第9話 社畜、今後の方針を決める
干し飯を口に放り込み、口の中で少し転がしてから噛む。味気ないが、腹にはたまる。干し肉はわずかに塩気があって、噛むほどに味が滲み出してきた。
向かいに座る兵衛は、何も言わずに淡々と食べている。その姿勢が妙に板についていて、朝の静けさとよく馴染んでいた。
足元では、玉藻が干し肉を器用に引き裂きながら食べている。その白い毛並みに朝の光が差して、ふわふわとした影を足元に落としていた。
(……さて)
飯の合間に、意識を内側に向け、ステータス画面を呼び出す。
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名前:???(霧村 次郎 正虎)(きりむら じろう まさとら)
年齢:14歳
称号:傭兵(仮)
流派:霧霞流(槍)/無影流(剣)
《スキル》
・槍術 :【修練】★★★☆☆☆☆☆☆☆(2,187 / 5,000)
・剣術 :【修練】★★★☆☆☆☆☆☆☆(2,000 / 5,000)
・弓術 :【初伝】★★☆☆☆☆☆☆☆☆(1,000 / 2,000)
・騎乗術 :【初伝】★★☆☆☆☆☆☆☆☆(1,000 / 2,000)
・居合術 :【入門】★☆☆☆☆☆☆☆☆☆(100 / 1,000)
・陰陽術 :【初伝】★★☆☆☆☆☆☆☆☆(1,047 / 2,000)
・薬術 :【入門】★☆☆☆☆☆☆☆☆☆(132 / 1,000)
・筆術 :【初伝】★★☆☆☆☆☆☆☆☆(1,000 / 2,000)
・兵法 :【初伝】★★☆☆☆☆☆☆☆☆(1,093 / 2,000)
・修理術 :【入門】★☆☆☆☆☆☆☆☆☆(100 / 1,000)
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いくつかのスキルがはっきり上がっている。特に、槍術と兵法。そして――陰陽術。
(あの小鬼どもとの戦いか……。やっぱり、“妖”を倒すと、熟練度が上がるのか?)
あれは命を賭けた一戦だった。ゲームみたいにリトライはきかない。だが、だからこそ、終わった後に得たこの“伸び”には妙な説得力がある。
(もし、妖退治が熟練度の伸びに直結するなら――)
スキルの数字が頭の中で並び替わる。社畜時代は、こんな数字はただの目標管理シートの欄に過ぎなかった。けれど今は違う。これは、生き延びるための“戦力”だ。
危険と報酬。命を削るか、現状に甘んじるか。
……答えは、もう見えていた。
箸を置き、玉藻の頭を撫でながら、向かいの兵衛に声をかけた。
「なあ兵衛。……昨日の戦いで、俺のスキルーー技能が、すごく伸びてたんだ。なぜか陰陽術まで。もしかして、妖って、戦うと特別な経験になるのか?」
兵衛は一度だけ目を細め、そして静かに頷いた。
「妖とは、“理の外”より来たるもの……その異を相手にすることで、我らの“内”もまた変わるのかもしれませぬな」
そして、干し飯を一口噛み締めてから、ぽつりと続けた。
「……そういえば、妖退治を生業とする者には、得てして猛者が多いと聞き及んだことがありますな。武術に秀で、術理に通じ、常人では到底太刀打ちできぬ者ばかりだと」
「そういうわけか……」
(猛者ばかり、か……)
あの洞窟戦で、俺は兵衛に何度も助けられた。だが逆に言えば――ああいう猛者に近づくには、この道しかない。
……社畜だったころ、俺はただ仕事をこなすことだけを考えていた。
危険は避け、余計なことには首を突っ込まない――それが生き残る術だった。
だが今は、逃げ場なんてどこにもない。生きるために、危険へ踏み込むしかないんだ。
そう考えると、思わず拳に力が入った。
玉藻が「きゅ?」と不思議そうに俺の顔を見上げる。
「……ごめん。驚かせたな」
俺は笑って、その小さな頭を撫でた。柔らかい毛並みが、少しだけ熱を帯びている。
しばらく考えた末、口を開いた。
「だったら……しばらく、“妖退治専門の傭兵”ってのもアリかもな」
玉藻が「きゅっ」と鳴いた。まるで『やってみろ』と背中を押すような小さな声。
それを聞いて、少しだけ背筋が伸びた気がした。
すると、兵衛が湯を啜りながら、静かに言葉を継いだ。
「……では、大きな町へと向かいましょうか、若。もし“妖退治”を生業とするおつもりならば、まずは“口預所”を訪ねるべきかと」
「口預所?」
「はい。陰陽寮より任を受けた出先機関にございます。そこには“口預人”と呼ばれる者が詰めており、依頼人と退魔傭兵――浪人の類を取り次ぐ役目ですな」
「陰陽寮って……あの、朝廷の?」
「左様。陰陽寮はもとより朝廷に仕える霊務機関。天文、祭祀、方術などを司っておりますが、世が乱れ妖災が増えた昨今では、実戦を担う“祓部”を傘下に抱えております」
湯呑を置いた兵衛が、こちらにまっすぐ視線を向けた。
「祓部には、陰陽術や呪術、巫術、剣槍の武を修めた者どもが所属し、各地の異変に対応しておる。若のような者も、しかるべき戦果を積めば、いずれ正式に名簿に載ることもできましょう」
「俺みたいな者でも、か……?」
「若のような“理の境に触れた者”こそ、そうした道を選ぶに値すると、儂は思いますがな」
俺は干し飯を嚙みながら、まだ見ぬ町の喧騒と、その先にある戦いを思い描いた。
異界の理に触れ、“技”の中身を磨きながら生きていく道。
(悪くない、かもしれない)
干し飯を飲み込み、湯で口を潤してから、俺はぽつりと言った。
「……まずは、町だな」
