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短編『 推しの人気声優に「結婚したい」と言い続けたら、本当に交際0日婚になった話 』


「好きです。結婚したいくらい好きです」


最初にそう伝えたのは、18歳の夏だった。


初めて参加した握手会。目の前に現れたのは、画面越しでしか見たことのなかった“推し”――人気声優のみのりさん。


時間はたった数秒。


震える声で、俺はそう言った。


みのりさんは少し驚いた顔をして、それから優しく笑ってくれた。


「ありがとう」


それだけだった。


それでも俺は、それからも握手会に通い続けた。そして会うたびに、同じ言葉を小さく伝え続けた。


「好きです。結婚したいくらい好きです」


迷惑だと思われているかもしれない。それでも、嘘はつきたくなかった。


――本気だったから。



それから2年。


俺は大学に合格した。


人生の節目くらい、少しだけわがままを言ってもいい気がした。


だから手紙を書いた。


『入学式に、もし時間があれば来てほしいです』


来るわけがない。そう思っていた。


だけど――


「……潤一郎くん?」


振り返った先にいたのは、間違いなくみのりさんだった。


一瞬、現実感が消えた。



人目を避けるように、少し離れた漫画喫茶に入った。


個室の中、向かい合って座る。


沈黙が重い。


でも、ここで逃げたら終わると思った。


「……あの、ずっと言ってきたこと、覚えてますか」


「うん。覚えてるよ」


優しく笑う彼女に、胸が締め付けられる。


「今日、本気で言います」


深く息を吸って――


「結婚してください」


言ってしまった。


もう後戻りはできない。


沈黙。


数秒が、何分にも感じる。


そして――


「……いいよ」


あまりにも自然な声だった。


「え……?」


思わず聞き返す。


「だから、いいよ。結婚」


冗談には見えなかった。


むしろ、覚悟を決めたような顔だった。


「……本当に?」


「うん。本気で言ってたんでしょ?ずっと」


言葉が出ない。


すると彼女は、少しだけ照れたように視線を逸らして言った。


「……私も、ちゃんと考えてたから」



その日、俺は彼女の家にいた。


高級マンション。場違いすぎる。


玄関に並ぶ、俺の靴と彼女の靴。


それだけで現実が重くのしかかる。


「ルール、決めよっか」


「ルール?」


「外では他人。これは絶対」


芸能人である以上、それは当然だった。


「でもね」


彼女は一歩近づいてきて――


「家ではちゃんと、夫婦でいよう?」


心臓が跳ねる。


「……はい」


それしか言えなかった。



次の日の朝。


目が覚めると、隣に彼女がいた。


寝顔。無防備すぎる距離。


夢じゃない。


そう実感した瞬間――


「……起きてる?」


「っ、はい!」


慌てて返事をする。


彼女はくすっと笑って、顔を近づけてきた。


「おはよう」


そのまま、軽く触れる唇。


一瞬だったのに、頭が真っ白になる。


「夫婦なんだから、普通でしょ?」


いたずらっぽく笑う彼女。


俺はただ、何も言えず頷くことしかできなかった。



大学では、ただの学生。


彼女は、誰もが知る人気声優。


世界は交わらない。


でも――


「おかえり」


「ただいま」


家に帰れば、そこには“妻”がいる。


信じられない日常。



数日後。


握手会に、俺はまた並んでいた。


ファンとして。


順番が来る。


彼女の前に立つ。


「……好きです」


いつもの言葉。


でも今は、意味が違う。


彼女は微かに笑って言った。


「ありがとう」


その目だけが、少しだけ優しかった。


誰にもバレない。


でも確かに、繋がっている。



夜。


ソファで隣に座る彼女。


「ねえ、潤一郎くん」


「はい」


「……あの時のプロポーズ、もう一回言って」


突然の言葉に、心臓が跳ねる。


でも逃げなかった。


「結婚してください」


真っ直ぐに伝える。


彼女は少しだけ目を細めて――


「うん。よろしくね、旦那さん」


そう言って、そっと距離を縮めた。


重なる距離。


静かな空気。


「これからも、一緒にいようね」


その言葉に、俺は頷いた。


――推しと結婚するなんて、ありえないと思っていた。


でも今、確かに隣にいる。


外では他人。


家では夫婦。


誰にも知られない、秘密の結婚生活。


それでも――


これ以上ないくらい、幸せだった。


【完】

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