ラブレター
気がつくとぼくたちはパチンコ店の前にいた。駆けつづけに駆けたので汗がほとばしる。先に逃げていた衣川が、自転車を止めて自動販売機で缶ジュースを買っていた。つられるようにぼくたちもコインを手にした。
「なんだったんだ、あれ」
「びっくりしたなあ」
「あれ、化け物じゃないよな」
「ただのおっさんだろ。住んでるんだよ」
「浮浪者かぁ」
「いや、意外と工場主なんじゃないか。ああやって見張ってるんだ」
店先にしゃがんでいると、パチンコ客が出入りするたび、冷房の空気が流れ出てきてひんやりと涼しい。けたたましい音楽もいっしょにあふれ出るので少しうるさい。その音楽に衣川が妙な反応を起こす。落ちつかないふうで、きょろきょろとあたりを見まわし、店内を探るように見ている。やがて意を決したように立ちあがった。
「おれ、ちょっと寄ってくわ」と言うが早いか店内に吸い込まれるように消えていった。ぼくたちはあっけにとられ、その後ろ姿をただ見送っていた。
すぐに追いだされてくるだろうと思ったが、いくら待っても衣川は出てこない。しょうがないから、いっぷくしたのち、ぼくらもそこを離れ、木材をさがしながら戻ることにした。
学校のまわりはすでにとりつくされているだろうから少々遠征をする。といっても田んぼのなかではらちがあかないので、人家のありそうな方角へ向かう。木材をみつけてもかってに持っていってはいけない。ひと声かけて、くださいなと申し出れば、たいていは快く承諾してもらえる。
「いいよ。持ってきな」
しかし、ときには断られることもある。
「なにをふざけたことを。だめだ」
まあそんなことはまれだそうだ。夏休みがあけると毎年、リヤカーを引いた高校生の姿があちこちで見られるため、ああ今年も来たかと歓迎してくれる家もあると新聞部の副委員長、太っちょの駒瀬くんが言っていた。
「鵜飼、新聞委員ておもしろいか」
「なんだ、富士谷、いきなり」
「なんかおまえ、熱心に写真撮ったり、せっせとメモもとってるじゃないか。ほんとは、なにもしなくていいひまな委員なんだろう新聞委員て」
「たのまれたから、しかたなくやってるだけだよ。でもカメラはおもしろいな」
「ふーん、そうか。それはそうと、ちょっと頼みがあるんだけど」
「なんだ」
富士谷はリヤカーを押しながら、前にいる笹安と由倉さんのようすをうかがう。ふたりはなにやらはしゃぎながら話し込んでいる。
「新聞部に沖野さんているだろう」
「うん、いるよ」
「その沖野さんに渡してもらいたいものがあるんだ」
「なんだ」
「ラブレターだ」
「なんだって」
「いや、おれじゃないぞ。おれなら自分で渡すよ。おれも頼まれたんだ先輩に」
その先輩というのは野球部の三年生で、富士谷がまめにめんどうをみてもらっていたらしい。もう夏の大会が終わったから部活には来ないが、きのうひょっこり現れて富士谷に、折りいって頼みがあるのだがと切りだしたそうである。なるべく秘密裡にことを進めたいと考え、関連性のうすい一年生をメッセンジャーに仕立てたという。
「それ、ちょっと卑怯じゃないか」
「うーん、まあそう言うなよ。いい人なんだから」
「渡すだけなら、いくらでも渡すけど。そんなもん沖野さん受けとらないぞ、きっと」
「とにかく頼むよ。な」
ぼくが気がすすまないながらもうなずくと、前にいた由倉さんが突然こちらにやって来た。入れかわりに富士谷が前に行く。
「なにか頼まれたの、鵜飼くん」
「なにも頼まれてなんかないよ」
「かくしてもだめよ」
「かくすなんて、とんでもない」
「ラブレター渡してくれって頼まれたんでしょう」
「!!!」
「あっはっはっはっはは。わたしだよ、鵜飼くんに頼めばって言ったの」
なんと富士谷はさいしょ由倉さんに頼んだらしいのだ。由倉さんは沖野さんとは面識がないので、同じ新聞委員のぼくのほうが適任だと教えたという。
「でもだめね。沖野さんてあれでしょ、文次先生とできてるそうだもん」
え。
ぼくは絶句して凍りついた。