プロローグ
新作始めちゃいました。戦国ファンタジーです。よろしくお願いします。m(_ _)m
「はぁ……今日も部長の説教フルコース。弁当も心も、すっかり冷え切ってやがる」
部長の声はまだ耳の奥で反響している。「残業は自己研鑽だ。金じゃなく成長を稼げ」――それ、今月三回目のセリフだ。机の上には明日朝イチ納期の資料の山。会議室では空気を読まない後輩が俺の作った企画を「古い」と笑った。……笑うのは俺の方だろ、ブラックジョーク的な意味で。
終電逃してタクシー帰り。家の近くのコンビニで弁当を買い、ため息混じりに帰宅する。今日も今日とて、上司の罵声と、未読メールの山が脳内をリフレイン。
これが俺の日常――いや、“消耗戦”だ。
時刻は23時59分。残業から戻った俺は、着替えもせずに冷えたコンビニ弁当の封を切る。箸を握る手に力が入らない。……明日を生きる理由が、もう、見当たらない。
――それでも、画面の前に座れば、俺は“誰か”になれる。
「うわ、めっちゃ雰囲気いいじゃん……!」
タイトルは『戦刻異聞録』。戦国×魔法
――中二病まっしぐらの設定だけど、それがいい。
歴史の重みとファンタジーのロマンが混ざり合うこの世界には、現実では許されない“俺だけの物語”がある。
三十三歳独身、社畜歴11年の俺――日比野直哉。唯一の趣味がゲーム。特にキャラクリが凝ってるやつはマジで神。現実じゃ平凡以下。でも、ゲームの中なら――俺は、誰かになれる。
ディスプレイ越しに映るのは、墨絵のような幻想的な山河と、甲冑をまとった武士のシルエット。和太鼓と篠笛のBGMが鼓膜を揺らし、背筋にぞくりと震えが走る。
もうこの時点で、没入感がヤバい。
「ようこそ、戦刻の世界へ」
しっとりとした女声のナレーションが流れた後、キャラクター作成画面が表示された。
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【キャラクター作成】
・外見設定
・スキル選択
・出自設定(詳細)
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「ずいぶんシンプルだな。さて……どう料理してやろうか」
俺は椅子に深く座り直し、コンビニのスイーツを口に放り込みながら、至福のキャラクリタイムに突入した。
まずは外見設定。肌色、髪型、体格、年齢、目の色……お馴染みのスライダー地獄、ここからが本番だ。
「戦国の若武者って感じにしたいけど……リアルに寄せると地味だし、やっぱ見た目は盛っていこう」
俺はスライダーを動かしながら、脳内で理想のビジュアルを組み立てていく。
「年齢は十代中頃、体格は細身だけど芯の通った感じで……よし。目の色は……あえての深い蒼でいこうか」
蒼い瞳の戦国武士とか、現実なら即アウトな設定。でも、ここはファンタジー。やりたい放題でいい。
モニターの中央には、細身の甲冑姿の少年が立っていた。
長く垂れた髪は黒に近い青墨色。その瞳だけが異質だった――夜明け前、まだ光に触れぬ空のような、深い蒼。
「……異世界補正って便利だよな」
軽く笑って、外見確定ボタンをクリックする。
――そして画面が切り替わり、現れたのは【スキル選択】の画面。
【スキル構成:武術スキル5種/補助スキル5種】
──武術スキル──
剣術 居合術 短剣術 鉈術 斧術 戦鎚術 槍術 薙刀術 矛術 ……
棒術 杖術 弓術 砲術 手裏剣術 鎖鎌術 十手術 扇術 鞭術 ……
体術 柔術 拳法 鎧術 盾術 騎乗術 ……
──補助スキル──
忍術 陰陽術 呪術 祓霊術 巫覡術 修験道 禅定術 錬丹術 ……
仙術 幻術 変化術 獣導術 召喚術 霊媒術 精霊術 魔術 法術 ……
兵法 軍略 統率術 用兵術 兵站術 築城術 攻城術 謀略術 海戦術 ……
探索術 隠密術 変装術 交渉術 鍛冶 裁縫 料理 水術 登攀術 ……
薬術 医術 木工 革細工 石工術 筆術 修理術 造船術 礼法 占術……
「うお、選択肢多すぎィ……。でも嫌いじゃない」
嬉しい悲鳴を上げつつ、まずは武術スキルから選んでいく。
「槍術は確定。リーチと汎用性は正義。前線向き」
《槍術:長柄武器による中距離戦闘。防御貫通率+10%/迎撃性能↑》
《槍術を選択しました》
「剣術も押さえておくか。近接戦のド定番だし、後々の発展に期待」
