勇者の遺産 第五話
それに同調するようにアヤンナが身体を乗り出してテーブルに肘を突き、アルテナイを睨みつけ、
「アタシは法律家じゃないけど、いくら何でも今回は無効だってのは分かるわね。
だってもう封筒が開いてるじゃない。アタシ知ってるわ。弁護士の友達がいて、聞いたことがある。それ、法律的にも無効な遺言書よね。
弁護士の先生、さすがにそれくらい分かってるわよね?」
と自信ありげに言った後、腕を組み深々と頷いた。
だが「無効、と仰いますと?」とアルテナイは首をかしげた。
「これは私が生前のドナシアンさんご本人から預かったものですので、法的根拠に基づいていますよ。開封の方は、先日、こちらのお二人の立ち会いの下でさせていただきましたが?」
アルテナイがさらりと答えると、コレットは震えだしフェリシアンを睨みつけた。
「フェリシアン! あなたふざけているの!?」
「ああ、やっぱり無効ね。無効だわ。知ってる知ってる。
こういう場合、無効だって言ってたわ。アタシたちを呼びに来なかったんだから。ずっとあの家にいたのに。ずっとずっと、あの家でアタシとお母さん二人で暮らしていたのに。
わざとね。ふざけているわ。とにかく無効だからね」
「開封に立ち会う立ち会わないは感情的な問題ですので、内容とは関係ありませんが……。ところで、あの家とは、どちらですか?」
「カフェとヨガスタジオのある実家よ。他に何処があるのよ?」
「ああ、なるほど。ですが重ねて申し上げますが無効ではありませんね。
弁護士たる私が生前に預かり責任を持って管理してきたものでして、書式にも一切の問題もありません。
それに、フェリシアンさんはあなた方を探しにご実家の方までいかれたそうですよ?」
「たまたまいなかっただけでしょうが! 留守中に来ていないなんて決めつけるなんて、一体なに考えてるの!」
「建物が随分荒れ果てていて、少なくとも数年は人が住んでいる気配がないと仰ってました。
地元周辺もかなり探されたようですが見つかる手掛かりがなかったようです。
お二人の居場所の心当たりもないそうで困っておられましたよ」
「それは……」とコレットは言葉を詰まらせた。視線を左右に泳がせながら一瞬アルフォードを見ると、顔を真っ赤にし始めた。
「フェリシアン! あなたも何か言いなさい! この雌狐に何もかも取られていいというの!? こんな、何処の家の出かも分からないような、私たちのような上流階級でもないような女!」
フェリシアンが何かを言おうと肩を浮かせたが、「お二人はご結婚なさるそうで。ドナシアンさんもそのつもりでこういった遺言を書かれたようです」とアルテナイが先に答えた。
「ははーん」とそれまで黙って様子と見ていたアナンヤが顎を高く上げた。
「なるほどわかったわ。全部分かったわ。グルね。
このやたらと家族の話に口を挟む弁護士も、この下働きの下品な女も。もちろん、フェリシアン、あんたもね。
こんな遺産騒動なんてお芝居の中だけかと思ってたけど、ホントにこんなコトがあるワケね。ビックリしたわ。
でも、何も無いまま済まされると思わないで。アタシたちはお爺ちゃんが残した守るべきものを絶対に守り抜いて、あんたらに目に物見せてあげるわ。母さん、帰りましょう」
アナンヤは立ち上がると、コレットの手を無理矢理引いて部屋を出て行った。
教会の一室が静まりかえると「帰ってしまわれましたね。今日は終わりでよろしいですか?」とアルテナイは一言冷静に言った。
「ええ、構いません。ありがとうございました」
「では、こちらを」とアルテナイが小さな紙切れを胸ポケットから取り出し、ペンで何かをさらさら書いた後にそれをフェリシアンに渡した。それから丁寧に一礼して部屋を静かに出て行った。
取り残されたフェリシアンとアルフォードは顔を見合わせた後、名刺を見ると『カプスチン・アトーニー』の事務所連絡先が書かれており、下の方には手書きで『お気軽にご相談ください。』と書き足されていた。
それからすぐにアナンヤとコレットは「ドナシアン・ガリマールの遺言書は無効である」と裁判を起こした。




