第38話 アイベックス海賊団
箱はライナルトの懐に収まっている。どうにかして取り戻さなくては。
「別に、ちゃんと総合部門に出場して正々堂々と手に入れれば良かったじゃない。貴方魔族なんでしょ?魔法も使えるんだろうに、わざわざ人から盗ったりして・・・」
「私は魔法は使えても戦闘向きじゃないんだ。大体、イザークが出場するのに、彼に勝つ力なんて私には無いよ」
どうやらイザークは魔族の中でも有名人らしい。確かに、強いしブルクハルトって魔族に頼まれ事をするくらいだから、そうなのかもしれないが。
「そうだね・・・それじゃ、もし良ければこの『人魚の涙』をあげよう。君が条件を飲んでくれるならね」
「条件?何なの?」
「それはね、可愛い子犬ちゃん。君が私のステディになってくれることだよ」
「ステディって何?」
聞いたこと無い単語だけど、何となく文脈から嫌な予感はする。
聞きたくないけど嫌々聞いてみれば、やはりと言うか何と言うかな回答だった。
「ステディ・・・つまり、私のものになってくれるならってことさ、私の可愛い人」
「私のものって、恋人にでもなれって言うの!」
鳥肌がぞわぞわと立つ中、ライナルトは優雅な手つきで私の顎を手で持ち上げると視線を合わせてくる。そして魅惑的な声音で囁くのだった。
「君の全てを私におくれ、レディ」
「さては、ブルクハルトに命じられてるのね!」
「ブルクハルト様?何か言ってるのかい?」
ただの女好きかよ!
とにかく、そんなのはお断りだ。でも、わざわざそんなことを言って逃げられる訳にもいかない。
「いいわ。ステディになるから」
「それじゃ、このまま唇をいただいても?」
ライナルトは悩ましげな瞳を潤ませながら顔を近づけてきた。それは冗談じゃない!
「ちょっと!貴方紳士なんじゃないの!?いきなりチューしようだなんて贅沢言ってんじゃないわよ!」
「おや、できないのかい?つまりはこういうことだよ、君の全てをもらうんだから・・・!」
近づいてくる顔を押し退けながら、何とか距離を取ることに成功した。でも、拒否してしまったため交渉は決裂だ。
「残念だよ、ハニー。口先だけじゃなく気持ちも覚悟ができたらまた声をかけておくれ」
ライナルトはそう言うと、突如壁を蹴り登り出した。狭い路地だったため壁が近く、ちょうど左右の壁を蹴りながら簡単に屋根まで上がってしまった。
「私は戦闘は不向きでもこういうのは得意なんだ。また会おう、マイ・スウィート」
ライナルトがそうして懐から『人魚の涙』を取り出すと、屋根の上にピョコンと何かが出現した。それは、
「ヤ、ヤギ・・・」
昼間に見た仔ヤギである。仔ヤギは箱を受け取り走り出した。
「私のかわいらしい仲間は闘技大会中の観戦で手薄な時に、あの箱に仕組んでくれたんだ。果たして奪い返せるかな?」
「何を!」
とことこ走り出した方へと追いかける。いくらなんでも、足が短いので追い付けなくもなさそうだ。
何としてでも取り返す!と、意気込み門を曲がったら絶句してしまった。
「メェー」
何匹もの仔ヤギが、そこにはいたからだ。
みんな同じような顔に海賊服を着て、あっちこっちに走っていく。先ほどの箱を持った仔ヤギがどの子かなんて、もう分からない。
ライナルトの方も振り返ってみたが、彼も逃げた後だった。
「く、くっそぅ・・・」
なんたる不覚!
イザークとナイトと合流して、作戦をたてることにした。2人を何とか探し出し、私は先ほどあったことを説明する。
「だから、今はその小さいヤギのどれかが持ってるみたいなんだけど、見分けもつかない状態なの」
「魔族か・・・イザークはそのライナルトって奴のことは何か知らないの?」
「すまん。さっぱりだ」
イザークは相手のことが分からないようだ。とにかく捕まえないと逃げられてしまう。
「取るべき行動は2つだな。まず、逃走経路を塞ぐこと。それとボスを押さえることだ」
「逃走経路って言うと、海賊だし船か?」
「あんな何匹も仔ヤギ相手にしてられないもんね。とにかくまずライナルトを捕まえてどうにかさせないとか」
方針は決まった。ナイトが船を探し、私とイザークはライナルト探しだ。
町中はヤギでごった返していた。「メェーメェー」煩いので町中の人が家から怒りの表情で出てくる。誰も彼もが「うるせー!」と怒鳴っているが、相手があの可愛い仔ヤギちゃんだと分かると、途端に尻込みしていた。
「すみません。今、お尋ね者の海賊団が町にいるみたいなんです。すっごい髪の長いメチャクチャきれいな男の人、見てませんか?」
「海賊団だぁ?その兄ちゃんがそうなのか?」
大混乱の中、聞き込みもしながらライナルトを探し回った。何回か探し回っている内に、やはりあれほど外見の派手な男なので「俺見たぞ」って人が現れた。
教えてもらった場所は、なぜかあの食事処のようだった。駆けつけてみると、そこでライナルトはポリーを口説いているところだった。
「気高く美しいお嬢さん。貴女が真剣に働く姿は美しく、貴女に運ばれてきた物は水でさえ天から与えられた美酒へと変わる・・・」
「あの、私、外が煩いから出てきただけなんですけど・・・」
仕事中であろうポリーはライナルトに手を取られ、困惑しているようだった。ライナルトは構わず愛の囁きを繰り返していた。
「ライナルト!見つけたわよ!」
「おや。さすがはお嬢さん。もう見つかってしまいましたか。でも、私は持っていませんよ?あの仔ヤギを見つけてあげないと」
「必要ない」
飄々とするライナルトはムカつくが、イザークが一歩前に出た。
ライナルトはイザークには敵わないと自ら言っていたので、これで御用になるだろう。
「なるほど、私を捕まえるつもりですか。ですが、私も簡単には捕まりませんよ」
イザークの次の行動を予測したのか、ライナルトはそう笑うと、突然ボンッと言う音とともに小さな爆発を起こす。ポリーは慌てて離れてケガがない状態だが、ライナルトは煙に包まれその姿が見えなくなった。
「きゃー!?」
「え!?」
そして、煙が晴れたところにいたのはライナルトではなく仔ヤギであった。
いや、たぶんライナルトが変身した姿なのだろう。他のヤギとは違い、このヤギには長い髪が鬣のように生えていた。
「いや!魔族!?誰かー!」
ポリーが変身したライナルトに驚き悲鳴を上げる。その声で、どんどんと町の人たちが集まってきた。彼が変身する瞬間は大勢の人が見ていたため、ライナルトが魔族であることはすぐに集まる人にも伝わった。
「人を集めて攻撃をし辛くする算段か」
「それだけじゃないですよ、イザーク」
余裕の態度を見せて、ライナルトはにやりと笑うと大きく息を吸い込んだ。そして、
「みなさーん!どうも、魔族です!お初にお目に掛かります。私、アイベックス海賊団所属の魔族ですよ!」
「何?何のつもり?」
「みなさん!大変ですよ!闘技大会に出場したこの男!」
ライナルトは短い腕でイザークを示した。周りが十分注目しているのを確認すると、声高に叫んだのだった。
「無名ながらに準優勝を掻っ攫っていきましたが、それもそのはず。この男も魔族なんですよ!」




