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第11話 社畜、戦国ファンタジー世界で冒険者になる

 帳場の向こうで筆を止めた若い書記は、まっすぐにこちらを見据えた。

 「ご用件を」

 抑揚の少ない声だが、眼差しは鋭く、こちらを値踏みするようでもある。


 兵衛が一歩前に出て、軽く胸に手を当てる。

 「我ら、橋場宿に到着したばかりの旅の者にて候。依頼を受けたく、口預所に参った次第」


 書記はわずかに眉を上げた。

 「……初めてのご利用ですか」


 「左様。祓部登録も、これが初めてにございます」

 兵衛が答えると、書記は頷き、机の引き出しから薄い冊子と紙束を取り出した。


 「ではまず、臨時祓部としての登録を行います。氏名、出身、得意とする術・武器、それと――怪異や討伐の経験があれば簡潔に」


 筆と紙が差し出され、俺は名前と出身を書き、得意分野の欄で一瞬迷った末に「探索・護衛補助」と記す。経験欄には「小鬼退治一件。霊核数個所持」と書き添えた。兵衛は「武芸一般」、経験欄には「獣・鬼退治少々」とさらさら書く。


 書記はそれを受け取り、目を走らせる。

 「……小鬼討伐経験あり、霊核いくつか所持、か」

 声色は驚きではなく、あくまで確認だった。


 「小鬼は十段階ある怪異等級の下から二番目。とはいえ、怪異相手の経験があるのは確かですな」


 机の上に、掌ほどの木札が二枚置かれた。片面に俺たちの名、裏に「臨時祓部」と墨書されている。

 「これは祓部登録証――依頼を受ける時や報酬を受け取る時に必要なものです。実績によって、白、青、緑、赤、黒と階級が上がっていきます」


 そう言うと、書記は壁際を顎で示した。

 「そちらが依頼札です。登録証の色階級とは別に、縁の色や印で依頼の難度や条件を示しています」


 視線を向けると、壁には小鬼から上位の大妖までの等級一覧が貼られ、その下に色分けされた依頼札が並んでいた。金縁や黒縁の札は迫力があり、白縁の札は端の方でひっそりと束ねられている。


 「赤印は既に成約済み。交渉中や進行中も含まれますので、手は出せません」

 近くで見ると、札の右上に朱色の丸が押されているものがいくつもある。


 「金縁は上級祓部専用。対応するのは妖怪級後半から魔性級にかけての案件で、白や青の登録証では触れることもできません。白縁は初心者から中堅向け、内容は魑魅級からせいぜい変成級までですな。黒縁は特殊条件付きで、等級は幅がありますが経験者向けです」


 壁際では、槍を持った武士が仲間と低く言葉を交わし、奥の方で占い師の女が笑い声を上げている。紙の擦れる音や鎧の金具のかすかな音が、外の喧騒とは別の密やかな熱を帯びていた。


 ふと思い出して、俺は尋ねた。

 「そういえば……霊核の買取って、ここでやってもらえるんですか?」


 書記は軽く頷き、引き出しから厚手の帳面を出して見せる。ページの端には「霊核・部位・符札」の文字が並び、小鬼や山獣、河童などの買取基準額が細かく記されていた。

 「怪異の霊核や、討伐時に得た素材は、こちらの窓口で買い取ります。状態や等級によって値が変わりますが、鑑定は無料です」


 兵衛が横から口を挟む。

 「換金のほか、祓具や符、薬などへの物々交換もできるのですな?」

 「その通りです。現金化より高く見積もる場合もあります。戦い続ける者に必要な装備を、こちらも回していきたいので」


 俺は思わず腰の袋に手をやる。中には、あの小鬼から取り出した霊核がいくつか。今すぐ売るべきか、それとも……。

 (……まあ、今は手元に置いておくか。資格審査を早められるって言ってたし)


 書記は登録証をこちらに押し出しながら言った。

 「登録証は紛失すると再発行手数料がかかりますのでご注意を。それでは――依頼は掲示札から、お選びください」


 俺たちは掲示板の前に立った。近づくと、依頼札の墨の匂いと、古い紙のかすかなカビ臭が鼻をかすめる。「妖退治」「行方不明の子供捜索」「倉庫番の夜警」……報酬額も条件もさまざまだ。


