第39話 マジックアイテム『寄生足』
ライナルトの姿に混乱していた町の人たちの空気が変わった。
こちらに棘のある視線が飛んできて、私は思わずイザークに身を寄せる。ライナルトを止めようにも、もう時すでに遅かった。
「魔族なんだから、強くっても頷けますよね。元々使える魔法だって桁違いなわけですし!大体このグリーダッドは魔族の入国を禁止しているのに!そんな不届き者が闘技大会に出場して、準優勝の商品も掻っ攫って、ついでにみなさんの賭け事も台無しにしたわけですよ!」
ライナルトが朗々と語ると、今日の賭博で損をしたのか恨みがましい表情をした男たちがこちらを取り囲みだした。私は慌てて抗議する。
「魔族なんて、どこにそんな証拠があるのよ!」
「そりゃ、魔族の私が証言しているんです。間違いないでしょう。彼が魔族だったら、その強さも頷けますよねぇ」
イザークは私の肩を守るように抱くと、「やられたな」と小さく呟いた。
周りは今日の賭け損を逆恨みした男たちが取り囲み、その包囲網を徐々に狭めるように迫ってきていた。その間にも、周りからの注目を反らしたライナルトはこそこそとその場から逃げようとしている。
「もう、あの乗船の権利って奴も、この分だと使い物にならんな」
まぁ、元々目的地に着かないものだったし。ただ、換金もできないだろうから私たちは無一文になってしまったとも言えるけれど。
「逃げるぞ。俺の首にしっかり捕まっていろ」
イザークは私にだけ聞こえる声でそう囁くと、突如けたたましい咆哮をあげた。
びりびりと空気を切り裂く獣の鳴き声に周りは怯み、その間にイザークはまたあの毒尾を持つ獅子の姿へと変身する。
周囲に驚きや恐怖の悲鳴が上がる中、イザークはライナルトの方へと飛びかかった。私は慌てて言われた通りに首に腕を回し、その体に着いていく。
逃げようとしていたライナルトだが、イザークの咆哮に身が竦んだようで固まっていた。そこに、イザークは飛びかかると首元に目がけて牙をむく。
「ぎゃー!殺さないでくださーい!」
泣き叫ぶライナルトの首を牙が食い込まない程度に銜えると、イザークはしなやかな動きで人垣を飛び越え脱出した。その凄まじい跳躍力で屋根までひと飛びで上がると、そのまま町の外へと駆けだした。
ちらりと後ろを振り返ると、呆然とこちらを見る町の人たちの姿が見えた。ポリーなんかは腰が抜けたのか座り込んでしまっている。
厄介なことになってしまったと、私は深くため息を吐いた。
***
町からある程度離れた場所でライナルトを下ろし、船の場所を尋問した。
すっかり怯えてしまった様子のライナルトは素直に場所を吐き、私たちを先導していく。逃げれば次は甘噛みでは済まないとイザークが釘を刺しているので逃げることはないだろう。
めそめそとしているライナルトは、見た目が仔ヤギの姿であるからちょっと可愛かった。慰めてあげたくなる気もするが、町にいられなくしてくれたのもライナルトなので仏心は出すまい。
「着いたぞ」
そうして、少し歩いた沿岸に海賊船は横づけられていた。
上手いこと人に見つからないよう隠していたらしく、入り江のような場所だった。
「私の可愛いアイベックスたちよ!助けてくれ!」
ライナルトは船に着いた途端、わっと涙を溢しながら中の仔ヤギたちに助けを求めた。どうやら彼らはアイベックスと言うらしい。私たちも乗船してみたのだが、しかしビックリである。
「よく来たな、マーガレット、イザークよ」
「なんでナイトが馴染んでるわけ?」
中にはアイベックスと仲良くお茶を飲むナイトの姿があった。
アイベックスたちは気の良い奴ららしく、船を探していたナイトと出会いすっかり意気投合していた。緊張感のない光景に私は思わず脱力する。
「何をしているんだ、お前たち!」
「メェー」
ライナルトが怒ってもどこ吹く風である。愉快なティーパーティに、近くのアイベックスたちは私たちも誘ってくれた。敵対するのもバカらしいので、ありがたく席に着かせてもらう。
「ライナルト、観念して『人魚の涙』を返しなさいよ」
「君たちには関係ないだろう。なぜあの人族を助けようとしているんだ」
悔し紛れの反論に、私は「だって首切りよ」と言ったら周りのアイベックスたちが意味が分かったらしく恐怖の声を上げた。
どうやらそういうのは苦手らしい。周りに向かって手刀で首を横に切るジェスチャーをして「首切られちゃうのよ」と伝えると、恐れおののきアイベックスたちはメェーメェー鳴きだした。
「そんなもの、関係ないだろう。人族のことは人族で解決してもらわなくては」
「いくらなんでも盗んでおいて無責任ね。とにかく、罪のない人族の首が飛ぶ前に、返してほしいのよ」
「メェー!」
アイベックスたちは事情を分かってくれたらしく、一匹が懐から箱を取り出した。その箱はいまだ足が生えていて、外に出た瞬間バタバタと逃げようと暴れだした。
アイベックスが箱の底から何かを取り外すと、その足は燃えカスのようになって消えてしまう。見せてもらうと、小さなICチップみたいな変な部品のようなものを取り外したようだった。
「それは私の作った魔法道具で『寄生足』ってやつだよ。その魔法道具を取り付けた無機物は生命を宿し私の元まで走ってくるように組まれている」
魔法道具ってそんなに簡単に作れるものなのか。
しかし、イザークに後から確認したところ、彼はそういうのは作れないらしい。要は戦闘向きなのか工作向きなのかっていう違いが魔族にもあるということなのだろう。
「それじゃ、その人族の一部を誰か持っていないかい?毛髪とか、爪の垢とかで構わないんだけれど」
「持ってるわけないじゃない」
「それじゃ仕方ない。最悪名前でも良い」
どうやらライナルトはヒューバートの名前を覚えていないらしい。曰く、男の名前を覚えたところで意味がないんだとか。
ライナルトはヒューバートの名前を聞くと、先ほどの足が燃え落ちた時にできた灰を指にとり床に魔方陣を描いた。その寄生足を魔方陣の中心に置くと何やら呪文を唱え始める。
「よし、できた。この寄生足の寄生先を私からヒューバートに書き換えた。これをその箱に着ければ彼のもとに走っていくだろう」
そうして『人魚の涙』はまた走り出し、トルペの方へと消えていった。何はともあれ、これでヒューバートの首が飛ぶことは免れたのである。
「さぁ、これで一件落着だな。今日は良いけれど、明日にはこの船を降りてくれたまえよ。今回の獲物を逃してしまった分、次の獲物を早く見つけないといけないからね」
やれやれといった様子のライナルトだが、そうはいかない。
「待ちなさいよ。確かにヒューバートに対する責任は果たしたけど、次は私たちよ」
「え?」
「イザークを魔族ってバラして船に乗れなくなったのはあんたのせいなんだから。責任、取ってもらうわよ」
ナイトが「元々カトライア行きで無意味だったんじゃ・・・」なんて素直に白状しそうだったたので、テーブルの下で思い切り足を踏んでおいた。