《剣術:汎用近接戦闘。装備制限が緩く、奥義派生多数》
《剣術を選択しました》
「弓術で中距離もカバー。これで立ち回りに幅が出る」
《弓術:中〜長距離攻撃。矢の属性付与が可能》
《弓術を選択しました》
「騎乗術。逃げも攻めも任せろ! 騎馬戦、絶対あるよなこれ」
《騎乗術:騎乗行動全般。移動速度↑/突撃威力↑》
《騎乗術を選択しました》
「そして最後は……居合術! ロマン重視です!」
《居合術:鞘からの一閃。初撃ダメージ+50%/奇襲成功率↑》
《居合術を選択しました》
武術5枠、無事に決定。続いて補助スキルへ。
「さて……こっちは、ある意味本番だな」
「陰陽術。符術とか式神とか、夢しかない。決まり」
《陰陽術:五行と陰陽を操る術。符による攻撃・結界・式神召喚が可能》
《陰陽術を選択しました》
「薬術。回復薬が現地調達できる世界なら必須スキル」
《薬術:薬草調合・治療。状態異常回復・戦闘後の治療速度↑》
《薬術を選択しました》
「兵法……苦手分野だからこそ欲しい。サポート枠として確保」
《兵法:戦況分析・部隊運用。戦場での味方バフ/敵デバフ効果↑》
《兵法を選択しました》
「筆術。符を書くにはたぶんこれが必要。陰陽術のための下準備ってことで」
《筆術:符・巻物の作成。陰陽術・祓霊術の成功率↑》
《筆術を選択しました》
「修理術。地味だけど超大事。装備が壊れたら詰むしな」
《修理術:武具・防具の修繕。耐久度回復・性能維持》
《修理術を選択しました》
【選択完了:武術スキル×5、補助スキル×5】
選択が終わると、画面に光が差し込んで、俺のスキル構成が枝分かれしていくように展開された。
……あれ? 画面の下に、なにやら見慣れない項目があるじゃないか。
「出自設定(詳細)」。
説明文には、「自由入力可。設定によって、ゲーム内のイベントやNPCの反応が変化します」って書いてある。
「なるほど、ガチ勢向けのやつか……」
正直、普通ならスルーする。でも、今の俺はちょっとテンションが違う。
「よし、書くか。盛るだけ盛ってみよう」
カタカタとキーボードを叩きながら、脳内で構築した設定を一気に流し込んでいく。
> 名前:霧村 夜叉丸(幼名)/正虎(元服名)/次郎(通称)
> 出自:槍術を家伝(霧霞流)とし、霧深い山間の湖畔に城を構える小国の武家・霧村家の次男として生まれる。
> 運命:一族は「黒蓮」と名乗る陰陽師集団に滅ぼされた。傅役の老武者と生き延びた彼は、仇討ちと家名再興を胸に旅を続けている。
> 技術:馬術・弓術は実家で、剣術(無影流)は家が健在の頃に招かれた隻眼の老武芸者に教わる。陰陽術は家にあった書物で独学。
> 性格:冷静沈着。だが仇敵を前にすると激情が滲む。真面目で芯のある性格。
「盛りすぎた……俺、何書いてんだよ」
自分で書いておきながら、ちょっと苦笑いが漏れる。けど、手は止まらない。
現実じゃ社畜、顔も地味、特技も特になし。だけど――この世界では、俺は誰かになれる。
「……これでいい。いや、これがいい」
満足げに息を吐いて、決定ボタンに手を伸ばした。
――その瞬間。
モニターが水面のように波打ち、光が画面全体を包み込んだ。
「え……?」
身体が引っ張られるような感覚。息が詰まり、意識が遠のく。
――まるで、画面の向こう側に、俺自身が吸い込まれていくみたいに。
――耳鳴りが止まらない。
ジンジンと脳を揺さぶる高音に、思わず目を細めた。視界がぼやける。だが次第に浮かび上がる光景は、あまりに鮮明だった。
土が剥き出しになった地面には、踏み潰された槍、燃え残りの軍旗、血に濡れた草が散乱している。焦げ臭さに混じるのは、鉄と肉の焼けた臭い――
足元の泥がぬるりと絡みつき、草鞋の縄が重たく沈む。その下には、革の足袋。さらに膝までを覆う薄手の脛当てを締めている。動きやすさを重視した作りらしく重さはないが、湿った布が肌に貼りつく感覚がやけに生々しい。
上半身を覆っているのは、簡素な胸当てと籠手だけ。漆塗りもほとんど剥げ、布地の綿がところどころ露出している。鉄板は薄く、衝撃を受ければすぐに凹みそうだ。それでも、肩にのしかかる重量感は確かで、息を吸うたびに胸が締め付けられる。
手にある長槍は、想像していたよりずっしりと重い。柄の木目が汗ばんだ掌に食い込み、表面はわずかに湿って滑る――これ、血か?