 兵衛が腕を組み、低くつぶやく。

 「金縁は上級専用、赤印は成約済み……白札の我らが選べるのは、このあたりですな」


 目に留まったのは「街道沿いの野犬退治」「祠の掃除と御札の貼り替え」、そして「西裏の蔵に出る小鬼討伐」。俺は思わず最後の札に手を伸ばす。

 「……小鬼なら、やったことあるしな」


 その時――横から、すっと別の手が札の端を押さえた。


 「へえ、小鬼か。あんたたち、今日登録したばっかりの白札よね?」


 振り向くと、そこには年の頃十五、六ほどの、あどけなさを頬に残す娘が立っていた。栗色の髪を後ろでひとつに束ね、額には小さな護符。腰には短い刀と符袋、背に弓らしきものがのぞいている。目元は猫を思わせる切れ長で、口元にはからかうような笑みが浮かんでいた。


 「顔に“初心者です”って書いてあるよ。……そっちの爺さんはなかなかやりそうだけど」


 「ほう、見る目がある」

 兵衛が口の端を上げ、楽しげに頷く。


 「……おい」

 思わずむっとして声を漏らすと、彼女は片手をひらひらと振って肩をすくめた。


 「別にバカにしてるわけじゃないって。ただ、小鬼だって油断すりゃ怪我する。白札が最初に受けるなら、祠掃除とか夜警が無難って話」


 「ご忠告、痛み入ります。しかし、我らには小鬼討伐の経験がございますので」

 兵衛が横から穏やかに言葉を挟む。


 「ふうん……まあ、好きにすれば? もし引き受けるなら、私も同じ依頼に入ってるから、現場で会うかもね」


 彼女は自分の札を指先で軽く揺らして見せた。裏には「西裏小鬼討伐」の文字。


 「そういえばあんた、やけに綺麗な蒼い目をしてるのね。異人の血かなにか?」


 「あ、ああ……そんなところだ。たぶん」


 「たぶんって、自分のことでしょうに。……まあいいわ。じゃ、現場で」


 それだけ言って背を向け、ゆったりとした歩みで待合の奥へと消えていった。


 (……なんだあいつ)

 生意気な物言いなのに、不思議と目が離せなかった。弓の握り方、腰の重心の置き方――どれも、ただの素人にはない落ち着きを漂わせている。


 兵衛がくっと口の端を上げる。

 「若、どうやら面白い出会いになりそうですな」


 小さく鼻を鳴らし、俺は小鬼討伐の札をしっかり握りしめた。


 俺と兵衛は、西裏小鬼討伐の札を帳場に持っていった。書記が内容を確認し、木札に墨で依頼名と期日を書き加える。

 「では、この札を現地の立会人にお見せください。討伐証を持ち帰れば報酬が支払われます」

 札を腰袋にしまいながら、胸の奥がじわりと熱くなる。これが、この町での初仕事だ。


 兵衛が横に寄ってきて、小声で言った。

 「若、準備は万端に整えておきませぬと。武具だけでなく、道具も必要にございます」

 「道具?」

 「符や薬にございます。怪異相手には必須でございますれば」

 符は名前だけ知っているが、使ったことはない。薬草も同じだ。




 口預所を出ると、夕方の市場にはまだ人の波が続いていた。香辛料の匂いが風に乗り、どこかで鍋をかき回す音が聞こえる。武具屋と薬種屋が並ぶ一角に差し掛かり、兵衛が顎で示す。

 「あちらで揃えましょう」


 武具屋の店先には刀や槍だけでなく、矢束や護符袋、墨壺や筆まで吊るされている。店主に事情を話すと、奥から大きな木箱を出してきた。中には、墨と筆、小さな硯、護符用の黄土色の和紙、そして「初心者用・護符作成の手引」と書かれた冊子まで入っている。


「型通りに書けば、防御符や封札くらいならすぐに作れます。墨は怪異避けの香草を混ぜてますんで、そのままお使いなせぇ」


 和紙は指に吸いつくように柔らかく、ふわりと乾いた草の香りがした。

 「……悪くないな」

 「簡易なものであっても、自らお作りになったほうが効き目も増すものでございます」


 続いて薬種屋へ移動し、薬研や小瓶、乾燥した薬草の袋を買いそろえる。こちらも「初心者用・簡易薬草調合法」という紙が付いてきて、煎じ薬や止血薬の作り方が図解されていた。


 荷物は思った以上にかさばったが、なぜか心は軽かった。昔の俺なら、マニュアルを渡されて仕事を押し付けられるなんてごめんだった。だが今は、この「手引き」を自分から開くのが楽しみでならない。

 「これで明日の準備に取り掛かれますな」

 兵衛の言葉に、俺は「そうだな」とだけ返した。




 宿に戻ったころには、町はすっかり夜の顔になっていた。表通りでは、軒先に吊るされた行灯がぽつぽつと灯り、屋台からは香ばしい焼き物の匂いが漂ってくる。遠くで笛の音と太鼓が混じり、笑い声が途切れ途切れに風に乗ってきた。裏町に入ると、途端に人影が減り、虫の声が静かに耳を満たす。宿の軒先では、女将が手ぬぐいで手を拭きながら「お帰りなさいませ」と笑顔を向けてくる。


