誘拐事情
リオ視点
エドワードの執務室にいるとフウタが出てきた。
「主、ディーネ様が呼んでる。レティ、攫われた」
結界に揺るぎはなかった。
ディーネが言うなら間違いない。焦る気持ちを抑えつける。俺からシア奪うなんて許せるか。
「エドワード、悪い、出てくる」
「リオ、姉様になにが?」
「シアが攫われた」
俺はエドワードの部屋の窓から別邸に戻った。フウタにシアの捜索を頼んだ。
「ディーネ、シアは?」
ディーネはリーファといた。すやすやと眠るリーファの様子に安堵する。無事で良かった。
「レティの魔力が感じられない。契約は切れてないから生きてるわ」
エドワードと叔母上が駆け込んできた。
「リオ、姉様は?」
「攫われた。結界は揺らいでいない。シアの魔力が探れない」
「母上、ロキを連れてきてもらえますか。追跡魔法で合流しましょう」
「わかったわ」
フウタが帰ってきた。叔母上はすでにいなかった。
「主、レティの魔力が見つからない」
やはり駄目か。転移魔法でなければ、まだこの国内にいるはずだ。無事でいてくれ。
「ディーネ、リーファを頼む」
エドワードが魔法陣の描かれた地図を睨んでいる。
追跡魔法をシアの服に仕掛けたのか。シアの私物はエドワードが贈っていた。俺はシアに魔道具を持たせていたから安心してたけど、甘かった。
「リオ、たぶん、このあたり。ここで魔力が消えてるから、魔封じの部屋に閉じ込められてるかもしれない。」
「先に行く」
エドワードの指し示す場所を確認して、飛ぶことにした。
エドワードの抜かりのなさに助けられた。
王都外れの村だった。
「フウタ、魔封じのある家を探してくれ。」
シアの魔道具も反応がない。シアに馴染ませた俺の魔力も辿れない。
フウタが見つけたの小さい邸宅だった。
見張りはいない。鍵がかかっているので、ドアを壊した。
「我はルーンの」
シアの声が聞こえて、慌てて声の聞こえる部屋に飛び込んだ。
爆音がして空中に投げ出されたシアを抱き止める。
暖かい体に息をしていることに安堵して強く抱きしめた。詠唱が終ればシアの命はなかった。髪が無造作に切られている。シアの手の拘束を切るとシアが目を開けて、泣きそう顔で抱きついてきた。
無事でよかった。シアを抱きしめ、安堵の息を吐いた。頭が冷えてきた。
シアが起きていると支障があるので、眠らせることにした。
目の前にはメイル伯爵夫人と男が四人いる。
シアは男と眠る前に取引したから見逃せというけど、攫った時点で重罪だ。
「その娘を渡すのじゃ、」
威圧的な姿勢の伯爵夫人を静かに見る。殺すのは後だ。
俺一人でやれば、許さないやつらもいるしな。
「どうするつもりですか?」
「レティシア・ルーンの償いじゃ。そやつは妾の恩情を無碍にした。ルーンを裏切ることはせぬ愚か者じゃ。ルーンは分家の者も愚かじゃ」
レティシアだと気づいていないのか。シアは分家のフリをしたのか。余計なことは言わない方がいい。
「そやつをレティシアの死体として差し出すのじゃ。そして全ての罪を妾が代弁しよう」
俺からシアを奪うか・・。
「罪とは?」
「そやつのせいで、海の皇国は蔑ろにされておる。全てそやつが姿を消したせいじゃ。」
頭がおかしいな。まぁ、伯爵夫人はもともとシアを嫌っていたよな。あの時は余裕がなく、なんとも思わなかったけど、思い返すと怒りが沸くな。皇女の首を落とせば良かったのか。シアが姿を消した元凶の一族が、またシアを望むのか。
「ルーンに手を出した。死ぬ覚悟はできてますか?」
冷たい空気を纏ったエドワードが入ってきた。
「おぉ、まさかそなたが来るとはな。せっかくだから妾が手をくだそう」
エドワードを見て怪しく笑った伯爵夫人が手を差し伸べた。
エドワードは動じずに見返している。エドワードは強いから俺が動く必要はない。
「なぜじゃ、気高き女神よ。わが声を聞き届けよ」
「ここでは、海の魔法の発動は許しません」
伯爵夫人は眉を顰めて、中に入ってきたロキを見ている。
叔母上は別行動か。ロキも風で飛べるから学園から飛んできたのか。
「ロキ、なぜそなたが」
「海の寵を受ける一族の者として、加護をお返しいたします。かの者に仕える海の姫君。お帰りください。そして、二度と加護を与えることのなきことを願います」