周囲では金属のぶつかる甲高い音、槍の石突きが地面を突く鈍い音、誰かの断末魔が耳に突き刺さる。焦げ臭さに混じるのは、鉄と肉の焼けた匂い――その匂いが肺に入り込むたび、吐き気がこみ上げた。
五歩先で、槍に貫かれた兵が倒れ込む。
三歩右で、二人の武者が斬り結び、火花が飛び散る。
踏み出せば、すぐに誰かの血が俺の足を染めそうな距離だ。
「ぎゃああああああっ!」「ひくなあああっ!! 下がる奴は斬るぞおおっ!!」
耳を突き刺すような叫び声と、金属が刃を弾く鈍い音。それらが入り混じる、混沌とした“殺し合い”の音が、四方から迫ってくる。
いやいや、ちょっと待て。これ……まさかの戦場? 撮影? 撮影ですか!?
「は、あ? なんで俺、こんなとこに立ってんの?」
俺はたしか、戦国ファンタジーゲームのキャラクリしてただけだよな? モニターに向かってポチポチしてただけなんだけど。
そんな思考をぶった切るように、誰かの声が飛んできた。
「……若。お怪我はございませんか、若……!」
若? え、俺に言ってんの? どこかの跡取りだったっけ!?
振り向くと、そこには年季入りまくりの甲冑をまとった老人がひざまずいていた。顔中に傷と火傷の痕。だがその目は、めちゃくちゃ真剣で……いや、マジで俺を“ご主君”みたいに見上げてるんですけど!?
「ちょ、誰だよあんた!? “若”って俺のこと!? 社畜の俺が!?」
おっさん――いや、老武者は一瞬きょとんとした顔をして、すぐに悟ったように目を見開いた。
「拙者をお忘れか……?……まさか、御首を打たれたか……!」
「いやいやいや、打ってない! 俺はただ、さっきまでキーボード叩いてただけで……!」
「ご記憶が……! ですが今は、それを問うている場合ではありません! 若、呆けている場合ではないですぞ!」
なんかすごい勢いで説教されてる!? てか“若”呼び固定!? 本気で俺のこと跡取りだと思ってない!?
「ここは戦場、刃の雨が降っております! お手に持たれたその槍――霧を割り、霞を絶つ白刃。先代より伝わる霧の一槍、忘れられるはずもありますまい!」
「……え、槍? そうだ、持ってた……しかもなんか構えた……!?!?」
右手にある長物――明らかにゲーム画面で選んだやつだ。勝手に構えが決まって、手に馴染むとか、そんなバカな……いや、妙にしっくりくるってどういうこと!?
「このようなところで死ぬわけにはまいりませんぞ。お家を再興し、黒蓮めらをうち滅ぼすまでは!」
黒蓮――
その名を聞いた瞬間、胸の奥に何か熱いものが湧き上がった。
設定で適当に書いたはずの「一族を滅ぼした黒蓮」という単語が、妙にリアルな怒りと痛みを伴って脳を刺す。
……俺はこの名前を、どこかで本当に憎んでいた気がする。
赤い空。黒い札が雨のように降る夜。
視界の端で、幼い自分が泣き叫び、炎の中を必死に駆けている。
その肩を、甲冑姿の男が抱えて走る――顔は、さっきの老武者に似ていた。
見覚えがあるはずのない景色なのに、胸がきしむ。
鼻腔を刺す血と煙の匂いが、なぜか思い出される――そんな馬鹿な。
焼ける屋敷、叫ぶ声。
焦げた畳の匂い。濡れた血の感触――
誰かが俺の名を――
――正虎様。
――立て。あれを討たねば、何も残らぬ。
「ま、さ……とら……?」
俺の声じゃない、誰かの記憶が……いや、これ、俺の?
なにこれ。誰の声? いや、でもそれ……俺が、設定でつけた名前じゃ……。
ゲームの中だけの存在のはずだった“正虎”。
なのに、俺の口が自然とそれを呟いた。
――この世界が、まるで俺を“正虎”として迎え入れているかのように。
「え、マジで……これ、どういうことだよ……!」
まさか、俺……ほんとに、ゲームの中に――?
……いや、待て。それってつまり――どういうこと!?
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