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九月の舟  作者: すのへ
22/25

駆け落ち

 翌日は台風一過、きれいに晴れあがった。日差しは強かったが、高い空にさわやかな風が吹き、秋の気配がひそんでいた。

 文化祭の開会式が終わるとさっそくプログラムが開始された。体育館では有志によるロックコンサートから始まって、全クラス出演の演劇コンクールが午後まで続いた。当然、ぼくは新聞部の一員として模擬店のようすなどを取材してまわっているはずだったが、もうめんどうになったので、視聴覚室のレコードコンサートに逃げ込んでいた。コンサートの進行は、音楽マニアの僧侶にお願いしたということで、ビートルズの知らないナンバーとバッハが解説付きで流れた。素人にもこれはレベルが高いなあと感じられるのだが、いかんせん聴衆は五六人しかいない。

 グラウンドのほうではこっそりと、手があいている者たちが集まってマスコット作りの追い込みに入っているはずである。ああ、こんなに光があふれている、これはいい写真が撮れるだろうなあなどと考えながら、よい音楽に誘われたのか、ぼくは不覚にも途中で猛烈な睡魔に襲われて寝入ってしまった。

 目が覚めるとコンサートが終了したところで、僧侶がレコードを風呂敷に包んでいた。

「おはよう」

 ぼくと目が合うや僧侶はにこやかに言った。きまりが悪かったが、ひと眠りしてなんとなく爽快な気分だった。

「いい曲ばかりでつい眠ってしまいました。すいません」

 外へ出ると、もう文化祭のプログラムは終了したようで、手の空いた十人以上がマスコットに集まって中島の指示でてきぱきと作業をしている。

 となりのスペースでは桟敷が完成していた。しかし笹安の姿がない。いまに来るだろうと待っていたが来ない。弥市に聞いたら休んでいるという。昨夜、怪我はしていなかったはずだ。やっぱりショックが大きかったのだろうか。

 マスコットは中島が言っていたように貼り直したほうが早かったようで、もう真白いB紙で全体を覆う作業にかかっていた。これが済めばあとは色を塗るだけである。作業のようすをカメラに収めていると、ちょいちょいと由倉さんが袖を引く。

「ねえねえ鵜飼くん。きのうたいへんだったそうね、笹安くん」

 うれしそうに聞く。

「え。うん」

 ぼくはしかたなくうなずいた。すると由倉さんは、昨夜のうちにつかんだ情報なんだけどと前置きして話し始めた。

「夜中に、あの二人、駆け落ちしたそうよ」

「え。カケオチ?」

「そうよ」

「かけおち?」

「そう。駆け落ち」

「ええっ! 駆け落ちだって!」

「だから! そうだって言ってるじゃない」

「一大事じゃないか。家族に知らせなきゃ」

「どっちのご両親もみんな知ってるわ。もう捜索願を出すばかりになってるそうよ。あすも連絡なかったらね」

「由倉さん。いやに落ちついてるね」

「だって初めてじゃないって。前は二日めに連絡があってその日のうちに帰ってきたそうよ。それが中学生のときでさ。スゴイね、笹安くんて。見かけによらないわ」

 なんと中学のころの相手も同じ宮吉さんだったという。そのとき宮吉さんの親がそうとうひどく笹安のことを非難したらしく、交際はおろか、口をきくことさえ禁じてしまった。

 そんなふたりがなんの手違いか同じ高校に進んでしまったから、またややこしくなった。しかもクラスまで同じになり、両親から毎日のように口やかましく釘を刺される。それなら行かなきゃいいんでしょと宮吉さんは登校しなくなって、やがて家も出てしまった。

 その間、笹安とは会っていなかったようで、何ヶ月ぶりかでああいうかたちで顔を合わせることになって動揺した。取り乱しはしたが実際は焼けぼっくいに火がついたわけだ。笹安は帰宅してから彼女の退勤時間を狙って店に引き返した。宮吉さんは嵐のなかで待ち伏せていた笹安を見て、いっきに駆け落ちとなったそうだ。

「どう。すごい話でしょ」

「え。ああ」

「まだやめないのね。その『え』って顔」

「え」

「ほらまた。鵜飼くんも駆け落ちぐらいしてみれば」

「相手がいればね」

「わたし、どう? 行ったげるわよ地の果てまでも」

 由倉さんはそう言ってぐいと身を乗りだしてくる。あまい香りがつんと鼻をつく。返事に窮しているとプイとそっぽを向く。

「いやだ。マジになっちゃって。冗談だよ冗談。あっはっははは」

「おーい。ちゃんと手伝ってくれよー。話ばっかしてないでさ」

 中島がマスコットの上からのぞき込んで言う。

「駆け落ちだってさ。笹安と宮吉さん」

「え。駆け落ち? え。ええっ!」

 中島もおどろいて身を乗りだす。笹安駆け落ちのうわさはあっという間にクラス中に広まった。

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