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九月の舟  作者: すのへ
14/25

クラスミーティング

 翌日は午後から雷雨となり、屋外での作業を中止するクラスがほとんどだった。しかし、なかにはカッパを着込んでせっせと木材を組んでいるところもある。もう一週間ほどしかないので、マスコットの大まかであれ外形の組み立てが済んでいないと間に合わない。ぼくのクラスは初めてにしては余裕の進行で、外形どころか、すでに竹ひごでの細かな輪郭づくりに入っていた。もちろんこの日の作業は休みで、教室で学校祭のスケジュール確認をすることになった。

 クラス委員が教壇に上がってなにか言いかけたそのとき、教室のまんなかを後ろのほうからふらふらと回転してくるものがあった。それは机の間の通路をぬうようにして教壇の前まで来る。その物体を見て指さして立ちあがった者がいた。

「あああああ」

 川俣である。異様に骨ばった長い指のその先で、いまや力つきてたおれそうになっている物体は自転車のタイヤである。

「くくくくく。きゃは」

 川俣のあわてる姿を見て後ろの席で笑っている者がいた。出口と弥市である。いたずら者として有名なこの二人が、川俣の自転車のタイヤを外してきて転がしたらしい。しばらく教室内は笑いにつつまれたが、川俣がなぜ、転がるタイヤを見ただけで自分の自転車のそれと看破したか、感心するとともに久しく謎として以後クラスで語り継がれることになった。

 スケジュール確認が進み、そろそろお開きとなるころ、黒板の横にひかえていた女子のクラス委員がはっと思いだしたように言った。

「あれ? 仮装行列は」

 その言葉を聞いて後ろのほうで短く声を発した者がいた。

「あ」

 そのまま絶句して硬直している。またも弥市である。

「えーと。あの」

 かろうじて立ち上がったが言葉に詰まる。クラス全員の視線を浴びて、おっちょこちょいとしても有名な弥市は隣席の、たぐいまれな秀才としても有名な出口に助けを求めた。しかし出口は口をあんぐり、ことさらに呆れたふりをする。ここぞとばかり川俣が立て板に水、舌鋒鋭く非難の言葉を浴びせる。

「おまえなあ悪戯にばっか頭使って。クラスの構成員としての自覚が」

 弥市は準備を忘れていた過失があるのだからおとなしく聞いているかと思いきや、過ちを棚にあげて居直った。

「うるせえ! おまえなんかトロンボーンばっか吹いてるくせに。だいたいだな」

 事態は紛糾した。上を下への大騒ぎが始まり、クラス委員がチョークを投げて収めようとするが、かえって紙つぶての反撃を喰らう。ぼくは飛んで来た黒板消しをよけてカバンを手にそっと教室を出た。向かうのは新聞部の部室である。沖野牡丹にラブレターを渡すのだ。

 部室に入るといつもと空気がちがっていた。委員長の本原くんも駒瀬くんもいなかったからだ。沖野さんだけがいた。沖野さんは乱雑な机の上にわずかなスペースをつくり、原稿を書いていた。きのう文次先生の下宿で会ったときとはうって変わって険のある顔だ。いつもと同じ近寄りがたい風情だが、ぼくはかまわず机のそばまで行き、きょうは沖野さんの隣ではなく、斜め向かいの席にすわる。沖野さんは顔さえあげずに原稿書きに没頭している。そのわずかにうかがえる横顔にぼくは懲りもせず魅入られた。

「ちょっとキミ。なにじろじろ見てるのよ。原稿はどうしたの」

 ぼくはカバンのなかからフィルムを三本と原稿用紙を出して机の上に置いた。それからカバンをしまいかけて、あ、そうそうと思いだしたようにもう一度カバンをあけてラブレターの封筒をとり出した。

「これ、きのう言ったあれです」

「え。あれってなに。あ。うん。ああ、あれか。これね、はいはい」

 沖野牡丹はさっさと封を切って読みはじめた。ふんふん、はいはいはい、うんうんうん、なるほどなるほど、などとしきりに声を出す。ラブレターを相手にちょっと失礼な読み方ではないか。一読すると窓の外へ目をやり、雨に煙る校庭をながめていたが、やがてはっと我に返り、ぼくのほうに向きなおる。

「キミ、ちょっと待っててくれる」

 沖野さんは奥のロッカーへ行き、なにか持って戻ってくる。手にしているのは小筆と便せんである。筆を墨汁のボトルに浸けたかと思うと、広げた便せんにさらさらさらと一気に走らせる。なにごとが始まったのかとぼくは身がまえたが、返書をしたためているだけのようだ。何枚か書き終えたのち、封筒に上書きをしてぼくに渡す。大書されたその文字は読みやすい楷書体で、美しい筆跡だった。

「これ、お願いね」

 ぼくは早いほうがいいとカバンを置いたまま教室に走った。この雨で野球部も練習は休みなので富士谷もミーティングに参加していたが、まだいるだろうか。

 衣川の大きな声が廊下まで聞こえてきた。まだやってるのか。後ろの戸をあけて入ると騒ぎは収まりお開きになったようだ。それぞれ帰り支度をしている向こう、窓の近くで七八人がかたまっている。大きな声はあそこからだ。新しくサークルをどうのこうのといった会話が聞こえてくる。サッカー部をやめたばかりの衣川と弥市がひまにまかせてなにか始めるようだ。こんな与太話の場に富士谷がいようはずがない。

 しかし富士谷はいた。それも輪の真ん中にいるではないか。毛筆で書かれた返書を渡すと、「おお」とおどけてみせた。

「ちょうど催促されてたところなんだ」

「期待してもらっても困るんだ。じつは」

「ああ、由倉さんから聞いたよ。うわさどおりだったって。しかたないよ。とにかく返事がもらえただけで先輩も気が済むだろ」

「鵜飼、おまえも入れよ。『キイタの会』」

「え。『聞いたのかい』?」

「そう、キツネとイヌとタヌキで、キイタの会」

「なにやるんだ」

「これから決めるのさ。とりあえず、まずコックリ(狐狗狸)さんをやろうと」

「あ、そ」

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