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第41話 社畜、イベントをクリアする

 夜明け前の町は、ひどく静かだった。あの耳を裂くような轟音も、魂が吸い上げられる光景も、まるで幻だったかのように消え去っている。


 路地の影から、町人たちが少しずつ姿を現した。虚ろな顔で互いを見回し、安堵の息を漏らす者。膝をつき、泣きながら家族の名を呼ぶ者。まだ足元も覚束ない老人を支える若者の姿もあった。


 家々の戸口や路地の奥には、淡い光が残って漂っていた。それは、術式から解き放たれた魂の名残だった。ひとひら、またひとひらと人々の胸や額に吸い込まれ、温かな吐息とともに瞳が光を取り戻す。その光景は、短い夢のようで――しかし確かに生を取り戻す瞬間だった。


 「……魂は、戻ってるな」

 兵衛が倒れた柵をまたぎながら、低く言った。

 「抜かれてすぐだから、戻ったのでしょうか。間一髪ですな」


 九条は町の様子を確認しながら、懐から砕けた核の欠片を取り出した。

 「術式は断ち切った」


 「またやるつもりですかね?」

 俺の問いに、九条は短く頷く。

 「辰巳が生きている限り、同じことは繰り返される」


 美弦が腕を組み、険しい表情で言った。

 「……黒蓮。あれが名乗った名よね」


 「名乗ったというより……理念を口にした感じだな」俺は言葉を探しながら答える。

 「霊災と戦乱を終わらせ、皆が平等に生きる世界を作る――だと」


 「聞こえは立派だが、そのために魂を大量に奪うのか」

 兵衛の口調は冷ややかだった。

 「理想のためなら何でもやる……そんな連中だ。我らの里を襲ったように」


 九条は欠片を懐に収め、静かに告げる。

 「理念と手段――その二つがわかっただけでも収穫だ。

  だが、黒蓮の規模も、拠点も、背後関係も、まだ何一つ見えていない」


 町人たちのざわめきの中、俺はふと夜の光景を思い出す。魂が空に吸い上げられ、渦を巻くように一点へ集まっていったあの異様な光景を。辰巳の微笑みは、あれを成功させることに一片のためらいもなかった。


 (……あいつは、またやる。必ず)


 夜は終わったが、決着には程遠い。




 辰巳屋を改めて調べると、多くの商人、役人、陰陽師までもが、辰巳の色香に籠絡されていたことがわかった。帳簿や密書の束からは、金銭の授受、通行手形の不正、物資の横流し――あらゆる便宜が、笑顔ひとつで引き出されていた痕跡が浮かび上がる。


 捕らえられた者たちは口を揃えて言った。

 「まさか、あんな大それたことをしようとしていたとは思わなかった」と。

 それは真実かもしれない。だが、彼女の網の一端を担った事実は消えず、皆お縄につくことになった。


 事件がようやく落ち着いたころ、俺と兵衛、美弦は、玉藻と霧丸を連れて口預所へ向かった。瓦屋根の向こうから朝日が差し込み、昨夜の戦いが嘘のように町は静かだ。だが、道すがら目にするのは、まだ板戸を打ち付けたままの店、瓦礫の脇で肩を寄せ合う家族――影は確かに残っていた。


 重い木戸を押し開けると、詰所の役人たちが一斉にこちらを振り向いた。


 役人たちは黙って報告を聞き終え、奥から包みを持ってきた。

 「当初の依頼は街道沿いの妖影退治だったが……今回は町一つを救った大功績だ。

  加えて押収物の情報も大きい。通常よりも多く色を付けさせてもらった」


 差し出されたのは、ずしりと重い銀子袋と、毎度おなじみ町内で使える食料券の束だった。袋を受け取ると、中の板銀がじゃらりと低く鳴る。重さは一分銀で五十枚は下らない――前回の報酬のさらに上だ。


