うのですが、このタイミングで目が合うのは嫌な感じです。それも私から視線が外れません。
私は視線を殿下に向けました。
「ミスティア様がじっと私を見ている気がします」
殿下が何気なさを装いながらミスティア様を捜しているようです。
「左前方です」
「あぁ、見ているな」
「今までわたくしを視野に入れたことありませんでした」
「私の婚約者が気に入らないのかな?」
笑顔で楽しそうです。
同じ思いを共有できて一安心です。
後はおまかせすれば大丈夫ですね。