法律は誰かを不幸にする為ならず、皆を幸福にする為にある 第八話
「すぐにフェリシアンくんを疑ったのが誤りだったと気づくでしょう。
それとも何でしょう。彼を犯人にしてこの事件を解決したとハンコを押すつもりなのですか?
そういえば、刑事さん、あなたのお孫さん、来年受験でしたね。確かアーンストートを目指しているそうですね。
大事な時期に未解決事件を生み出してコネに傷が付くのが嫌なのはよくよく理解致します。
私もあなたのお名前はよく覚えておきますよ。卒業生保護者会がどれほど強くとも、最終的に合否判断をするのは学園側であることをお忘れ無く。
あなた方卒業生保護者会が気に入るか入らないかといった感情に基づいて受験者を選んでいるのと同じように、学園側にも知ってしまった事実を合否に加味することはあります。
アーンストート学園からあなた方の業界に進んだ者が落ちこぼれだと世間から思われたくなければ、『名誉と誇りを持ち皆の幸福のために公明正大かつ過不足無く正義を振るう番人』であった戦後直後のあなた方のようになっていただくことを望みます」
フォン・バイクは微笑みかけると、やさしい刑事はフォン・バイクから視線を外し足元を見つめて青ざめていった。
「さぁ、行きましょう。フェリシアンくん」
フェリシアンはフォン・バイクに連れられて留置場を出た。留置されていたのは二日だったが、取り調べは延べ二十時間に渡っていたためまるで一年ほどいたような感覚に襲われていた。
「大丈夫ですか? フェリシアンくん。まずはアルフォードさんのお悔やみ申し上げます」
フォン・バイクはフェリシアンを気遣った。さぞ落ち込んでいるだろうと思ったが、フェリシアンは表情を変えていなかった。
「あの、バイクさん、」と呼びかけた彼の顔は、悲しみに暮れた無表情ではなく、何も感じていない、まるでアルフォードが死んだことなどまだ知らないような表情であり、少し困惑したように「本当にポリーは死んだのですよね?」と尋ね返した。
「意外にも随分冷静ですね」
「実はまだ、分からないんです。明日にもひょっこり帰ってくるんじゃないかって。あの家のドアが開くと、散らかった部屋を見たポリーがただいまよりも先に怒り出すんじゃないかって」
フォン・バイクは凄まじい憐れみを感じた。受け容れるではなく、まだ理解さえも出来ていないのだ。
「死を悲しむのではなく、ともに過ごしたこれまでの良き日々を」などと言うのは無責任であると、フォン・バイクは言葉を選び直した。
「いきなり警察が来て、そこで初めて知らされたので、悲しむ暇もなかったのですね。アルフォードさんの死は受け容れられそうですか?」
「分かりません。でも、却って暇がなかったというのは救いだったかもしれません。
疑われて、葬儀にも出られず、遺体を目の当たりにすることさえなかった。
きっと僕はこれから、ポリーが僕の傍に帰ってこなくなっただけの日常を送るだけなんだと思います」
「その日々はきっと長く絶え間なくお辛いでしょう。いつか晴れるものではなく、常に頭に貼り付いてあなたを蝕むものです。私に何か出来れば言ってください。明日の口頭弁論に間に合って良かったですね」
「ありがとうございます、バイクさん。何から何まで」
フォン・バイクは、いいえ、と言って会釈をし、フェリシアンと別れた。
フェリシアンはこれから毎朝、起きると同時に家のドアを見て、そこが開くのを待ち続けるのだろう。
来る日も来る日もそれを繰り返し、やがて諦めに代わり、深い悲しみへとゆっくりと沈んでいく。
彼がアルフォードの死を受け容れていけばいくほどにそれはタールのように重く、夜闇のように深くなる。
一度死を目の当たりにして理解しどん底まで落ち込んでしまえば、あとは受け容れていき浮かび上がるだけだ。
だが、残酷にも彼はそれができなかった。まず真っ先にするはずだった愛した人の死を肌で感じて理解することが出来なかった。
死を感じず理解も出来ずに、これからはいないだけを長い時間受け容れていくしか無い。それは受け容れられたから克服できたとはならない。
死という明らかな節目を逃した孤独に、受け容れたという節目も訪れることはない。ただ、底の無い沼へと沈んでいくだけなのだ。
それから三週間後、真犯人が逮捕された。