ロキの指輪が光り、伯爵夫人の胸を貫いた。
「やめよ。なぜ、なぜ、そなたが」
ふらふらと青い顔をした伯爵夫人が崩れ落ちた。
「父上からいただきました。女神の祝福をお返しいたします。」
部屋の中が一瞬だけ光った。
「エドワード様、お待たせしました。これで魔法が使えます」
エドワードがシアに治癒魔法をかけている。
傷が治ったな。無残に切られた髪だけは戻らないが・・。
「ロキ、なんてことを」
「お嬢様に手を出したんです。容赦はしません」
「こんなことを、許されると。そなたは、」
「許されなくても構いません。家族の情などありません。あるのは憎しみだけです。」
伯爵夫人はロキに冷たく見られて、さらに顔が青くなった。
まぁ俺もロキがナギと母親以外に家族の情がないことは知っていた。ロダに言うつもりはないけど。
「種明かしするのか?」
「いえ、そんな無駄なことに時間を使いません」
「そなたに妾を裁くことはできん」
この伯爵夫人は頭がおかしい。伯爵家なら公爵家には逆らえない。
「できますよ。フラン王国民としてはエドワード様が海の皇族としては私が。父上より裁く権利を与えられております。上位皇子として」
「なぜじゃ」
ロキを驚愕した顔で見てるから、知らなかったんだろうか。
海の皇国の皇族には序列がある。数多いる皇子の中でも継承権を争う権利を与えられた上位皇子は皇帝、皇后の次に権力を持つと言われている。
帰国するときにシアから教わった。シアはなぜか他国の貴族や皇族の知識に明るかった。海の皇族のことは海のギルドで教わったって笑ってたな。シアは情報聞き出すのうまいからなぁ。
兄上にシアの情報をまとめて報告したら感動された。兄上も知らなかったらしい。
父上達も驚愕し、社交にでなくても立派な義妹と義姉上が喜んでいた。
ロキは伯爵夫人を無視してエドワードに向き直った。
「エドワード様、どうしますか?」
「ロキの希望は?」
「記憶さらしを。その後は被験者としてセリア様に差し出しましょう。」
笑顔のわりに恐ろしい罰を口にした。
「もう一声」
「記憶さらしをして、お嬢様にしようとした仕打ちを体験していただきましょう。」
「記憶を見てから決めるか。メイル伯爵家はどうする?」
「馬車に引かれて亡くなったことにしましょう。死体はいくらでも転がってますし。納得できるように説明しましょう。伯爵家を潰しても構いませんが」
家族の情がないのは知っているけど、容赦ないな。
「いや、まだまだ利用する。それに、姉様が望まないから」
「では、兄上達はそのまま捨て置きます。」
ロダに情はないけど、さすがに可哀想に思えてきた。昔はよくロキのことで悩んでいたよな・・。
「この男は私がもらってもいいかしら?」
いつの間にか叔母上がいた。
「母上のお好きなように。」
「腕がなるわ。」
冷たい目で微笑んでいる。あの感じは怒っている母上とそっくりだ。
報復は任せるか。俺の役目はなさそうだ。
「エドワード、記憶は俺にも見せてくれるか?俺の魔法を破られた。対策しないといけない。」
「記録だけで?」
「ああ。俺はシアの側にいるよ。あとは任せてもいいか?ルーンの分家の者に手を出した」
エドワードは察したのか頷いた。
「待てよ、彼女は助けてくれるって」
「時間はいくらでもあるわ。私とゆっくり話しましょう。うちの至宝に手を出したんだもの」
縋りつく男は無視をした。貴族に手を出したんだから命がないのは当然だ。
帰ってシアを休ませる方が優先だ。
「リオ、馬車を呼んであるから使いなさい。私達はいらないわ」
「ありがとうございます。」
シアを上着に包んで馬車で家に帰った。
別邸にはセリアが待っていた。
「エドワード様から連絡を受けたわ」
ベッドに寝かせたシアの診察をはじめた。
「レティはいつになったら、平穏に暮らせるのかしらね」
「さぁな。俺は反省したよ。魔力を探ればシアの居場所がわかると思っていた。だが他国の魔法には効かない。敵はフラン王国内だけじゃないようだ」
「そうね。こんなに髪も切られて、可哀想に。でも起きたら、呑気に笑ってそうね」
「ロキは主犯のメイル伯爵夫人を記憶さらしにした後にお前の被験者に差し出すと」
セリアが妖艶に笑った。セリアに惚れているクラムの趣味を疑う。