兵衛が「左様」と頷く。
「まずは村長殿にご挨拶を。無用な誤解は避けねばなりませぬゆえ」
その提案に俺も素直にうなずいた。昨夜、小鬼退治の礼を受けたとはいえ、勝手に村を出るのも後味が悪い。
支度を整え、玉藻を頭に乗せたまま、小屋を後にする。
村長にこれから町へ向かう旨を告げると、しばしの沈黙の後、こう言われた。
「……あんたらの助け、村の者みんな感謝してるよ。気をつけてな。町は……ここから北へ、峠を越えて半日ってとこだ」
「ありがとう。助かる」
深く頭を下げると、村長はやや照れくさそうに頭を掻きながら、「達者でな」と一言、見送ってくれた。
その言葉に、胸の奥がふっと温かくなるのを感じた。
(……最初は、ただのサブイベントみたいなもんだと思ってたけど)
顔も名前も知らない人たちが、俺のことを“助けてくれた”と感謝してくれる。見ず知らずの異邦人を信じて、頼って、受け入れてくれる。
(……悪くないな、こういうの)
それは、ゲームの“報酬”や“経験値”とはまったく違う、もっと不確かで、けれど確かな“何か”だった。
そして。
「若、参りましょうか」
「……ああ」
空は晴れ、風はやや冷たいが心地よい。
俺は再び旅装を整え、槍の柄を肩に担いで歩き出す。頭の上では、玉藻が「きゅ」と鳴いた。
そのすぐ隣、兵衛も静かに歩みを進める。朝の日差しが木々の葉を照らし、山道にまだらな影を落としていた。
「……町って、どんなとこなんだ?」
ふと、そんな言葉が口をついて出た。
「そうですな。目指すは“橋場宿”――この辺りでは随一の町にございます。交易と流通の要衝ゆえ、町人も多く、諸国よりの旅人や浪人が集まる賑わいの地です」
「へぇ……じゃあ、いろんな奴がいるんだな」
「ええ、商人、僧、役人、傭兵、芸人……中には忍びや、祓部に連なる者もいるやもしれませぬ」
(なら、技を磨くにはうってつけだ)
「町には、“口預所”もございます。陰陽寮の出先機関……仕事を請け負うのも、腕前を見定められるのも、まずはそこからですな」
「ってことは、変なことしたら門前払いってやつか」
「左様。ですが、若ほどの技と覚悟があれば、きっと道は開けましょう」
「……技ってほどじゃないけどな」
苦笑しつつも、心のどこかで、その言葉に励まされている自分がいた。
「にしても、玉藻連れて歩いてて大丈夫かな。目立つよな」
「ふむ。狐とはいえ、尋常ではござらんからな……ただ、祓部の眷属と思われれば、不自然ではございますまい」
「……便利な肩書きだな」
玉藻が「きゅっ」と鼻を鳴らす。まるで「当然だろう」とでも言いたげに。
「町って、どんな店があるんだ?」
ふと興味が湧いて、俺は兵衛に尋ねた。
「そうですな、若。まずは市が立っておりますれば、食い物や雑貨の屋台が並びましょう。干し肉や薬草、酒も豊富です」
「酒か……うまいのあるかな」
「地酒で“初瀬の渡”という銘がありましてな。軽やかで喉ごしも良い、なかなかの代物です」
「へえ……聞いてるだけで飲みたくなってきた」
「それから鍛冶場もございますな。槍や刀の修繕、装備の新調なども考えておいた方がよろしいかと」
「なるほど。あの洞窟戦でもけっこう刃こぼれしたからな……」
「そして、忘れてはならぬのが……遊女屋にございます」
兵衛がさらりと言ってのける。俺は思わず「ごくり」と喉を鳴らした。
「そ、そういうのも……あるのか……」
「ははは、若、顔が赤うございますぞ?」
「べ、別に……!」
「そういえば、若はまだでございましたな? これはひとつ、試しに――」
「いやいやいや! いいって!」
慌てて手を振ると、兵衛は愉快そうにくつくつと笑った。
「戯れでございます、若。ですが、町というものは――良きも悪しきも、人の欲が集う場所。楽しむも、堕ちるも、己次第にございますな」
「……そのへんも含めて、気を引き締めておくよ」
俺は玉藻の背を軽く撫でた。こいつのためにも、俺は強くならなきゃならない。
「……そういえば、お前の“ステータス”って、見てなかったな」
玉藻は「きゅ?」と小首をかしげるような声を上げた。
俺は意識を集中して、ステータス画面を開き――そのまま、玉藻に意識を向ける。
すると、俺の視界に、半透明な画面が浮かび上がった。
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【眷属ステータス】
名前:玉藻
種族:妖狐(幼体)
年齢:0歳
階級:【魑魅級】★☆☆☆☆☆☆☆☆☆
属性:陽/霊/獣
状態:良好(親和度:38%)
《スキル》
・霊感 :【初伝】★★☆☆☆☆☆☆☆☆(1,233 / 2,000)
・幻術 :【入門】★☆☆☆☆☆☆☆☆☆(134 / 1,000)
・隠密術 :【入門】★☆☆☆☆☆☆☆☆☆(219 / 1,000)
・共鳴 :【入門】★☆☆☆☆☆☆☆☆☆(100 / 1,000)
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(……意外と、いろいろ持ってるな)
幼体ながら、すでに霊感スキルが初伝に達している。
「すごいじゃねえか、お前……って、いつの間にか眷属になってるし」
頭の上で、玉藻が「きゅっ」と誇らしげに鳴いた。
(……共鳴ってスキル、何と共鳴するんだ? 俺と?)
試してみたい気もするが、今はまず町だ。
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