番外編・知らない場所(おまけ)
ヒストリアは、セオドールの胸元をぎゅっと掴んだまま俯いていた。
涙がまだ止まらない。
「…夢の中で…、」
かすれた声だった。
「みんなが私のことを…、知らないって…」
セオドールの指が、ぴたりと止まる。
ヒストリアは続けた。
「セオドール様にも…」
胸が上下する。
「身分を弁えろって…、言われました」
ぽつりぽつりと、夢の内容がこぼれていく。
「私は姉の護衛騎士で…、誰も私を知らなくて…、」
ヒストリアの肩が震える。
「でも…っ…」
声が崩れた。
「セオドール様なら、わかってくれると思ったのに…っ…」
ヒストリアはセオドールの服に顔を埋めた。
「……」
セオドールは、何も言わなかった。
ただ黙って聞いている。
ヒストリアは最後に、小さく言った。
「…きっと、現実はこっちで、大公国で暮らしていたのが夢なんだと…」
そこまで言って、さらに顔を埋める。
「…すごく怖かったです…」
静寂が落ちる。
やがて、セオドールの手がゆっくりとヒストリアの背に回った。
そして、ぎゅっと抱き寄せる。
「馬鹿な夢だ」
低く、はっきりと言った。
ヒストリアが少し顔を上げる。
セオドールの瞳は、わずかに険しくなっていた。
「俺がお前を忘れるわけがない」
その言葉は、断言だった。
「仮に、」
静かな声で続ける。
「世界中の人間がお前を忘れたとしても」
指で涙を拭う。
「俺だけは忘れない」
ヒストリアの呼吸が止まる。
「お前がどこにいようと」
青い瞳が真っ直ぐに見つめる。
「必ず見つける」
低く、ゆっくりと言った。
「だから、そんな夢で泣くな」
ヒストリアの額に軽く触れる。
ヒストリアの目から、また涙が溢れた。
さっきまでの恐怖とは違い、胸が熱くなるのを感じる。
「…セオドール様」
小さく名前を呼ぶ。
セオドールは、ため息をついた。
「それにしても…、」
少し呆れたように言う。
「夢の中の俺に嫌われたくらいで泣くとは」
ヒストリアが慌てて首を振る。
「嫌われたのが怖かったんじゃありません」
「では何だ」
「冷たかったんです」
ヒストリアは必死に訴える。
「氷みたいに…」
その言葉に、セオドールは少し考えてから言った。
「それは現実の俺と変わらないだろ」
ヒストリアが一瞬固まる。
「…全然違います!」
「どう違う」
「夢の方が、温度がない感じで…っ」
真剣な様子に、セオドールはわずかに口元を緩めた。
「そうか」
そしてヒストリアの頭を軽く撫でる。
「なら安心しろ。現実の俺は、お前を泣かせるつもりはない」
ヒストリアはその言葉通り、安心したようにセオドールの胸に顔を埋めた。
「…しかし、珍しく昼寝をしていると思ったら、まさかそんな夢を見ていたとはな」
セオドールは腕の中のヒストリアを抱き締めながら、愛おしそうに微笑んだ。
=番外編・知らない場所(完)=