 兵衛は深く頭を下げ、美弦は「助かるわ」と短く礼を述べた。玉藻は袋の口に鼻を近づけて一嗅ぎし、すぐにぷいっと横を向く。

 「……お前、本当に食えないもんには興味ないもんな」


 奥から九条が出てきて、俺たちを見据え言った。

 「黒蓮は、まだ動いている。次も……頼むぞ、と言いたいところなのだが――」

 そこで一拍置き、口元にわずかな笑みを浮かべる。

 「今回の一件での功績を認められ、陰陽寮の筆頭記録官となることが決まった」


 兵衛が眉を上げた。

 「……おめでとうございます、で良いのですかな?」

 「良いとも。だがそれは、現場を離れるということでもある」


 九条の声には、わずかな名残惜しさがにじんでいた。

 「筆頭記録官の職は、紙と墨に埋もれるばかりではない。権限も情報も、これまでとは比べ物にならぬほど持てる。

  黒蓮の足跡を追うには……別の角度からの視点も必要だからな」


 「つまり、俺たちは俺たちで動けってことか」

 「そういうことだ。お前たちの足と槍、それに玉藻や霧丸の鼻があれば、必ず辿り着ける」


 そう言って九条は銀子袋を指先で軽く押し返した。

 「これは報酬の一部だ。残りは後ほど送る。今は休め」




 詰所を出ると、朝の光がまぶしかった。袋の重みが手にずしりと伝わる。だがそれ以上に、九条の言葉が胸に残る。


 ふと、視界の端に淡い文字が浮かぶ。

 (……久しぶりに開いたな、ステータス)


 ――――――――――

 名前:霧村 次郎 正虎(きりむら じろう まさとら)

 年齢:14歳

 称号:傭兵(仮)

 流派:霧霞流(槍)/無影流(剣)


 《スキル》

 ・槍術  :【修練】★★★☆☆☆☆☆☆☆(3,520 / 5,000)

 ・剣術  :【修練】★★★☆☆☆☆☆☆☆(2,156 / 5,000)

 ・弓術  :【初伝】★★☆☆☆☆☆☆☆☆(1,000 / 2,000)

 ・騎乗術 :【初伝】★★☆☆☆☆☆☆☆☆(1,000 / 2,000)

 ・居合術 :【入門】★☆☆☆☆☆☆☆☆☆(100 / 1,000)

 ・陰陽術 :【修練】★★★☆☆☆☆☆☆☆(2,021 / 5,000)

 ・薬術  :【入門】★☆☆☆☆☆☆☆☆☆(402 / 1,000)

 ・筆術  :【初伝】★★☆☆☆☆☆☆☆☆(1,443 / 2,000)

 ・兵法  :【初伝】★★☆☆☆☆☆☆☆☆(1,540 / 2,000)

 ・修理術 :【入門】★☆☆☆☆☆☆☆☆☆(259 / 1,000)

 ・共鳴  :【入門】★☆☆☆☆☆☆☆☆☆(345 / 1,000)

 ――――――――――


 ……名前が、変わっている。これまでずっと「???」だった欄が、「霧村 次郎 正虎」と刻まれていた。


 正虎として目を覚ましてから、気がつけば慌ただしい日々だった。この世界に来た理由や、元の世界に戻る方法を考える暇もないほど、戦いと事件に巻き込まれてきた。ゲームをクリアすれば元に戻れる――そう信じて動き始めたはずなのに、今はその目標を追いかける足取りが、どこかこの世界の土を踏みしめている。


 今回の一件は、まるで物語の大きな山場――メインイベントを終えた後のような感覚があった。だが画面は暗転せず、エンディング曲も流れない。町の人々の営みが続き、瓦礫はそのまま残り、次の依頼や危機が待っている。


 名前が定まったということは、この世界が俺を「正虎」として認めたということだろうか。忘れたわけじゃない。だが、もしかすると俺は、この世界で生きる一歩を、もう踏み出してしまったのかもしれない。

第一部完結です。書き溜めに入るため、次の更新まで今しばらくお待ちください。


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