 部屋に入ると、昼間の熱はすっかり抜け、畳からひやりとした感触が足裏に伝わった。窓を少し開けると、夜風がするりと入り込み、どこか味噌を煮る匂いが鼻をかすめる。


 荷を置き、卓の上に買ってきた道具を広げる。まずは薬草だ。先日、道中の林で手に入れた止血作用のある草――葉は乾ききって、指でつまむと細かく砕ける。兵衛が薬研を押さえてくれ、俺は杵でごりごりと潰していく。砕けた粉に、薬種屋で買った動物性の油脂を少しずつ混ぜ、木べらで練る。混ぜ合わせるたび、薬草の青い香りと油脂の甘い匂いが立ちのぼった。やがて、しっとりした軟膏が出来上がる。

 「これで、切り傷くらいは塞げるな」

 「若の手作りとあらば、効き目も倍増にございましょう」

 兵衛が口元を緩め、小壺に入った軟膏を丁寧に包む。


 ――――――――――

 名称:ちとめぐさ軟膏

 種別:消耗品(薬術)

 品質:並

 効果:

 軽度~中度の切創・擦過傷の止血

 傷口の化膿予防

 使用後、対象の自然治癒速度をわずかに上昇(12時間持続)

製法:

 乾燥させた「ちとめぐさ」の葉を粉砕

 油や蜜蝋などを混ぜて練り合わせ、常温保存

備考:

 高湿環境下では保存期間が短縮される

 ――――――――――


 軟膏作りを終えると、次は符だ。墨壺の蓋を開け、硯に落とすと、薬草を混ぜた墨の土臭く落ち着く香りが漂う。初心者用の手引きを横に置き、「防御符」の見本をなぞるように筆を走らせる。黄土色の和紙に黒い線がすっと走り、形が整っていく。


 ……そのとき、ふいに背後で「きゅっ」と短い鳴き声がした。振り返ると、玉藻が炭をつけた前足を器用に持ち上げ、まだ乾いていない護符の端に――ぺたり。真新しい黒い足跡が、護符の隅に堂々と刻まれた。


 「おまっ……! 何してんだ!」

 「きゅっ!」

 悪びれるどころか、玉藻は尻尾をぶんと振って畳の上を駆け出した。

 「こら待て!」

 襖をくぐって廊下へ飛び出し、俺も慌てて追いかける。廊下の板がぎしぎし鳴り、奥の湯殿から桶を打つ音が一瞬止まった。玉藻は柱を蹴って方向を変え、帳場の前を猛スピードで通過――その瞬間、女将の眉がぴくりと動いた。

 「ちょっと! 廊下で暴れない!」

 「す、すみません!」

 結局、兵衛が途中で玉藻をひょいと捕まえ、俺は息を切らして部屋に戻った。玉藻は兵衛の腕の中で「きゅー」と満足げに鳴き、炭で黒くなった足を自慢するかのように見せつけてくる。


 なんとか墨を拭き取り、新しい紙に書き直す。今度は集中して仕上げ、最後の一筆を入れると符全体がわずかに温もりを帯びた感じがした。

 「……おお」

 自分でも驚くほど、形になっていた。

 「見事な出来にございますな、若」


 出来のいい方を兵衛に渡すと、兵衛は嬉しそうに符を懐へ収めた。そして、玉藻の足跡入りの護符は、なんとなく捨てられず――俺はそっと折りたたんで自分の懐にしまい込む。

 「……まあ、これはこれで、護符……だよな」

 玉藻が「きゅ」と小さく鳴き、尻尾をひと振りした。


 ――――――――――

 名称:防御符(初級)

 種別:消耗品(陰陽術)

 品質:劣

 効果:

 使用者の身体を淡い霊障壁で包み、物理攻撃の被害を10%軽減(持続30秒)

 妖気・瘴気の影響を微弱ながら遮断

 足跡の効果は不明……

使用条件:陰陽術【入門】以上

入手方法:陰陽術/筆術で作成

備考:初心者向け。強打や連撃には耐えられないが、不意打ち対策や逃走時に有効

 ――――――――――


 道具を片付け終えると、視界の端で淡い光が瞬く。

 【薬術スキルの熟練度が上昇しました】

 【陰陽術スキルの熟練度が上昇しました】

 【筆術スキルの熟練度が上昇しました】

 道具を片付けるころには、遠くの太鼓も静まり、裏町の夜は虫の音と風のそよぎだけになっていた。明日は、いよいよ西裏の小鬼退治だ。

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