「私も立ち合わせてもらおう。」
「俺は報復には参加しない。任せるよ」
「リオ様も大人になりましたね。今は大事な時期よね」
シアが起きそうだな。やっぱり目を覚ました。
ぼんやりして目の前のセリアを見ている。
「セリア?」
「ごきげんよう。レティ」
「いらっしゃい。お茶を飲みにきたんですか?」
俺とセリアの顔を見て、髪を触ろうとしたシアの手が空を掴んだ。何度か瞬きをしている。
なにを考えているのかわかった。
「シア、残念ながら夢ではない」
シアが目を大きく開けてセリアを見た。
「子供は!?」
「無事よ。」
安心した顔をして笑った。シア、自分の体も心配しようか。
「良かった。リオ、私、エイベルに会いたいんだけど、いいですか?」
「は?」
「レティ、どうして?」
「私、男性の方々と取引したんです。お金も治療も私が対処します。ただ高級娼館への紹介状は私では手に入れられません」
「取引?」
「伯爵夫人ではなく、私につくなら便宜を図りますとお約束しました」
「その話は相手の男共は了承の返事をしたか?」
「迷ってました。了承の返事をもらうまえに吹き飛ばされてしまいました。でもあの様子なら了承をもらえたも同然ですわ。」
「シア、残念ながら交渉は決裂だよ。奴らは頷かなかった」
シアがしょんぼりした。
「久しぶりすぎて、勘が鈍ってましたわ。お母様に怒られますかね」
論点がずれすぎている。
俺は禁呪を使おうとしたことを説教したいが、それは後日にしよう。
***
夜になるとロキとエドワードが訪問した。
ロキが頭を下げている。
「お嬢様、申しわけありませんでした」
「ロキ、頭をあげてください。私は無事だったから気にしないで、ただ心配なのは」
シアの憂い顔を見て、エドワードがシアにしか向けない優しい笑みを纏っている。
「姉様、ロキはルーンの者なので咎めたりはしませんよ」
「メイル伯爵家は」
「今回だけは見逃します。内輪のことと処理します。ただし、監視はします。」
「わかりました。エディ、忙しくさせてごめんなさい」
「気にしないでください。姉様がご無事で何よりです。姉様、もし二人に命の危険があっても必ず助け出してお救いします。僕も父上も治癒魔法の腕は一流です。セリア様の力もあります。ですから、ルーンの禁呪を使うことはやめてください」
「え?」
「ルーンのためを想うなら姉様は生きるために足掻いてください。僕が甘えられるのは姉様だけです。ルーンは僕が背負います。頼りない僕を支えていただけませんか」
「エディは頼りになりますよ。でも貴方が望むなら精一杯努めます。」
抱き合う姉弟に俺は不安になった。エドワードがルーンからシアが離れないように誘導している。そしてシアは全く気付いていない。
その後、少し話をして二人は帰った。多忙な二人はシアの顔を見るために来たんだろう。
シアはロキとエドワードの友情に変わりないことを聞いて、心底安心した顔をしていた。ずっとそれを心配してたからな。シアの憂いが晴れたから今夜はゆっくり眠れるだろう。
***
俺は記憶さらしの記録を見て絶句した。
メイル伯爵夫人はルーン公爵家、特にレティシアを恨んでいた。メイル伯爵夫人が面識のあった貴族はエドワードとレティシアだけらしい。自分達の立場が下なことを許せなかった。
陛下の生誕祭の後から、海の皇国はフラン王国に逆らえなくなった。それらはシアの陰謀と思っていたらしい。ロキがシアを探しに行ったこと、ロダ達がルーン公爵家に逆らわないこと全てが気に入らなかったとは。
シアが姿を消した時の殿下とのやり取りの記録で、頭が真っ白になった。安い命か。同じ記録を見たエドワードやロキ、セリアが報復するだろうな。あいつらは俺よりも辛辣だから。
海の皇族は隠密魔法を使える。そして、うちの魔法とは系統が違う。シアの持ち物を手に入れ、魔法を発動し居場所を探ったらしい。ロダの明るい様子にレティシアの生存を疑ったとはな。メイル伯爵夫人は魔道士としては優れていたらしい。
ただ記憶さらしのおかげで、新しい魔法を知れた。家の防衛を見直さないとだな。
シアの短くなった髪を梳きながら、俺の腕の中で眠ったシアを見つめる。もう二度目は許さないから。
ただこの髪を見て、リアム達が絶叫するかもしれないな…。




